「おーい! なごみー!!」
俺はなごみを呼んだが返事は無い。
家の中にはなごみはいなかった。
いくら呼んでも、いくら待ってもなごみは現れない。
その時、人の気配がした。
「なごみ!?」
そこに立っていたのはなごみだった。
「なごみ。いるんだったら……」
「センパイ。私は夢を叶えるためにここを出て行きます」
「なごみ……? 何言ってるんだよ?」
「センパイ、さようなら」
そして、なごみはこっちに背を向けて走り出した。
「なごみ? 待て! どこに行くんだよ!?」
俺はなごみを追いかけたが追いつけない。
そして、いきなり目の前が真っ暗になった。
「さようなら……」


「うわあぁ!!」
ここは俺の部屋。俺のベッド。朝になっていた。
体中汗だらけだった。
「センパイ? 大丈夫ですか?」
隣にはなごみがいた。夢だったんだ……。良かった。

そしてまた今日が始まった。


――Chapter1:幸せな時間――


「センパイ! お帰りなさい!」
大学から帰った俺を迎えたのは、妻……じゃなくって、恋人のなごみ。
まあ、事実上同棲状態なのだが。
そして俺となごみは「おかえりなさいのキス」をした。
今、乙女さんはこの家にはいない。大学進学とともにこの家を出て行った。
たまに遊びに来たりしていたが、最近はあまり連絡を取っていない。
来春、小学校教師になるらしいのだが。
乙女さんが家を出て行った後、なごみが同棲するようになった。
なごみの実家の花屋は現在、再婚した天王寺さんとのどかさんが営んでいる。
なごみは竜鳴館を卒業してから街の一流ホテルのレストランでずっと料理人の修行を続けており、
いつも帰りが遅い。
今日から3日間、なごみは久しぶりの休みをもらっている。

今は秋。
俺は大学3年の半ばを過ぎた。来年の就職活動を考えなければならない。
もちろん2人の夢を忘れたわけじゃない。俺は経済学を勉強中。
なごみはあと数ヶ月で二十歳になる。
「今日は、お鍋ですからね♪」
鍋の時期には早すぎる気がするが、まあいいか。
「……?」
いつも見ているはずのなごみの笑顔に俺は何故か違和感を感じた。
最近何かソワソワした印象を受ける。


……

「ふー。満腹」
雑炊までしっかりたいらげて満足。
なごみはそんな俺を見ていつも嬉しそう、いや、嬉しいのだろう。
「線の内側」に入った人間にはとことん尽くし、逆に外側には関わろうとしないなごみ。
なごみには悪いが、昔はそんなギャップを楽しんでいた。
だが、最近のなごみは少しずつだが性格が柔らかくなったというか、
「線の外側」の人間にも本来の自分をみせつつある。自分では気づいてないだろうが。
俺はそんななごみを見て俺は嬉しく思う。
「はい、センパイ。お茶どうぞ」
「サンキュ。……なごみ、そういや今日から3日間休みって言ってたっけ?」
なごみには休日はあまり無かった。
修行に明け暮れているにもかかわらず、家事はしっかりこなしていた。
しかしまあ、こんなにまとまった休みは久しぶりだ。
「え? あ、はい」
「そうか……。じゃ、明日出かけようか? 俺は学校もバイトも無いし」
「ハイ! じゃ、お弁当作りますからね?」
「楽しみにしてるよ」
「久しぶりのデートですから腕によりをかけちゃいますから!」
なごみは疲れているはずだが、可愛い笑顔を俺に見せてくれた。

次の日

俺となごみは東京へ遊びに行った。


今日は日光がポカポカして気持ちいい日であった。
午前中は街をちょっとブラブラして、大きな公園で休憩をした。ちょうど昼時だった。
「センパイ、お昼にしましょうか?」
昼飯はもちろん、なごみの手作り弁当である。お手軽にサンドイッチ。
まさにデートの理想だ。つくづく幸せな自分は男だと思った。
手軽なサンドイッチといっても妥協しないのがなごみである。
どこで食べるサンドイッチよりも美味い。

