「うわー! 美味しそう!」

吼太がはしゃいだ声をあげた。

「吼太んちの弁当は毎年すごいよな〜」

隼人は対馬家の弁当を羨ましそうに見ていた。

「コラ、坊主。ウチのだって負けてないだろ?」

スバルは隼人の頭を軽く小突いた。

「確かにそうだよ。隼人んちのだって負けてないよ?」

 吼太の言う事はもっともで、伊達家の弁当も対馬家に負けない程の豪華さだった。
ただ違っていたのは、対馬家の弁当はなごみが全て作ったということであり、伊達
家の弁当の半分は夫であるスバルの創作料理だった。それでも、きぬの腕は確実に
上がっており、その上達ぶりになごみは密かに感心していた。

「ちっ!! ココナッツの野郎、やるな!」
「私は野郎じゃない。間違った言い方するなカニミソ」
「うるせー単子葉類!」

騒ぎ始めるいつもの2人。

「2人ともよせよ。弁当がまずくなるぞ」

 なごみときぬを仲裁するレオ。またかとため息をついた。それはスバルも同じら
しく、やれやれという表情だった。


 青空の下、今日は小学校の運動会であった。対馬家、伊達家、天王寺家は一緒の
シートに座り昼食をとっていた。天王寺夫妻は「かなえ」と孫の応援が目的である。
レオとなごみは稼ぎ時の日曜日であったが「キッチン・椰子」を休業し子供の応援
に駆けつけた。店の名前の由来はのどかの姓が再婚で天王寺になり、なごみが結婚
して対馬になったためで、夫、そして父親が生きていた証として椰子という名前を
つけた。なごみとのどかのアイデアだった。レオは勿論賛成したし、周囲の反対も
なかった。小ぢんまりとした食堂だが、誰でも気軽に入れる店を目指していたから
ちょうどいいとはなごみの弁。数年前、新一がTV出演した際、お気に入りの店と
して紹介された時から人気が一気に伸び、現在も繁盛している。
 レオとなごみは子供、つまり吼太が生まれた時、一つの約束を交わした。それは、
子供の運動会や、授業参観には店を休んででも必ず行くという内容だった。子供を
寂しがらせるような事はしたくない。そういう考えから出た答えだった。
 普段は伊達家や、なごみの実家に子供の世話を頼んでいる。いつもきぬに対して
悪態をつくなごみだが、実際はとても感謝していた。

「お兄ちゃん、わたしのとらないでよ〜」
「早いもん勝ち〜」

 吼太とほのかが好物である鳥の唐揚げをめぐって争っていた。吼太は小学4年に
なってそんな事してるのかと思ったレオだったが、自分も悪ガキだった事を思い出
してそんなものだったかなと考えた。
 一方、

「これ嫌いだから食べたくないよ〜」
「ボクも〜」
「坊主ども、好き嫌いなくしっかり食べねーと強くなんないぞ?」
「ほらパパの言うとおりだ。パパみたく脚速くなんねーぞ?」


 伊達夫妻は、子供達のしつけをしていた。隼人と妹の「のぞみ」は好き嫌いが多
い。スバルときぬの悩みであった。ちなみにのぞみの自称「ボク」はきぬの影響で
ある。

「にぎやかだね〜。お姉ちゃんちと伊達さんち」
「そうね〜、かなえちゃん」

 のんびりと昼食を堪能してるのはのどか・かなえ母娘。かなえは小学6年生。の
どか似でのんびりした性格をしている。天王寺家は平和だった。

「おっ。やってるな」

そこへ現れたのは……

「あっ、乙女センセーだ!」
「やべっ! 蹴られる!」

声をあげる吼太と隼人。現れたのはこの小学校の教師である鉄乙女だった。

「誰が蹴るか! まったく……」

文句言いながら同じシートに座る乙女。弁当は勿論、「おにぎり」だった。レオは
またかと言いそうになったが喉から出かかったところでやめた。

「え〜? お父さんが昔からたくさん蹴られたって言ってたよ?」

バカ! 言うな! とレオが吼太に言ったが後の祭りである。おそるおそる乙女の
顔を見ると笑いながらこめかみに怒りジワを浮かべていた。


「あ、これはね、子供たちが世の中怖い人がいるから気をつけようって教えるため
 にね、それでね―――」

苦しい言い訳をして後ずさり。もうドツボにはまっている。あーあ、と思った一同。

「そうか、子供たちにはちゃんと教育しとかないとな。世の中物騒だからそういう
 家庭教育はしてかないとな―――っていうと思ったか!!!」

ズドーン!!

