アナタノ腕ノ中デ

 雪でも降ってくるんじゃないか、と思うような、寒い日だった。
 夜になってその寒さは一段と増して、吐く息が目の前で白く凍り付く。途中で買った缶コーヒーはとっくに冷たくなっていて、指先を暖めようにも役に立たない。

 久し振りにデジルのアパートを訪ねてみたけれど、相変わらず部屋の主は留守だった。今日も俺は勝手に鍵を開けて上がりこむと、とりあえず部屋の明かりとエアコンのスイッチを入れた。

 俺とデジルは、それぞれ別に”何でも屋稼業”をしている。ある事件がきっかけで知り合って、その後こうして付き合うようになった。
 …が、そのデジルは色々な意味で優秀だから、今日みたいに突然呼び出されたり、仕事が長引いて予定通りに帰宅出来なかったり、なんてしょっちゅうだ。そんな訳で約束はあまり当てにならないし、俺も過度に期待はしていない。そうは言っても、淋しいものは淋しいんだけどな……。

 それよりも。
 いつぞやは、待っている間にうかつにも眠ってしまって、気が付いたら帰宅していたデジルに犯されていた(勿論同意の上でだが)…なんて失敗もしたので、俺はまず眠気覚ましに冷え切ってしまった缶コーヒーを飲んだ。冷たいのはまあ仕方がないにしても、苦い。デジルはこれをブラックで飲むのだが、それを「美味い」と思う気持ちは俺にはちょっと分からない。ついでに言うなら、デジルはタバコも吸うのだが、これまた「美味い」と思う気持ちは俺には全然分からない。
 考えてみれば、デジルと趣味が合うものってあまりないような気がする。服装だって全然違うし、性格も正反対だ。デジルは寡黙で冷静沈着、俺はと言えばおしゃべりだし典型的な猪突猛進型。まあ動物的な感で行動するところは似ているといえば似ているけれど、でもその感の質が違う、と言うか…。
 そんな事を考えていたら、どうして俺なのか分からなくなってきた。デジルにはもっと相応しい人が……俺では役不足なんじゃ……
 ああ、もう!! 早く帰って来いデジル!!!

 「おかえりー…って、おい」
だが、そんな俺の悩みも知らずに、帰ってくるなりデジルのやつは玄関まで出迎えに行ってやった俺を後ろから抱きかかえて羽交い絞めにしやがった。
 「ちょ…バカ、いきなり何すンだよっっ!!」
 「手が冷たいんだ」
 「それでっ!?」
 「お前の身体で暖めてくれ」
なんでもない事のようにそう言うと、デジルは俺のシャツの中にするっと手を入れてきた。
 「ひゃ…!!」
そのあまりの冷たさに思わず悲鳴を上げてしまう。デジルは気にした様子もなくて、もぞもぞと俺の胸の辺りをまさぐっている。突起に指先が触れた。
 「っ!」
背筋をぞくぞくっと何かが走っていく。多分冷たさのせいだけじゃない。けれど、突起をくすぐり、摘み上げ、転がし……慣れた筈のデジルの指先にも、俺はいつもよりも敏感に反応してしまう。
 「デジル……んぅ…つ、冷たいって」
 「冷たいだけか?」
 「んっ……気持ち、いい……」
 「いい子だな」
つい本音を漏らした俺に、デジルがクス…と笑った。何となく悔しかったけど、でも本当に気持ち良くなってきたんだから仕方がない。その内にデジルの手が俺の腹を這い降りていって、下腹部へと辿り着いた。ジッパーの降ろされる音……最初よりは多少熱を帯び始めた指先が、ズボンの中へと遠慮無く入ってくる。
 「デジル……まだ、冷たい…」
 「でも気持ちいいんだろう?」
 「やっ……!!」
生で触れられた瞬間、全身に電流が走ったみたいな衝撃があった。デジルは片手で俺の腰を支えながら、指をそれに絡ませてくる。
 「見てみろよ、もうこんなに」
 「バ、バカっっ、恥ずかしいだろ、わざわざ見せるなよっ」
 「どうしてだ? 俺はお前が俺の手でこんなに感じてくれているのが嬉しいのに」
カッと頬が熱くなる。多分デジルは嘘を言っていない。だけど……普通自分のなんて見たくないだろ……バカっ。
 先走りがデジルの指と俺のものに絡み付いて、クチュクチュといやらしい音を立てる。ダメだ、俺、もう我慢できない……
 「デジル、後ろ……」
 「ああ」
デジルが頷いた瞬間にズボンが引き下ろされ、俺の後ろに熱い先端が押し当てられた。
 「はぅ…」
その瞬間、唇から溜め息が漏れてしまった。宥めるようなキスを首筋に感じた後、その熱いものが俺の中へと潜り込んできた。ゆっくり、少しずつ、奥へ奥へと進んでくる。
 「んっ…んん、デジル……っ」
 「痛くないか?」
 「だ、大丈、夫……あぅ」
デジルの指が、再び俺のものに絡みついてきた。突き込む動きに合わせて擦り上げられ、俺の腰がひくついてしまう。痛みよりもその追い上げられるような快楽に、身体はどうしようもなく反応していた。
 「これは後で掃除するのが大変だな」
あまり困ってもいなさそうな声でそう言うと、デジルが素早く腰を突き上げてきた。
 「んっ…く、知らねーよ、するの、俺じゃ、ないしっ」
 「…だろうな」
もうあまり余裕のない俺に比べると、デジルはまだ冷静な気がした。でも俺の中にあるそれが、彼の限界も近いと教えている。
 「ふあっ、デジル、イイっ……ぅんっ」
 「あまり大きな声を出すな、外に聞こえるぞ」
 「そ…んな事、言ったっ…て……んあぁっ、ダメっ…やぁあっん」
両脚に力が入らない。自分の体重さえ支えきれずに崩れかける俺の身体を、デジルがしっかりと抱え込んでくる。あんなに冷え切っていた指先とは比べ物にならないほど、熱く力強いその腕。
 「く……庸介、そろそろ…っ」
 「デジルっ、んっ……んあぁああーーーーっっ!!」
 「っっ!!!」
デジルの熱さを身体の奥に感じながら、俺もギリギリで止めていた熱を放出していた───。