午後は主に洋服店をまわった。
「センパイ、これどうですか?」
試着室から出てきたなごみが俺に評価を求めてきた。
パンツスタイルなのだが。似合うには似合う。だが大体そのスタイルなので新鮮味が無い。
「似合いませんか……?」
不安そうな顔でこっちを見るなごみ。そんな眼で見ないでくれ!
店内を見回した俺はある物を見てひらめいた。
「なごみ! これを着てみてくれ!」
俺は見つけた服を取ってなごみに渡した。
「これですか……?」
少し顔をしかめながら渋々試着室に戻るなごみ。
数分後。
なごみが試着室から出てきた。
(オオ―――!!)
黒いプリーツのミニスカートに、白い肩出しセーター。
極めつけは黒いオーバーニーソックスで絶対領域が出来上がった。
白い太ももが眩しい。
「コレ、変じゃないですか?」
「よく似合ってるぞ。なごみ」
「え? そうですか? えへへ」


照れ笑いをするなごみ。以前は人前ではこんな表情は見せなかったのだが。
それにしてもまだ自分がどれくらい魅力的な外見をしてるのか分かってない。
「よし買ってやるよ」
「え? いいですって。私、多分着ませんし」
なんだかんだで、無理矢理買ってあげた俺。
そして、店から出たときなごみはその格好だった。俺がそのままでいてくれと言ったのだが。
なごみは俺の言うことは大体聞いてくれる。
いつもはスカートを穿くことなんてない。
2人で手をつないで歩いていると、街を歩く男がすれ違うたび振り返っている。
それぐらいなごみは美人だ。
「うぅ。肩が寒いですぅ」
今日は春並みに暖かいのだが、なごみは寒いらしい。
なごみは俺に引っ付くようにして腕を組んで歩いた。
何人もの道行く男達は俺を羨ましそうな眼で見ていた。敵意、殺意まで伝わってきた。
(クソ! 羨ましい)
(オトコの顔、イマイチじゃん?)
(俺の方がカッコいいのにー!)
ハッハッハ。何とでも言いたまえ。


――Chapter2:Dreamer――


夕方までデートは続いた。
そして、帰路についた。
松笠駅に着いてから松笠公園に寄り、俺達はベンチに座った。
時計は7時を指そうとした。


「めいっぱい遊んだな。さすがにクタクタだぜ」
「……」
「……なごみ?」
「え!? あ…何ですか!?」
「何だじゃないよ。……前からちょっと気になってたんだけど、
 お前、何か隠してないか?」
なごみは下を向いてしまった。どうやら図星らしい。
ダテに4年以上付き合ってるワケじゃない。
まあコイツはすぐに感情が顔に出るから分かりやすいんだが。
「なんでもいいから話してみろよ。な?」
「……帰ってから話します」
なごみはスッと立ち上がるとさっさと歩いて行ってしまった。
急いで俺は追いかけた。
やはり、なごみは俺に隠し事をしていたのだろう。
ただ、簡単な問題では無いことはなごみの表情ですぐにわかった。


家に着いてから、簡単な夕食を済ませた。
それからリビングで、俺となごみは向き合って話を始めた。
「センパイ。これから話すことに驚かないで下さい」
「分かったよ」
一息ついてなごみは話し始めた。


「私、料理修行で海外に行こうと思ってます」
え? そういうこと?
「へー? いいじゃん。行ってきなよ。いい機会じゃん。何日滞在するの?」
「2年です」
「ふーん。2年ね。思ったより短……って2年!!?」
「2年です。その間、日本に帰ることは出来ません」
「2年ってお前……。そんなまた……」
「一週間前、レストランのオーナーに呼ばれて、半年後にヨーロッパにある
 同じグループのレストランへ修行に行かないかって。
 新人を育成するために派遣する目的らしいです。
 認められた人しか行けないそうなんですけど」
そういえば、なごみは上の方々に気に入られてるという話は聞いた事がある。
「向こうは3日間、考える時間をくれました。
 行くかどうかは強制ではありません。
 だけど料理人としてのスキルを高めるには、夢に近づくには絶好のチャンスなんです。」
この休みは考える猶予だったわけか。
「なら、行―――」
「私はセンパイのそばを離れたくない!!」
なごみは立ち上がって俺に抱きついてきた。
「私、いつもセンパイのことばっかり考えちゃうんです!
 だから、だから……」
なごみは涙をぼろぼろ流して俺の胸に顔をうずめた。
「2年も離れ離れになったら、いつか心も離れてちゃいます!
 そうなったら、私、私……。また……居場所を失くして……」
俺は何も言えなかった。


夢を追いかける代償を払う事になってしまうのかも知れないのだから。
俺にはなごみを引き止める権利は無い。
全てはなごみが決めることだ。俺はなごみの夢を邪魔するような事はしたくなかった。
俺は泣いているなごみをただ抱きしめる事しかできなかった。

