sweet little angel

 一体いつから、こんな表情を見せるようになったのだろうか。
 まだまだ子供だと思っていたのに……。
 知らず、笑みが零れる。
 そのまま俺は、そっと差し出された桜色の唇に、自分のそれを重ねていった───

 さっきまでけらけらと笑い声が聞こえていたのだが、シャワーを浴びてリビングへ戻ると、瞬は見ていたテレビもそのままに、ソファに細身の身体を預けて眠ってしまっていた。
 どうやら連日の撮影で、相当疲れていたらしい。そうは言っても、シャワーを浴びた後に上半身裸で寝ているのはどういう訳なのか。かろうじてGパンは穿いたもののそこで体力が尽きたように見えるが、暖房が効いているとは言え、これではいくらなんでも風邪を引く。
 周りを見回してみたが、俺の革ジャケットぐらいしか視界には入らない。仕方ない、とりあえずこれを……と、肩にかけてやる。
 「ん…デジル……」
 一瞬起こしてしまったかと思ったが、これはただの寝言。本人はまだ気持ち良さそうにスースーと寝息をたてている。まったく、のん気なものだ……俺は隣に腰を下ろすと、見るともなしに、その平和な寝顔を眺めていた。

 出会いは、ある連続ドラマへの出演がきっかけ。
 1年がかりで撮影を進めるその中で、俺は役柄同様どんどんこいつに魅かれていって。気が付けば、肌を重ねる仲にまでなっていた。
 何ひとつ知らなかった身体に初めて己の楔を打ち込むその瞬間には、本当にこんなことをしてしまっていいのかと、悩みも迷いもしたのだけれど。今ではこいつの居ない生活なんて、もう考えられないほどで。今のように別々に仕事をしていれば、眠れぬ夜を独りで過ごす回数も増えて。

 キスをすればしただけ、身体を重ねれば重ねただけ──俺は瞬を愛しているのだと、そう思い知らされる。

 「…デジル…?」
瞬が小さく身じろいだかと思うと、ソファの上にむくりと半身を起こした。
 「ああ、起きたか」
 「寝ちゃってたんだ。……あ、これ…」
肩に掛けられている黒の革ジャケットに気が付いて、瞬が申し訳なさそうな顔をしながらそれを引き寄せる。
 「そんな格好でうたた寝するやつがあるか。ちゃんと寝巻きを着るか、ベッドで寝ろ」
 「ん、気を付ける」
そうは言っても、俺を待っているうちに寝てしまったのであろうことは、疑いようも無い訳で。思わず溜め息は零しても、怒る気にはなれない辺り、俺も相当こいつに参っているらしい。

 「う…ちょっと、寒い」
 「当たり前だ」
 「…あっためてくれよ」
僅かに傾げた首。ソファに寄り掛かっている俺を、ほんの少しだけ見下ろす視線。当然前が開いたままの革ジャケットから見える、首筋から鎖骨、胸から腹へと流れるなだらかなライン。誰がどう見たって、それはしっかりきっぱりオトコのカラダなのだが。寝る時にも着けたままにしているシルバーのネックレス…クロスを模したヘッドが、照明を反射してその胸元で小さく輝いた。
 ごくり。思わず見惚れてしまい、生唾を飲み込む。
 「デジル、やらしぃなあ」
 「おい」
自分から誘っておいて、よくそんなことが言える。自覚が無いということか。……それにしても。

 一体いつから、こんな表情を見せるようになったのだろうか。
 まだまだ子供だと思っていたのに……。
 知らず、笑みが零れる。
 「俺以外のオトコの前で、そんな顔して見せるなよ」
 「なんだよ、それ…」
 そのまま俺は、そっと差し出された桜色の唇に、自分のそれを重ねていった───

