会場の客席は満員だった。
メダルを賭けた決勝戦のスタートが切られようとしていた。
オリンピックはさすがに違う。
周りのヤツらはオレよりも体格が良いし、速そうに見える。
隣にいた黒人選手がオレを見て、ニヤリと見下したような笑いを見せた。
アジアの選手は確かに劣っているかもしれない。だけどオレにも意地がある。
きぬ、見ていてくれよ。

スタート位置に着く前にオレの頭の中にはここまで来るまでの出来事が思い浮かんだ。

……

「なあ、次があるじゃん?」
カニはオレの隣に腰を降ろし、オレを見つめてきた。
先日、オレは次の大会のメンバーを外された。
ついでに、1年坊にもメンバーの座を奪われた。
オレは飲まずにはいられなかった。

オレは陸上の推薦で東京の大学に進学した。
同時にきぬも専門学校に進学した。
現在、オレときぬは家賃3万の六畳半のアパートで同棲している。
学費免除を受け、奨学金を貰えるようになったから、夜のバイトは不要になった。
きぬもバイトしてるから、生活もそれほど困るような事は無い。

オレは大学2年目に入ってからスランプに陥った。
思うような走りが出来ない毎日が続いた。


先輩、同期についていけず、後輩に出し抜かれそうになっていた。
そして秋の大会でのメンバーに落選してしまった訳だ。
「スバル! しっかりしろよ!」
カニがオレの肩を掴み、揺さぶってきた。
「うっせえな!!」
オレは軽く押したつもりだった。だけど、華奢なきぬは後ろに倒れた。
「……おい、き……」
「スバルのバカヤロー!」
きぬは部屋を飛び出していった。
オレは最低だ。八つ当たりだ。きぬが言った通り次があるのに。
オレは追いかける事は出来なかった。
酔ったせいか、フラフラしている。
そして、オレはそのままベッドに倒れた。

……

朝、オレは目覚めた。
きぬはいなかった。だが、オレに毛布が掛かっていた。
「帰ってきたのか……?」
テーブルの上を見てみると、おにぎりが2つ置いてあった。
きぬが作ったのだろうか?
おにぎりと一緒に置き手紙があった。

『 何度でも立ち上がれ!  バイトに行ってくる  きぬ 』

おにぎりはとても綺麗な三角形をしていた。きぬがまともに作れる数少ない料理の一つ。
オレはそのおにぎりを手に取り、噛り付いた。
明らかにおにぎりとは違う味覚が口の中に広がった


「……甘いな。くっくっく」

思わず笑い出してしまった。マンガみたいな間違え方だと思った。

そして、オレはトレーニングウェアに着替えた。
「さーて、一から走り直しますか!」
オレはドアを開け、走り出した。

ごめんな、きぬ。
転んだって何度でも立ち上がってやるよ―――


――それから4年が経った。


最後のインカレでは日本一を飾り、そして今、オリンピックの決勝まで進んだ。
きぬが今まで支えてくれたおかげだ。
きぬだけじゃない。
レオ、フカヒレ……オレの支えになってくれたマブダチ。
今、3人でこの客席のどこかでオレを見てくれている。
オレはスタート位置についた。


そして―――

……

『見事銅メダルを獲得した伊達選手にインタビューしようと思います!』
オレにマイクが向けられた。
『伊達選手、日本へ帰ったらまずどうされますか?』
『まずはゆっくりと休みたいですね……。おっと、ちょっといいですか?』
オレは、観客席の中に3人がいるのが見えた。
そして、悪いがインタビュアーのマイクをぶんどった。
『きぬ――! オレと結婚してくれ!!』
会場は騒然となった。
『レオ、仲人は頼んだぞ! フカヒレ、式で1曲頼むぜ! 』
(あと料理は椰子に頼まなきゃな)
席の方を見てみると、きぬがこっちに手を振っているのが見えた。

オレの戦いはひとまずは終わった。
しばらくしたら、また戦う日々が来る。
だけど、オレは負ける気がしない。

きぬと一緒だからな―――


〜おわり〜


(作者・TAC氏[2006/02/02])


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