それからなごみは疲れてしまったのかベッドに倒れこむとすぐ寝てしまった。
俺の横で寝ているなごみを見て俺は考えた。
俺はなごみに何をしてやれるんだろう。
本当に心は離れてしまうのだろうか?
2年もの間、全く会えない状態になっちまう。
別に海外に行かなくても料理人にはなれる。
しかし、それはなごみのためにはならない。
俺はもちろん離れたくない。だけど、なごみの道を俺が塞ぐわけにはいかない。
俺の答えは……。

俺は夢を見た。
料理人として働いているなごみの姿を見た。
だが、そこには俺の姿は無い。
俺は一人になってしまった。
俺は一人闇の中でうずくまっていた。
いつか見た夢と同じような状況だった。

ふざけるな!
俺はなごみと一緒に夢を追いかけるんだ!
だから……


朝、眼を覚ますと隣で寝ていたはずのなごみがいなかった。
俺は慌てて1階に降りた。
まさか!?
だが、キッチンを見て俺は安心した。
「おはようございます! センパイ」
なごみは朝食の準備をしていた。
俺はなごみに近づいて、力いっぱいに抱きしめた。
「セ、センパイ!?」
俺は安心した。
俺は本当の自分の心が分かったような気がした。
「なごみ。行ってこいよ」
「そんな……? 私は、離れたくない……」
「俺はずっと待ってる。
 なごみが帰ってくるその日までに俺は俺自身を磨いて待っている。
 お前は料理人としての腕を磨いて、お前自身を磨いて、帰ってきてくれ。
 世界を見てこいよ。だから、俺を信じろ。俺もお前を信じる。
 お前の帰ってくる場所はココなんだからな?」
「センパイ……。ありがとう。私もセンパイを信じます……」
「俺はお前がいない人生なんて考えらんない。
 だから、今度はしばしの別れだけど、俺の心はお前から離れることはないし、離れたくない。
 俺はお前を愛してる。だから……」
あーあ。なごみの奴、涙ぼろぼろ流してるよ。
「俺と結婚しよう」
なごみは顔を上げた。


「本当、ですか……?」
「ウソ言ってどうすんだよ。ずっと一緒にいるんだったら2年なんて大したことないさ。
 一生会えなくなるわけじゃない。ただ、ちょっと時間が空くだけだよ。
 俺はなごみ一筋なんだからな。生半可な気持ちでこんな事言えるかよ!」
「センパイ! センパイ!」
笑顔でなごみは俺に飛びつき、俺は押し倒されてキスの嵐を受けた。
味噌汁の鍋がふきこぼれているのもお構いなしに俺たちは熱い口付けをし続けていた。
指輪の用意はまだだけど、今はこれでいい。


――Chapter3:みんな――


そして3ヵ月後―――

俺となごみは籍を入れた。
俺の親も、のどかさんも天王寺さんもすんなりと俺達の結婚を認めてくれた。
俺は学生結婚だ。大学の友達からえらく驚かれた。
一方、なごみは結婚する事をオーナーに伝えた時、オーナーはただ笑っていたという話だ。

式の会場はなごみが勤めているホテル。
結婚式の料理はこのホテルのレストランで作られたものだ。

なごみのウェディングドレス姿は本当に綺麗で、ただ目を奪われていた。
ホントに結婚するんだなと実感できた。
「なごみ……。すごく綺麗だ」
「えへへ」
なごみは気恥ずかしそうに微笑んでいた。


招待客の中には懐かしい面々が揃っていた。
推薦で大学に行き、陸上をやっているスバル。
専門学校を出て、ゲームクリエイターとなったカニ。
現在、ストリートを経てインディーズで音楽活動中のフカヒレ。
幼馴染の3人は一年に何回か会ってるのでそれほど変わったように見えない。
あいつらの中で変わった事と言えばスバルとカニが付き合い始めた事か。
まさかスバルがカニの事が好きだとは当時は驚いた。
今、この2人は東京で同棲生活を送っている。
姫を筆頭とする旧3−Cの面々は久しぶりなせいか皆変わったかのように見えた。
姫はポニーテールをほどいてロングヘアになり、とんでもないブロンド美人になっていた。
佐藤さんも髪をほどき、すっと大人びた雰囲気を持っていた。
今も2人は仲良く一緒に世界を飛び回っている。
浦賀さんは今は女子サッカー界に入り活躍中だ。
豆花さんは今も留学中で、東京の大学に通っている。
イガクリは地元の大学で野球を続けているらしい。
祈先生は今も竜鳴館で教師をしている。たまにそこら辺で会うこともある。
俺の親、のどかさん、天王寺さんはもちろん、なごみの同僚に上司、俺の友達なども来てくれた。
鉄家の人たちも来た。乙女さんとその両親と弟のタクマ、陣内さん。