「ぎゃひ―――ん!!」

 乙女のローキックが後ずさりしたレオの太腿にクリティカルヒット! レオは悶
絶。この小学校名物の「乙女キック」が炸裂。スバルときぬはガッツポーズ。なご
みは乙女をキッと睨んだが乙女の睨み返しに縮こまった。狙いが的中した子供たち
は大喜び。昔、乙女がレオを沢山蹴っていたという事実には変わりはないのだが…
…。決して、乙女は暴力教師として恐れられているわけではない。逆に教師の鑑と
して児童、保護者から尊敬を集めていた。本人は恐縮してるが、以前小学校に傷害
目的で進入した不審者を蹴りで沈め、子供達を守ったことから「乙女キック」が誕
生し、模範教師として信頼されるに至った。他にも武道家として、児童の体力向上、
武道の精神を以っての道徳教育なども評判が高く、私立校からスカウトが来るほど
だった。レオのように腕力ではなく、言葉で相手を説くのも乙女の教育方法だった。
そんな乙女の唯一の悩みの種は結婚相手が未だ見つからないということである。お
見合い回数は数十に及ぶ。お見合い破談の理由は皆様の想像にお任せする。
「鉄の教師」として伝説を残していくのはずっと後の話。


そして―――

「ごちそうさま」

昼食が終了。

「こうやってみんな集まるのは久しぶりだな」

 乙女は懐かしそうに言った。レオはその言葉を聞いて、ふと「みんな」のことを
思い浮かべた。

 ここにいるスバルときぬは相変わらずだった。スバルは三度目のオリンピックを
終え、引退かと思われたが現役続行を表明した。オレは不可能を可能にする男だと
言っていた。オリンピックのメダルはあの銅メダルだけである。アジア大会、日本
選手権では入賞がほとんどであったが世界レベルだとやはり難しいらしい。
 変わったことと言えば、去年、スバルの父親が亡くなった事だった。ずっと父親
を憎んでいたスバルが密かに涙していた事をレオは知っていた。
 きぬは昔勤めていたゲームメーカーに戻って来いと言われているが、子育てに忙
しく、そんなつもりになれない様である。昔企画したゲームの印税収入があるから、
働きに出る必要がないとはきぬの弁。

 フカヒレこと鮫氷新一は現在全国ツアー真っ最中で、忙しい日々を送っている。
新一はたくましく成長し、何年も連れ添っている竜鳴館の後輩である彼女との楽し
い人生を送っているハズである。店には新一のサイン色紙が飾ってある。


 姫こと霧夜エリカは世界征服実現のために世界を飛び回っている。霧夜カンパニ
ー総裁である彼女はなごみをシェフとして雇おうとしたが、なごみは当然断った。
だがエリカは代わりとしてレオとなごみの店の開店資金を出資した。断ろうとした
2人だったが、子供2人の出産費用、養育費を考えると、この援助はとてもありが
たいものであったので素直に受け取った。勿論、2人は返すつもりで今現在、店を
繁盛させている。ちなみに歪んだ趣味のせいで未だに結婚できないのはご愛嬌であ
る。彼女についていける人間は世界に何人もいないだろう。

 佐藤良美は何年かエリカの秘書として勤めた後、寿退社した。相手は社交パーテ
ィーで知り合った青年実業家であるらしい。数年前の同窓会で会った時に良美は「
対馬君みたいにとっても優しい人だよ」とのこと。現在は一児の母である。
 良美が退職した後、エリカは相当困った。理由は数々ある。胸を揉む相手がいな
い、いじめる相手がいない、からかう相手がいない、愚痴をいう相手がいない(以
下略)子供が大きくなったらまた秘書として働くことを希望している。

 大江山祈は今も竜鳴館で教師を続けている。結婚はしていない。レオはたまに近
所で会うことがある。土永さんがそろそろ寿命らしいが本当かどうかはレオにはわ
からなかった。土永さん本人は否定している。

 村田洋平、西崎紀子は結婚している。レオは村田のK−1での活躍をほぼ毎回TV
で観ていた。結婚の報道は数年前に流れたものだった。村田と紀子は何度かレオと
なごみの店に顔を出している。村田のサイン色紙も飾ってある。

 竜鳴館の橘平蔵はまだ現役で、その無茶苦茶ぶりは今でもローカル放送で中継さ
れる体育武道祭で観ることができる。


………

「あなた?」
「ん?」
「何してるんですか。もうすぐ吼太の番ですよ?」

 レオはボーっとしてた、すまないと言って、ビデオカメラを準備した。昼休みが
終わって、4年生の徒競走が行われようとしていた。吼太と隼人は同じ組で、さっ
きから今までお互いいがみ合っている。スバルときぬは客席の最前列にいる。

「やれやれ、またやっているのか」

そこに現れたのは乙女だった。

「乙女さん、仕事はいいの?」
「いや、今は見回り中だから問題ない」

そう言って、乙女はあの2人に視線を向けた。

 乙女はあの2人の様子を見て、いがみ合う様子はなごみときぬにそっくりで、普
段つるむところはレオとスバルにそっくりだと思った。担任をしてるとその様子が
更に鮮明になっている。吼太にはレオの熱血漢、なごみの芯の強さが、隼人にはス
バルの友愛、きぬの裏表が無い性格が引き継がれている。