 「痛いって」
厚めの唇を甘噛みしてやると、痛くもないクセにくすくすと笑いながらそんな不平を零してみせる。
 「美味いぞ」
 「もぉ」
くすぐったいらしい。それなら…と舌でそれを味わい、そのまま口腔へと潜り込ませる。
 「んっ…ふ、ぅ……」
初めの頃は、唇が触れただけでも逃げ腰になっていたのに。今は俺が催促するように舌先でつつくだけで、そっと絡ませてくる。深く深く貪るようなキスをして……口元から零れた唾液を、唇で追う。そのままあごから頬へと舌を這わせ、首にかかる長めの髪を後ろへ撫で付けてやりながら、ゆっくりと確かめるように耳元へ。ぴくん、とどこか初々しい反応が返ってくる。縋るように俺の首に回された腕に、きゅっと力が込められる。
 「これも…美味い」
 「…バカ」
 唇と舌で瞬の耳を刺激しながら、首筋から鎖骨へと手を滑らせていく。一見強く抱き締めれば折れてしまうんじゃないかと思われるほど細いその身体は、その実ちゃんと鍛えられていて、こうして触れればしなやかな筋肉に守られていると分かる。それでもその肌触りはすべらかで。
 「デジルの手…デカくて、あったけぇ」
 「そうか?」
 胸を撫で降ろし、つんと引っ掛かってきた突起に指先を絡ませる。瞬の身体がふるりと震えた。溜め息が耳朶を打つ。突起を指先で弄びながら、今度は首筋に唇を這わせ、下へ下へと降ろしていく。途中でネックレスのチェーンが引っ掛かった。これは俺が、出会って初めての誕生日にプレゼントしたものだ。パッケージを開けたと思ったらその場ですぐ身に着けて、その後一度も外したことが無いらしい。
 「だって、凄く嬉しかったんだ」
以前邪魔ではないのかと問うた時、頬をほんのりとピンク色に染めて瞬はそう答えた。そんなことを言われれば俺も嬉しい。正直に返すと、こいつは花が開くように顔をほころばせた。その笑顔がまた眩しくて。
 「デジル…?」
そこで止まってしまった俺に不安を抱いたものか、瞬が小さく首を傾げた。チェーンの上から首に触れてやると、納得がいったように笑みを浮かべた。
 「磨く時以外は外してないよ」
 「そこまで気に入るとは思わなかったが」
 「だって、デジルが初めてくれたものだもん」
なるほど、告白するよりも前にやったものとなれば。確かに俺からの初めてのプレゼントということになるだろう。その時俺はまだ、自分がこいつにここまで夢中になるとは思っていなかったのだが。
 「俺はデジルに一目惚れだったから……だからホントに嬉しかったんだ」
指先で触れているのとは反対側の突起を、舌でくすぐってやる。もう何度もこうして抱いたのに、それでもこの身体は敏感に反応を返してくる。
 「デジル…んっ……」
溜め息を零しながら、そっと俺の髪に指を梳き入れる。それが心地良くて。俺は胸から腹へと手を滑らせると、膝立ちになっている瞬の一番敏感な部分を、ジーンズの布地越しに撫で上げた。
 「やっ…」
ぶるぶると瞬の膝が震える。Gパンの前を開けて中に手を潜り込ませ、その熱に直接触れてやる。瞬が喘いだ。構わず、それを取り出す。
 「デジル…っ」
身を屈めて、震えながら待っているその先端に舌で触れる。思わず引かれた腰を捕まえて自分の方へと引き寄せ、溢れた先走りを舐り取っていく。
 「くふっ…デジル…なんか、えっちだ……」
だから、自分から誘っておいてそういうことを言うか。
 「じゃあ、もっとしてやる」
前を舐めながら、Gパンの後ろに手を掛けてそれを引きずり下ろす。剥き出しになった尻に手を這わせ、割り開いた中心に指を潜り込ませてやった。
 「っ、やぁ…」
初めは入り口をほぐすようにゆっくりと。舌と唇で前を刺激する動きに合わせて、後ろ側も奥へ奥へと指を進ませていく。
 「あっ…ダメ、デジル……くっ」
 「気持ちいいか?」
 「…ぅんっ…良過ぎて、俺っ……」
零れ落ちる溜め息。今にも爆発しそうなほど張り詰めたそれ。耐えるように寄せられた眉も、ふるふると震えている睫毛も、朱に染まった頬も……何もかもが愛しい。
 「このままイッていいぞ」
わざと音を立ててそれを吸ってやると、瞬がいやいやをするように首を振った。だが、俺の頭を抱き寄せる腕が、本当に拒絶するつもりはないのだと伝えてくる。
 指と舌を蠢かせるピッチを上げてやる。瞬の全身が小刻みに震え始めた。
 「やっ、デジル、デジル───っ!!」