披露宴の余興では、乙女さんは手品……のはずなのだが、びっくり人間ショーを披露していた。
『このロープを……ん? こ、この! ふん!』
ブチィィッ
何重にも巻かれたロープは一気にちぎられた。
会場からは別の意味でスゴイ歓声が。


「何やってるんですか……? 先生」
「あら対馬さん。絶好の機会なので小遣い稼ぎを。今月ピンチですので」
「祈は衝動買いしすぎだからな〜」
祈先生はいつの間にか占いで商売を始めていた。
呆れて注意もできなかった。

「あれ、フカヒレちゃう!?」
「ホントネ!」
フカヒレもギター演奏で余興に参加した。
元クラスメート達はかなり驚いていた。
インディーズで活動していると知らなかった奴は多かった。
少しカッコいいのが悔しい。

余興を終えると、記念撮影が行われた。
全員集合での撮影を終えると、それぞれが記念撮影を始めた。
俺となごみは旧友たちに囲まれ、記念撮影の嵐にあった。
「なごみん! 次は私とよ!」
姫がなごみの隣に立ったのだが、
「何処を触ろうとしてるのですか?」
「チッ、気付かれたか……」
「エリー、何もこんなところで……」
佐藤さんも呆れ顔だった。

「対馬! ウチと写真撮ってーな!」
「私とも撮て欲しいネ!」
俺は浦賀さんと豆花さんに両脇を固められ写真を撮る事になった。
すると後ろから殺気を感じた。
なごみが怒りの感情をむき出しにしていた。
(なごみ! ここは抑えてくれ! 頼む!)
その場は何とか乗り切った。
後でフォローするの大変だったが。


式も終りに近づいている。
今、女達(未婚)にとっての大イベント「ブーケ投げ」が行われようとしていた。
なごみの背後には殺気立った女達が何人もいた。
「オラー! ココナッツ! こっちに投げろー!」
「なごみん! 頼むわよ!」
「エリー! 人を押さえつけちゃだめだよ〜!」
「ブーケはウチが取ったる!」
「ぜたい私が取るネ!」
「椰子さーん、頼みますわ〜」
そして、なごみは天井まで届くほどに高くまでブーケを投げた。
落下点に急ぐ女達。しかし―――
「はぁっ!」
みんなの頭上を跳ぶ者が1名。
そしてブーケをキャッチした。そして一回転して綺麗な着地を披露。
そんな事ができるのは……乙女さんしかいなかった。
「ありえねー!」
カニが叫んだ。
「ぬかった! 乙女センパイがいたのを忘れてた……」
姫は脇にあったテーブルの足を蹴った。八つ当たりはやめろよ……。
そういえば体育武道祭のドッジボールの時、乙女さん、すごいジャンプ力だったなあ。
「ふっ。まだ衰えてはいないな。次に結婚するのは私だな」
「乙女〜、ついに我輩と結婚する気になったか〜!」
土永さんが乙女さんに向かって飛んで来た。
「私は人間としか結婚しない!」
「オウム差別だ〜!」
土永さんは泣きながらどっか飛んでいった。


何はともあれ、結婚式は終りを迎えようとしていた。

……

「のどか、どうしたんだい?」
「ちょっと調子が悪いのよ〜」
「ちょっと休んだ方が……」
「そうね〜……うっ!?」
「どうした?」
ドタドタドタ……
「あ! ちょっと! どこ行くんだ!?」

「!? 母さん!」
なごみはこの会場を急に出て行ったのどかさんを追いかけて行った。
俺もなごみを追いかけた。

会場の外の女子トイレの前で天王寺さんがあたふたしていた。
「どうしよう! のどかが……」
「母さん!」
なごみがトイレに入ろうとした時―――
「オエェェっ〜!」
「え……?」

………

一時医務室に運ばれたのだが……


あの吐き気は「つわり」だったらしい。
本人が「なぜか」持っていた妊娠検査薬が陽性を示したのだ。
明日にでもちゃんとした検査を受けに行くとのどかさんは言った。
式が一時中断していたので、4人で会場に戻った。