 「……まったく、派手に出したものだな」
 「誰がそうさせたと思ってるんだよバカっ!!!」
どう考えてもこの場合俺は悪くないと思うのだが、結局俺は何故か片付けを手伝っていた。
 「そうバカバカ言うな、バカと言った方がバカだという言葉を知らんのか?」
 「うるさいっ」
そんなやり取りをしながら床を拭いていると、デジルが突然俺の肩を掴んで、顔を上げさせた。
 「邪魔してどうするん……っ」
ふわ…と唇が重なって、思わず目を閉じる。それが触れただけで離れた後、そっと目を開くと、俺を見つめるデジルの優しげなまなざしがそこにあった。
 「庸介、愛している」
甘く蕩けてしまいそうな声で、デジルがそう告げる。頬どころか耳まで熱くなってしまったことに気が付いて、俺はさっと下を向くと拭き掃除を再開した。
 「知ってるよ!!!」
 「そうか」
嬉しそうに微笑うと、デジルも俺の隣でまた床を拭き始めた。

 シャワールームから出てきたデジルは、上半身裸のまま髪を乱暴に拭いている。初めて見た訳じゃないけど、スマートなりにちゃんと筋肉が付いていて、引き締まった身体つきをしていた。俺だってそれなりには鍛えているつもりなんだけど、負けた気がしてやっぱり悔しい。悔しいついでに俺は、その辺にあったスウェットをデジルに投げつけてやった。
 「早く着ろよ、風邪ひくだろ」
 「そうだな」
余裕の笑みさえ浮かべながら、デジルはそれを身に着けた。さっきまで髪をがしがしとやっていたタオルをその辺に放り投げると、俺の隣にどかっと腰を下ろす。
 「な、何す……」
帰宅した時同様拒絶を許さぬ勢いで、デジルが俺を自分の胸に抱きかかえた。……だが、それ以上は特に何かしてくる様子は無い。俺は居心地の良い体勢を見付けると、そのまま彼に身体を預けた。
 背中をそっと撫でる手が、やたらと優しくて心地良かった。あんなにも冷え切っていた指先も、今は嘘のように暖かい。俺の身体で暖めた、というよりは、その後シャワーを浴びたからって気がしないでもないんだけど……だったら最初っからシャワー浴びろよ、と思わなくもないんだけど。…でも。
 おかげで、デジルが帰ってくる直前までもやもやとしていたあの気持ちは、きれいさっぱりどこか遠くへ吹き飛んでいた。
 「デジル」
 「なんだ?」
 「……あ、愛してる、よ」
恥ずかしいから目を合わせないように、そんな言葉を伝えてみる。デジルがくすくすと笑った。
 「ああ、知っている」

 これからもきっと今日みたいに悩んだりする事だってあるだろうけれど、やっぱり俺はデジルのこと誰よりも愛してる。

das Ende

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