love drives me crazy

 「ただいま〜。」
 「おかえり夏樹、随分遅かったんだな。」
 「うん、部活があったから。」
そう言いながら、夏樹と呼ばれた少年は、カバンをソファーに投げ捨てて、バスルームへと入っていった。
 「夕飯は?」
 「汗かいちゃったから、先にシャワー浴びる〜〜。」
服を脱ぎながら言っているらしいその声に、出迎えたデジルはクスクスと声を殺して笑っていた。

 夏樹の姉、春美は、一流企業のいわゆるキャリアウーマンと呼ばれている存在だ。先日結婚したばかりの旦那…デジルは、忙しい春美の代わりに、自宅で仕事をしながら主夫業をこなしていた。気を遣ってこの家を出ようとした夏樹だったが、心配したふたりに引き留められて、こうして一緒に暮らしている。
 因みに、春美と夏樹の両親は、一昨年暮れ、交通事故で一度に亡くなっていた。

 「あれ、姉さんはまだ?」
バスルームから出てきた夏樹は、また?と言わんばかりの顔をしていた。
 「ああ、今日も夜中まで仕事だってさ。忙しい会社は困るよな。」
 「ふ〜ん…やっぱ、淋しい?」
綺麗な顔を不満げに歪めたデジルに、夏樹がニヤニヤと笑いながら問い掛ける。
 「大人をからかうな、子供のクセに。」
 「子供で悪かったなっ。」
そんな会話も、夏樹にとっては本当の兄ができたようで嬉しかった。

 料理はあまり得意ではない春美とは違って、デジルは大抵のものならササッと作ってしまう。結婚前は独り暮らしをしていたとかで、家事全般は得意らしい。
 そう言えば夏樹は、春美がどこでデジルと知り合ったのか、どうして結婚する事になったのか、一度も聞いた事が無かった。
 「ねぇ、なんで姉さんだったの??」
 「なんでって?」
 「デジルみたいな人なら、他にいくらでもいい話があったんだろ?」
 「そりゃ、無かったって言えば嘘になるけど…。」
困ったように微笑うデジルは、男の夏樹から見てもいい男だ、と思う。そのデジルをほったらかして、毎日残業残業で…しかも自分の弟の事まで任せっきりで。そんな春美の一体どこに、デジルは惚れたのだろう。
 「なんだっていいだろ、そんなの。夏樹こそどうなんだ? 男子校だから出会いが無いって、前に騒いでたよな??」
 「オレの事はいいだろっ。」
焦る夏樹の表情に、デジルが笑った。こんな笑顔を見て、彼の事を好きにならない女性が居るだろうか? でも、春美がそうなら、どうしてほったらかしなのか、夏樹にはますます分からなくなった。

 夕飯の後片付けはデジルに任せて、夏樹は自室でネットサーフィンをしていた。気が付くともう12時近くになっていて、そろそろ顔でも洗って寝ようかと、夏樹は一旦部屋を出た。

 デジルと春美の寝室の前を通りかかった時、ギシ…と密かな音が聞こえてきた。何気なくそちらへ目をやると、ドアが僅かに開いていて、薄い明かりが漏れている。その隙間から見えてしまった光景は、いつの間にか帰宅していたらしい姉とデジルが、愛し合っている姿だった。
 「…ぁ、デジ…ル……」
春美の、上ずった声。荒い息遣い。その彼女に覆い被さっている、逞しいデジルの背中。夏樹の心臓が、ドキドキと鳴り始める。目を逸らそうと思っても、その光景に何故か視線を奪われてしまって、動けない。
 「あぁんっ、いい……デジル、もっと……!」
 「愛してるよ、春美…」
そう囁きかける彼の声を耳にした瞬間、夏樹の背中を、何かが走り抜けていった。
 訳も分からないまま、夏樹はとにかく、その場から動けずにいた。夏樹に覗かれている事など知る由も無いふたりは、クライマックスに向かって激しくベッドを軋ませている。水っぽい卑猥な音が、部屋の中で反響していた。
 立ちすくむ夏樹には、よがる春美の声など聞こえていなかった。耳に入ってくるのは、ただデジルの声だけ……。
 「…んんっ、デジル……ああーーーーーっ!!」
 「くぅっ……!!」
悲鳴を上げながら、ふたりはガクガクと身体を震わせ、ベッドの上にくず折れた。その声で我に返ると、夏樹はハッとして壁側へ身を隠す。
 「……良かったわ、デジル…やっぱりあなたって、凄いわね。」
 「誰と比べてるんだよ。」
 「あら…そんな事。」
クスクスと笑い合うふたりの声を聞きながら、夏樹は音を立てないように、そっと自室へと戻った。