会場のみんなが心配そうだったので、俺は事実を皆に報告した。
そして、一気に歓声が上がった。
ちゃんとした検査はまだなのだが……
「なんか向こうが主役になっちまったな(汗)」
「ええ……。でもいいんじゃないですか?」
俺はなごみと顔を会わせ、笑うしかなかった。
のどかさんと天王寺さんは嬉し恥ずかしそうに笑っていた。
なごみもそんなのどかさんの顔を見て嬉しそうに微笑んでいた。


――Chapter4:Believe――


挙式から3ヵ月後―――

式を挙げてから新婚旅行にも行ったし、俺の就職も内定した。
ただ、幸せで楽しい時間が過ぎていった。
だが、俺となごみの短い新婚生活が終わろうとしていた。

国際空港は出国する客で賑わっていた。
なごみは手続きを済ませた。俺はただその時を待っていた。
見送りにきたのは俺、のどかさん、天王寺さん、それに姫をはじめとする旧生徒会メンバー。


あと30分ほどでなごみを乗せる便の搭乗時間だ。
こんな状況でも「こいつら」のやる事は変わってなかった。
「オメーがいなくなるからせいせいするぜ!」
「何だと!? このカニミソが!」
なごみがカニの頬をつねっている。
「なごみ、そろそろ放してやれ」
「ハイ……」
カニを放したなごみ。カニは今にも泣きそうだった。
「なごみん、頑張ってきなさいよ!」
「椰子。お前の力を試す時だ」
「椰子さん。頑張ってきてね!」
「椰子! お前が帰ってくるまでにメジャーデビューするからな!」
ビッと椰子に指をさしたフカヒレ。
「期待しないで待ってますよ。先輩」
なごみはフッと笑った。
あの〜、皆さん。「対馬なごみ」なんですけど……
「おい、きぬ」
スバルは後ろにいたカニを引っ張り出した。
「……えーと。オメーが帰ってきたら次こそはギッタンギッタンにしてやるかんな!
 まあ、泣いて尻尾巻いて帰ってくんなよ!」
なごみを見てみると、呆気に取られた顔をしていた。
まさかカニに激励されるとは思わなかったからだろう。
「みなさん、ありがとうございました」
なごみは深々と頭を下げた。


「なごみちゃん。頑張ってくるのよ? 帰ってくるときは”妹”も一緒に迎えるわよ〜」
お腹をさすりながらのどかさんはニッコリして言った。
「なごみちゃん、行ってらっしゃい!」
天王寺さんも笑顔だった。
「行ってきます! ”お父さん”」
「私達はこの辺で〜。さあ皆さん行きましょう〜」
のどかさんは俺にアイコンタクトをしてきた。
そして、のどかさんはみんなを先導して帰って行った。
……ありがとう。のどかさん。

俺はなごみと2人きりになった。そろそろ搭乗時間だ。
俺はなごみに近づき、そっとなごみを抱きしめた。
周りは俺達に好奇の視線を浴びせるがそんな事は構いはしない。
「なごみ。サヨナラは言わないぜ? 
 お前が帰ってくる場所は俺の所だけなんだからな。行ってこい!」
「センパイ……じゃなかった。”あなた”、行ってきます!」
そして俺達は軽くキスを交わした。
俺はなごみを放したくない衝動にかられたが、必死で抑えた。
俺が放すと、なごみは後ろを向いて駆け出した。

―――なごみは必死に抑えてきた気持ちを一気に溢れさせながら搭乗口へ駆けて行った。
振り返ればレオがいる。だけど振り返れば決心が揺らいでしまう。
だからなごみは振り返らずただ涙を流し、走るしかなかった―――

なごみは行ってしまった。だけど俺は進まなければならないんだ。
また会う日のために―――

……


しばらくして気が付くと俺の後ろには佐藤さんがいた。
「? 佐藤さん……」
「椰子さん、行っちゃったね……」
「ああ……」
「対馬君は寂しくないの?」
「寂しくないわけがないよ。
 だけどあいつが頑張るんだから俺も頑張れる。だから大丈夫だよ」
「本当に大丈夫なの?」
「俺はなごみを信じてる。あいつも俺を信じると言ってくれた。
 あいつとの夢を叶えるためにも俺は信じる」
「! 信じる事……か」
「相手をただ信じるだけ―――。相手の気持ちはわからないからな」
「……」
佐藤さんはそれから黙ったままだった。そして、
「それじゃあね。エリーが待ってるから」
「ん、じゃあね。佐藤さん」
佐藤さんはこちらに手を振って出口へ向かっていった。