「レオ、吼太の眼はお前が本気になった時の眼にそっくりだな。隼人の脚は学年一
 だが、吼太も侮れない。これは楽しみだな」

 乙女はうっすらと笑った。レオとなごみは不思議そうな顔でいた。乙女は吼太が
「熱血モード」に入っているのを見抜いていた。

「あの2人の成長が楽しみだ」

 そう言って乙女は再び見回りへと向かった。しばらく2人の頭には?マークが浮
かんでいた。だが、2人は同時にある出来事を思い浮かべた。
 それは吼太の担任である乙女が家庭訪問に来た時であった。レオとなごみは世間
話や学校での吼太の様子の話をした。そして、乙女は今の子供について語り始めた。
乙女によると、夢を持たない子供が多いという話だった。やけに現実ばかりを見て
いて、夢を持つことを無駄な事のように考えている子供や、バカにする子供、努力
もしないうちから諦める子供、様々らしいがその反面、吼太や隼人は夢を持ってい
るから乙女はとても嬉しかったらしい。

 吼太は最近、新一の影響でギターを始めた。フカヒレおじさんみたいにカッコよ
くなりたいと吼太は言う。よりによってフカヒレとは…。レオは少し悔しがった。
 ほのかは、ママみたくコックさんになりたいと目を輝かせながら言っていた。
 スバルの話では隼人は陸上で金メダルを取ることを夢見ているらしく、のぞみは
お嫁さんになりたいとか。


「夢か……」

 なごみは何かを思い悩むように呟いた。レオはすぐに何を思っているのか察した。

「自分のようになって欲しくないんだろ?」
「いえ! そんなことは……」

 図星だったらしく、なごみは少しあたふたしていた。わかりやすいなとレオは思
った。
 なごみはかつて夢を諦めようとしていた。そして自分に嘘をつく人生を送りそう
になった。しかし、なごみはフカヒレこと鮫氷新一がきっかけとなり夢について考
え直し、レオは背中を押してくれた存在だった。その2人だけではなく、多くの人
々が自分を助け、応援してくれたことか。
 夢を追いかけることが出来ない辛さをなごみは十分知っていた。夢を追いかけて
いるときの楽しさも知っている。勿論、辛いこと、苦しいこともある。それらは自
分を成長させ、色々な事を学ぶことが出来る。だから、子供たちには夢を持って欲
しいし自分の可能性に挑んで欲しいと思っていた。
 それはレオも同じだった。少年期、彼は夢もなりたいものもなかった。幼い頃は
正義の味方とかそんな夢だったが将来何になるかなんて考えてもいなかった。それ
はなごみと出会って大きく変わったのだが。レオはなごみを守っていきたい一心か
ら彼女をサポートする目標を持った。


 子供たちにやりたい事、将来の目標があったらそれを支えるのが親の役目ではな
いのかとレオは思う。子供たちに影響を与えるのは周囲だし、大人ではないのだろ
うか。小さな目標でもなんでもいい、それを支えるのが大人の役割ではないのだろ
うか。

 子供たちが夢を持たないのは大人の影響かもしれない。だから大人は子供たちが
希望を持つ世界を創る事に努めていかなければならないのではないか。この世の中
を未来に繋げるのは政治家ではなく希望の種子(たね)である子供たちであることは
確かであるし、それを育てるのは大人たちである。芽を伸ばし、花を咲かせ、そして
希望の種子をまいてゆく―――

 吼太や隼人はそんな希望の種子の一員なのである。

 レオとなごみはただ願っている。子供たちがずっと幸せであるように―――

「あなた! 吼太が走りますよ! カメラ!」
「こっちは準備出来てるぞ!」

 レオが構えたカメラの画面にはスタートライン上の隣同士で睨み合っている吼太
と隼人の姿が写っていた。乙女の話では普段は仲が良いが、勝負事になるとライバ
ル同士になるという。なごみは吼太の眼を見て、

「やっぱりあなたにそっくりね」

と呟いた。


「え? 何だって?」

レオがなごみに顔を向けた。

「何でもありませんよ」

なごみはクスクスと笑った。

「?」

レオは首を傾げ、カメラを構え直した。

「位置に着いて……よーい!」

 青空に破裂音が響き渡り、子供たちは一斉に走り出した。身を乗り出してカメラ
を構えながらはしゃいで応援するレオ。

 レオのその姿はなごみには子供のように見えた。


(作者・TAC氏[2006/03/03])

あとがき


※3つ前 つよきすSS「キミと歩くこの道を
※2つ前 つよきすSS「キミと歩くこの道を 〜2人でつかむ未来〜
※前 つよきすSS「キミと歩くこの道を〜誕生する未来〜
※次 つよきすSS「キミと歩くこの道を〜外伝T〜
※2つ次 つよきすSS「キミと歩くこの道を〜外伝U:そして彼女は〜
※3つ次 つよきすSS「キミと歩くこの道を〜外伝V:雨の世界〜


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