 夏樹自身にも、自分がどうしてしまったのか解らなかった。だが、デジルの声が頭の中で響いて、眠る事が出来ない。デジルの背中を思い浮かべるだけで、胸がドキドキと高鳴ってしまう。
 「…オレ、もしかして……」
ゲイ、なのかも知れない。ふとそんな考えに思い至る。
 夏樹の友達の中にも、ゲイだとカミングアウトしている者が居ない訳ではない。だが、自分自身がそうかもしれないと思った事は、今までに一度も無かった。
 …分からない。でももしかして、デジルだから……?

 翌日。
 珍しく部活も無かった夏樹がいつもより早めに帰宅すると、リビングのテーブルにメモが置いてあった。買い物に行ってくる、というデジルの走り書きだった。
 いつもわざわざ残してるのかな、と思いながら、夏樹は彼のいつも微笑んでいる優しい顔を思い浮かべた。
 ドキン、と心臓が一瞬高鳴る。あっという間に頬が熱くなり、夏樹はその残像を振り払おうと、頭を軽く左右に振った。頬の熱は収まらない。

 頭、冷やさなくちゃ…夏樹はバスルームに行って、洗面台の蛇口を捻った。冷たい水が、火照った頬に気持ちいい。ふう、と息をついて、ごしごしとタオルで拭きながら顔を上げる…と。
 いつからそこに居たのか、洗面台の鏡に、デジルが映っていた。
 「デジル、戻ってたんだ?」
背中越しにそう問い掛けながら、夏樹の心臓は、またドキドキと波打ち始めていた。早く部屋にでも戻って欲しい…そう思った瞬間。
 「夏樹……」
そう呼び掛けるが早いか、デジルの腕が、後ろから夏樹を抱き締める。夏樹は驚いて、必死にその腕を振りほどこうとする…が、ギュッと強く捉えられてしまって、身体が言う事を聞かない。
 「は、放して…何するんだよっ!」
 「こうして欲しいって、思ってたんだろ…?」
思いがけないデジルの言葉に、夏樹の動きが止まる。
 「何言って……」
 「気付いてないとでも思ってたのか?」
 「デジル…放してっ、お願いだから…」
 「春美は居ないんだぜ…君がしゃべらなけりゃ、バレやしない。」
 「違っ……オレは……!!」
泣き出しそうになっている夏樹の耳元で、デジルが囁く。
 「昨夜…覗いてただろ、オレと春美が愛し合ってるトコ。」
 「えっ……」
 「君が覗きに来るように、わざと隙間を開けておいたんだって言ったら?」
 「……デジル…?」
鏡に映っているデジルの表情は、見た事が無いぐらいに優しかった。
 「オレが本当に欲しいのは、春美じゃなくて…君なんだ。だからわざと、あんなところを見せて……その気になってもらおうと…。」
 「…っ!?」
デジルの指先が、明らかな意図を持って、夏樹の身体を弄り始めた。シャツのボタンをゆっくりとはずすと、その中に着ているタンクトップの布地越しに、敏感になっている乳首をそっと摘む。夏樹はビクンッと身体を震わせて、硬く目を閉じた。
 「…夏樹……」
昨夜春美を呼んだのとは比べものにならない優しい声で、デジルが彼の名前を囁く。耳にかかる吐息が熱くて、くすぐったい。
 「んっ…」
夏樹が思わず漏らした溜め息に、デジルはフッと微笑って、彼の首筋に唇を這わせた。
 「やっ…デジル…!!」
その声とは裏腹に、夏樹の身体は、デジルの指先に反応して、自然に開いていってしまう。乳首を弄んでいるのとは反対側の手が、そろそろと夏樹の腹を這い下り、音を立ててベルトをはずす。その手がスラックスのジッパーを下ろし始めても、夏樹は抵抗する事が出来なかった。そこはもう、夏樹自身にも信じられないぐらいに、熱くなっている。
 「夏樹…かわいい。」
 「ぁんっ!!」
触れられて思わず上げた悲鳴は、昨夜の春美の声に負けないほどいやらしくて…その声に、夏樹は頬を赤らめていた。デジルは嬉しそうに笑うと、下着の中からそれを引きずり出し、ゆっくりと指で愛撫し始めた。