……


「気は済んだ?」
「うん。もうスッキリしちゃったな」
「そう? 目の下が赤いけど?」
「もう。エリーったら……」
良美はリムジンの窓の外を眺めた。
(私が入っていく隙は無かったんだよね……。わかってはいたけど……。
 あの2人は信じているから愛し合ってる。信じるから幸せでいられる。
 私も人を信じるよ……。
 対馬君―――)

彼女の一方通行の恋は本当に終りを告げた―――

……

そして俺は空港から出た。
上を見ると、なごみを乗せた飛行機が空高く飛んでいた。
これからお互い辛い日々が始まる。

だけど……

なごみにまた会う日のために俺……頑張るよ……
俺とお前の夢を叶えるために―――


――Chapter5:それぞれの道――


なごみが旅立ってから1年ほど経った。
なごみは月に2,3回ほど手紙を送ってくれた。
内容は、嬉しかった事、辛かった事、何より会えなくて寂しいと。
国際電話をかけてきた事もあった。
俺と話せる事が嬉しいのか、はしゃいだ声だった。
たまに、帰りたいと言ってくる事があった。
辞めたいと言ってきた事もあった。
そういった時、俺はなごみを叱った。
「お前の夢への思いはそんなものだったのか?」
俺はなごみに問う。
そして、なごみはまた立ち直る。
そして俺は、
「俺もお前との夢のために頑張る。だからお前も頑張れ!」
と言って元気付けてやることしか出来なかった。

俺は、大学を卒業し、経営コンサルタント企業に就職した。
就職したのはいいが失敗ばかりの日々を送っている。
外食業界のノウハウを学び、将来に向けて奮闘中なのだが
辞めたいと思う事が何度もあった。
だが、向こうでなごみが頑張っているというのに俺がヘコたれてたんじゃ
あいつに会わせる顔がない。
俺も頑張る。そう約束したから続けられる。


俺の周りの連中もそれぞれの道を歩み始めている。
スバルは大学時代前半、スランプに悩まされたが、最後のインカレで見事日本一となり、
ついでに学生新記録を打ち立てた。そして、卒業後は実業団に入った。
カニは春に大ヒットしたゲームの開発に関わったおかげで、次回作の製作に追われている。
この2人は忙しく会う時間をなかなか作れずにいるがお互い支えあっている。
フカヒレはインディーズ部門のチャートでTOP5に入り、更に人気上昇中だ。
乙女さんは去年から近辺の小学校に赴任している。早くも人気教師となったらしい。
面倒見がいいし、優しいからね。子供を蹴ってなきゃいいけど。
姫と佐藤さんは相変わらず世界を飛び回っている。
拳法部の村田はこの前K−1に出ているのをTVで見た。
その隣には専属のカメラマンとして西崎さんがいた。
それと、なごみがいない間にのどかさんは女の子を出産した。
なごみの妹。つまり俺にとって義理の妹ってわけだが。
名前は「かなえ」とのどかさんが命名。
ちなみにかなえという名前は「望み、願い、夢を叶えられるように」
というのどかさんの子供を想う心からつけられた。
のどかさんと天王寺さんは早くなごみに会わせてやりたいと願っている。
当のなごみも妹に早く会いたいと言っていた。

みんな頑張っている。俺も頑張らないと。

5月に入ろうとしていた時。
今日は日曜日で一週間の疲れがどっと出て、ソファーの上でぐったりしていた。
入社して1ヶ月経つのだが、未だに慣れない。
夕方になり、夕飯の準備をしようとしたとき、携帯の着信音が鳴った。


カニからだった。
「もしもし。どうした?」
『レオ! いいからTVつけろ! チャンネルは……』
TVをつけてカニに言われたチャンネルにしてみると、画面にはなごみが映っていた。
「なごみ!?」
『そーだよ! ココナッツがインタビュー受けてんだよ!』
番組名は「世界に羽ばたく若者たち」という30分ほどの番組だった。