 身体を起こして、まだ小さく震えている瞬を抱き締める。瞬は縋るように身を寄せてきて、俺の肩に頭を持たせかけ呼吸を整える。
 「…やっぱ…デジル…えっちだ……」
荒い呼吸の合間に、まだそんなことを言っている。くすりと口元に浮かんだ笑みがやたらと幸せそうに見えるのは、俺の思い上がりなんだろうか。俺は瞬の髪にひとつ口付けを落とすと、首筋から肩へ手を滑らせながら、羽織っているだけだった俺の革ジャケットを脱がせてやった。綺麗だ……心の底からそう思う。こんな風に触れられるのは俺だけなのだと思うと、神に感謝したい気分になった。
 「デジル」
 「もう寒くないだろう?」
 「ん」
小さく頷いて笑みを返す瞬を、自分の膝の上に跨らせる。下半身に当たる俺の熱に気付いて、瞬がまた頬を赤らめた。
 「…熱…」
 「お前のせいだぞ?」
 「そう…かな」
おずおずと手を伸ばし、スラックスの前を開けると、それに触れてくる。瞬の方からこんな行動に出ることは、実は少ない。したいようにさせておく。
 「こんなのが…いっつも俺の中で……」
壊れ物にでも触るかのように、瞬はそれを指先でそっと撫でている。
 「挿れてもいいか?」
尋ねれば、恥ずかしそうにこくんと頷いた。
 穿いていたGパンを下着ごと一気に脱がせ、そのまま強く抱き締める。瞬の細い指が不器用にそれを導いて、俺はゆっくりと彼の内部へ進入を果たした。
 「くっ…ふぅ…」
 「痛くないか?」
 「だ、大丈夫」
優しい色の瞳に涙を浮かべながら懸命にそう答える瞬が、本当に可愛くて。俺を受け入れるために腰を落としていくその姿がいじらしくて。
 「はぁっ……デジル…っ…」
頬を伝い落ちていく涙を、キスで受け止める。腰を支えている腕に力を入れて少し揺さぶってやると、瞬が背を反らして喘いだ。その胸に唇を寄せながら、腰を突き上げる。
 「っ!」
瞬の中に全部納まったのを確認して、ふう、とひとつ息を付く。瞬の腕が俺の頭をぎゅうっと抱きかかえた。
 「デジル…気持ちいぃ?」
 「ああ…熱くて、気持ちいい」
少し苦しそうな表情に、笑みが混ざった。意識したらしい瞬のそこにきゅっと力が入って、内側にあるそれが締め付けられる。
 「好きなように動いていいぞ」
両腕を腰に回して支えながら、目の前にある唇に自分の唇を触れさせる。はにかむような素振りを見せながら、それでも瞬が少し腰を浮かせた。
 「無理は、するな」
 「ん…平気」
邪魔にならないようなタイミングで、時々その唇を啄ばんでやる。その度に、潤んだ瞳が嬉しそうに俺を見る。
 「瞬、愛している」
 「うん、俺も、デジルのこと…大好き」
そうして呼吸を合わせながら動く内に、ゆっくりだった瞬の行為が徐々に大胆になってきて、繋がっている部分から水っぽい音が溢れてくるようになった。
 「あっ…やぁ、んあっ……あぁあっ」
 「瞬」
 「デジル…デジルっ!」
しっかりと俺にしがみついたまま、瞬が腰をうねらせる。背中を撫で、首筋や耳、唇に何度もキスを落とし……それから俺は、瞬の前へと手を伸ばしてそれをしごき上げてやった。ぶるぶると瞬の身体が震える。
 「やっ、ああっ…デジル、俺…俺、もぅ…っ!」
 「瞬…」
もう一度耳元で名前を呼んでやる。瞬の唇から、大きな溜め息が零れた。これが最後とばかりに、瞬の動きに合わせてその身体を突き上げる。
 「はあっ、あぁ……あっ、あぁああーーっ!!」
悲鳴を上げて、瞬がそれを弾けさせる。同時に俺は、瞬の最奥へと己の熱欲を放っていった───

 俺の腕の中で呼吸を整えていた瞬は、いつの間にかまた眠ってしまったようだった。
 規則正しい呼吸と、唇に浮かんだ幸せそうな微笑み。癒される、とはこういうことかと思う。いつもいつも。

 聞こえていないのは承知の上で、その寝顔にキスを落とし呟く。言葉以上の想いを込めて。
 「愛している」
 全身を包み込む満足感に身を委ね……俺は瞬を抱き締めて、そっと目を閉じた。

 「デジルー、風邪引いちゃうよー放してよーー」
 Zzz......

das Ende

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