 「ふ……ぁ……」
止めようとしてもどうしても唇から零れてしまうその声に、夏樹自身も反応して余計に感じてしまう。耳たぶを優しく噛まれて思わず漏らした溜め息に、デジルがまたフフッと笑った。
 「ホラ…鏡を見てごらん。自分でもかわいいって思わないか?」
そう言われて夏樹が、頬を紅潮させたまま顔を上げ、薄く目を開いた。
 そこに映っているのは、義理の兄に後ろから抱き締められて、遊ばれていると分かっているのにいやらしく身体をくねらせている少年の……自分自身の姿だった。かわいいだなんて、夏樹には少しも思えなかった…だが、また目を伏せた夏樹の耳に、デジルの『愛してる』と囁く声が聞こえた。
 「デジル…だって……」
デジルはそれ以上は何も言わず、ただ微笑むと、また指先での愛撫を再開した。
 「あっ…!」
 しばらくして、夏樹の身体がすっかり開き切ったところで、デジルは彼のスラックスのウエストに手を掛け、それを下着ごと引き下げた。両手でそっとその閉じようとする双丘を押し開くと、デジルは夏樹の秘所へと、指を潜り込ませた。
 「んっ…ぁ、やっ……」
入ってきた瞬間の違和感はあっという間に消え、夏樹はそこから身体中に広がっていく感覚に我を忘れた。洗面台の縁に置かれた両手に、ギュッと力がこもる。指の動きに合わせて、その身体はゆっくりと前後に揺れていた。
 デジルの手が再び夏樹のモノに触れ、それを愛しそうに撫でる。先走りの透明な液体が、糸をひいて絡みつく。
 「ぅあ…あっ……!」
デジルが、もう1本指を挿れてきた時、夏樹はそれをもっと奥へと導こうと、思わず自分から激しく腰を揺らしていた。デジルはそんな夏樹の姿に喜びの笑みを浮かべると、その指をそっと引き抜いた。
 「ふぁ…っ」
引き抜かれたショックに、夏樹がまたうっすらと目を開ける。デジルは再び夏樹の耳たぶを噛み、それに唇を這わせながら囁く。
 「…挿れるぞ……いい?」
 「…ぁ…」
夏樹がそれに答える前に、デジルの熱いモノが、今さっきまで彼の指を受け入れていたそこに押し当てられる。それは夏樹の尻の間でドクンと波打つと、ゆっくりと内部へ侵入してきた。
 「…ぅ…あああーーーーーっ!!」
痛い、と思ったのは、一瞬だけだった。夏樹の中へピッタリと収まったそれが彼の身体を突き上げ始めた途端、激しい快楽の波が夏樹の中を駆け抜けていく。
 「あぁっ、っ、んぅ…く…っ……!!」
もう一度デジルの指が自分のモノに触れた時、夏樹は自分でも分からない悲鳴を上げながら、その行為を受け入れていた。デジルの動きがますます激しくなり、それが一瞬止まって最後の突きをくれる。
 「…ゃ…あああああっ!!!」
自分の内部にデジルの熱い奔流を感じたのと同時に、自分自身もデジルの手の中に欲情の証を放出させながら、夏樹は意識を手放していた。

 夏樹がゆっくりと目を開く。視界に飛び込んできたのは、心配そうな義兄の顔だった。
 「夏樹…大丈夫か?」
ぼんやりとした頭で、何が起きたのか考える。いつの間に運ばれてきたのか、そこはリビングのソファーの上で、横になった夏樹の身体には、薄い毛布が掛けられていた。
 ゆっくりとだが記憶を取り戻しつつあった夏樹は、ハッとしてデジルから視線を逸らし、頬を朱に染めて恥ずかしそうに目を伏せた。
 「夏樹……。」
デジルが優しく夏樹を抱き締める。
 「愛してるよ夏樹…。」
耳元で囁くその声が、彼の意識をまた痺れさせていく。何度も繰り返される、優しい口付け。
 「だって…だって、デジルは姉さんの……」
泣き声でそう言いながら、夏樹はデジルの身体にしっかりとしがみついていた。

das Ende

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