『さて、今日はレストラン○○○で料理人として修行をしている
対馬なごみさんを紹介しようと思います』
リポーターがなごみにインタビューを開始した。
なごみはリポーターの問いに淡々と答えていった。
『何度も辞めようと思いました。もう十分だろっ思ってしまう自分がいました。
 ですが、夢のためにここに来たんだと自分に言い聞かせてそれを乗り越えてきました。』
『対馬さんは結婚なされてるそうですね?』
『はい。私の主人は夢を応援してくれてるし、
 主人は一緒に夢を叶えるために日本で頑張っています。
 また会う日のためにお互い頑張っています』
『最後に何か一言を』
『夢を目指すには支えてくれるパートナーが必要な時があります。
 そのパートナーが人生のパートナーだったらなんて幸せな事だと思いませんか?
 今は離れていますが、私は主人を信じていますし、主人も私を信じてくれてると思います。
 夫婦は互いを信じるから愛し合えるのではないでしょうか?』


そして、番組は終了した。
いつの間にか、携帯の通話が切れていた。
そして、俺の頬には熱いものが流れていた。


――Chapter6:想い人――


機内アナウンスは間もなく国際空港に到着する事を告げていた。
2年ぶりに見た日本の景色。
私の鼓動は熱く高ぶっている。
いろいろ辛かった日々は一時終りを告げて、私は日本に帰ってきた。
2年という月日は私には永遠に感じてしまうほど長かった。
この飛行機は着陸体制に入った。
最愛の男性(ひと)はあそこにいる。
一分一秒忘れた事などない。
私の支えとなってくれている男性。

手続きを終えて、私は自然と早足になっていた。
この先にいるのだろうか?
もちろん、到着時間は伝えてある。
私はセンパイの姿を探した。

……

俺はなごみを乗せた便の到着を告げるアナウンスを聴いて、
落ち着きが無くなってしまった。
焦りつつも、ただ待つしか無かった。


そろそろ手続きを終えただろうか。
もうすぐ来るに違いない。
ずっと逢いたかった。
2年という長い月日。
永遠のように感じた、なごみがいない日々。
それはようやく終りを迎えようとしている。
俺はベンチに座り、ひたすらその時を待った。

……

ツカツカツカ……

下を向いている俺の視界に女性の足が見えた。
見覚えのある靴。
旅行用のトランクも目に入った。
俺はハッとして上を見上げた。
俺の前にはなごみが立っていた。
なごみは驚くほど綺麗になっていた。顔立ちが大人になっていた。
俺は立ち上がり、周りなんて気にせず、なごみを強く抱きしめた。
なごみも俺の背中に腕をまわし、力強く抱きしめてきた。
「なごみ……。一緒に帰ろう……」
「ハイ……センパイ……」

……

移動中、すっと俺となごみの会話が絶える事は無かった。


まるで2年という月日を埋めるように。
今日、俺はなごみが人間として一回り成長したように感じた。
向こうでの経験がそうさせたのかも知れない。

数時間後、松笠駅に到着した。
時間は夕方とあって、学校帰りの学生や仕事帰りのサラリーマンで溢れていた。
なごみの様子が何か変である事に俺は気が付いた。
「どうした? なごみ」
「いえ……私はここに帰ってきたんですよね?」
「そうだ。お前は帰ってきたんだよ」
「今、気付いたんです。私はこの街が好きだったんだなって」
「そうか……。さあ、早く帰ろう。のどかさんも待っている」
実言うと、今日はなごみが帰ってくるということで、
なごみの実家で食事することになっている……のだが、
のどかさんは料理が出来ないし、天王寺さんもそれほど料理ができるわけでもない。
なので、「たまたま」暇だったあの男にご馳走の調理を依頼しておいた。

……

「まっ、愛するレオのためならこれぐらいはな」
「気持ち悪いからやめれ」
「やっぱりスバルはボクよりレオの方が……」
カニは心配そうな目でスバルを見た。
「………」
「「否定しろよ!!」」
俺とカニのWツッコミが炸裂した。
それはおいといて、テーブルに並んでいるのはものすごいご馳走。


だが、テーブルの隅にはなにやら怪しい物体が。
「それはボクがつくったんだよ? ちゃんと食えよな」
(悪い。俺が目を離した隙に勝手にアレンジされた)
(マジかよ!? 料理ぐらい教えとけよ!)
(俺達も色々忙しかったんでな……)
カニの料理の殺人的マズさは保証つきだ。保証してもしょうがないのだが。
それにしても、スバルもカニも忙しい中よく来れたもんだ。
カニはなんだかんだ言ってなごみに会いたかったんだろうけど。
その他の人らはみんな忙しくて来れない。
ちなみにフカヒレはまだインディーズで活動中で
まだメジャーデビューは出来そうに無いと言っていた。
今日は地方遠征で来れないらしい。
「さあみんなボクの料理食ってくれよ?」
大きくなった「かなえ」を抱っこしているのどかさんと天王寺さんは
身の危険を察知したのか顔が引きつっていた。
なごみは怒りの表情をあらわにしていた。
「こんな物食えるか!! このバカガニが!」
「んだと――! ココナッツ! ボクの料理が食えないのか!?」
「伊達先輩が作ったものに勝手に手を加えるな! 」
なごみはさっきの会話を聞いていたらしい。
俺はなごみを、スバルはカニを押さえた。


「今度俺が料理教えるからな。今はおとなしくしてろ」
スバルはカニを制した。
「うわーん!」
すると、怖かったのか、かなえは泣きだしてしまった。
「あらあら、びっくりしちゃったのね」
のどかさんはかなえを抱っこしあやした。
なごみはすごくバツの悪そうな顔をしていた。

「では、気を取り直して……なごみ! おかえりなさい!」
俺が乾杯の音頭をとった。
なんやかんやで、お食事会が始まった。


――Last
Chapter:キミと歩くこの道を――


しばらくして、のどかさんと天王寺さんはかなえと一緒に寝室へ。
明日も花屋は開くから眠るということだ。
スバルとカニは明日も忙しいということで、帰っていった。
カニは新作ゲームの発売日が迫っているし、
スバルは今年、オリンピックの選考を控えているので時間を自由に取れないらしい。
2人共忙しい中、来てくれたのだ。
あいつらには感謝している。

そして早朝。のどかさん達はまだ起きていない。


「そろそろ行こうか?」
「ハイ」
この家を後にした。

……

それから俺となごみはとぼとぼと歩いていた。
「朝焼けが綺麗……」
なごみにとっては2年ぶりの日本の朝焼けだった。
2人でそれをしばらく眺めていた。
「なあ、なごみ」
「なんですか? センパイ」
「お前がいない2年の間、気付いたことがあったんだ。
 なごみの存在は、俺にとってかけがえのない支えになってくれているんだなって。
 それを改めて認識したよ」
「それは……私もですよ」
「互いに支える。それが夫婦なんだよな?」
「そうかも知れない……いや、そうです。だから私は諦めずにここまで来れたんですから。
 竜鳴館にいた時も夢を諦めずに済んだのもセンパイのおかげです」
「俺もなごみがいたから夢を見つける事が出来たんだ」
「センパイ……」
「なごみ」
「ハイ?」
「夫婦なんだからさ、センパイって呼び方、やめにしないか?」
「あ……」
なごみはかなり困った顔をしていた。
夫婦とはいっても、2年は別居状態だったし、
実際の結婚生活は3ヶ月なのだから夫婦という実感は無いに等しい。


え〜と……。じゃあ……、あなた?」
「……」
すんごい違和感。
「少しずつ慣れて行こうぜ? な?」
「そうですね」
なごみはおかしいのかクスクスと笑っていた。
「さあ、帰ろうか? 俺達の家に」
「ハイ! 私達の家に帰りましょう。あ・な・た♪」
俺はすごく恥ずかしくなった。自分で振っておきながら。

俺達2人は、家路へ就いた。
なごみは今日、レストランのオーナーに挨拶してくる。
この経験はなごみの夢に一歩大きく前進した事だろう。
俺も今の仕事でしっかりと勉強して、夢へ前進させたい。


「なごみ。ずっと一緒にいてくれるよな?」
「当たり前じゃないですか! 私はセ……あなたの傍を離れませんよ?」
「俺もだ。いつか2人で店を開けるように一緒に頑張ろうな」
「ハイ!」

また新しい1日が始まる。

俺達は歩き続ける。
生きている限り、この道が途切れる事はない。
俺はずっと、ずっと、この道を歩いて行きたい。
なごみと一緒に歩くこの道を。

未来へ続く道を―――

〜おわり〜


(作者・TAC氏[2006/01/30])


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※4つ次 つよきすSS「キミと歩くこの道を〜外伝T〜
※5つ次 つよきすSS「キミと歩くこの道を〜外伝U:そして彼女は〜
※6つ次 つよきすSS「キミと歩くこの道を〜外伝V:雨の世界〜


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