Coral Fung -05

Posted by Hootalinqua 2/12/2010

 


「あら、フロイライン。今日はもうあがり?」

「フロイライン・マリールイーズ!明日からチャームスクールのマナーレッスンに行くって本当?」

レオナルドの野郎、あの後1分と経たずにゲネラーレが俺に言ったあの台詞を大げさに店の連中に言いふらしたらしい。あの客を選ぶ『鋼鉄のビッチ“フロイライン”マリールイーズ』が客に言われっぱなしで済ませるなんてただ事じゃあないって話だと想像はすぐについた。
俺達がVIPシートから店のエントランスまで将校連中を見送りに出た頃には、店の中での俺の呼び名が完全にクリストフから「フロイライン」に一新されていた。

「噂話してる暇があるなら真面目に仕事しろ!」

俺は苦虫をかみつぶした顔で従業員の控室を兼ねた狭い楽屋に戻ると、黒のラメ入りのショールとハンドバッグ、それに今日一日中、俺がいかにこのことについて不機嫌だったかを横で見てたジュスティーンの腕をひっつかんで、ドレス姿のまま外に出た。

この店が在るのはゲイバーや、気の利いたクラブ、レズビアンバーの密集している、まあ有り体に言えば"ゲイタウン"のど真ん中だ。
だから、俺達がドラァグの格好で出歩いても、誰一人奇異な目で見ない。何しろ店のまわりにあるのは全部“その手”の店なんだから。

ガイドブックに言わせればきっと、治安の悪い部類の場所ってことになるんだろうけど、俺がこの仕事をしてられるのはこの雰囲気があるからだと思ってる。
ピンヒールの細いかかとをきしませて店を出た俺は、外の新鮮な空気を深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、ナイトメアのはす向かいにあるオープンエアーのバーに向かった。そこは夜通し半径100メートルに響き渡るようなトランス系の音楽をかけっぱなし にしているが、お巡りももはや注意するのを諦めているようで、男達は好き勝手に踊ったり、飲んだり、ナンパしたりされたり、やりたい放題している。俺の気に入りの店なんだ。
俺とジュスティーンは道路にせり出して作られているテーブルの席を見つけて、そこに落ち着いた。顔なじみのマッチョなボーイを呼び止めて、いつものカクテルを頼む。片手に持っていた小さなハンドバッグからメンソールの煙草を出して、口元へ運んだ。ルージュがフィルターに着いたって気にしない。

安物のガスライターを何度も試したけど火がつかない。俺は大きく舌うちしてからジュスティーンのハンドバッグを勝手にまさぐる。化粧品や煙草がごちゃごちゃと放り込まれてるその中から、俺のよりも高そうなガスライターを引っ張り出した。
その一部始終を何も言わずに眺めていたジュスティーンは、腕を伸ばして自分のライターを俺から取り戻しながら小さく肩を竦めた。

「フロイライン・マリールイーズ。良い名前じゃない。気に入りませんか?」

火をついた煙草を指先に挟んだまま、俺はさっきのマッチョなボーイが運んできたプラスチック製のグラスに口をつけた。

「冗談よせよ」

気障ったらしい細い紙巻をとんとんと指先で弄んでいたジュスティーンが、不意に―本当に不意に思いついた様に―俺の方に顔を上げて、言った。

「…もう、クリストフったら。ねえ、クリストフ。私思ったんです。
クリストフは羨ましいと思う人に限ってそんな風にいらいらしてあたりちらして酷いことをしてまうのじゃないでしょうか?」

思わず口ごもる。ジュスティーンが振ってくる 質問って、とんでもなくシンプルなくせにどうして答えにくいものばかりなんだろう。

「ジュスティーン、何言いだすんだよ。あんたに何が分かるんだ」

「シャンパンとたっぷりのフルーツ,リーヴァイスのデニム,マールボロ,クリスチャン・ディオールのオー・ド・トワレ。 ここにはほしいものが全部あるっていう度に、あなたはいつも寂しそう。 今日みたいなお客の相手をした後もあなた、同じ顔をするの」

そうさ。ジュスティーンの振ってくる質問はいつだってとんでもなくシンプルで、俺はいつだって答えに詰まるんだ。

*

あんたに俺のことをもう少し話すことにしよう。

東ベルリンのキンダーハウス(孤児院)で育った俺は、学校を卒業するとすぐに−何の選択の余地すら無く−工場の仕事を始めた。来る日も来る日も化学薬品と重油の匂いのするコンクリートの塊みたいなところで働いてたんだ。
そして俺が23歳になった時のことさ。あの忘れえぬ1989年がやってきたんだ。
東ベルリンの連中はこぞって西になだれ込んだ。ご他聞に漏れず俺だってそうした。
もともと男が好きだったし、工場で働くよりはずっと稼げるって聞いたから、俺がこの店に入ったのは東ベルリンの−フラーケタワーよりは少しマシってだけの−俺の部屋を飛び出して3日目のことだった。


断言しよう、俺がこの西ベルリンを−今じゃベルリン、と表現するのが正解なんだろうが。俺の中ではこの街はやっぱり西ベルリンだ−心から楽しんだのは始めの1ヶ月だと言って良い。

ジュスティーンの言うとおりだ。ここには何もかもがあった。工場で働いてた頃とは比べ物にならない給料。俺がずっと隠れてラジオで聴いてきた音楽は、まるで空気みたいに街中に溢れてる。
だから、だからこそ、だ。
俺はやりきれなくなるんだ。
この西ベルリンでも東ベルリンでも、つまりキンダーハウスを出た後の俺は、ずっと一人ぼっちなんだって、誰もが秘密警察を恐れてくらしてた東ベルリンじゃそんなこと考える暇もなかったが、却って物が溢れるこの街に居ると、いっそう思い知らされるような気がするんだ。
工場じゃ誰もが平等に惨めで貧しかった。 だが、ここはどうだ?
「ジュスティーン、考えすぎさ。俺は良心的兵役拒否者で…」

「クリストフ。私とあなたはお友達よ。だから今日の素敵なゲネラーレがいやだったの?うそをつかないで。 あなたがそんな風に機嫌が悪くなるのはいつだって、私達のショーを幸せそうに身にくる人たちとお話した後って、決まってるんだから」

ジュスティーンの言うとおりだって思ってる。
頭では分かってるんだ。

だけどこうやって、店と店のそばにあるフラットを往復するだけの日々をすごしてると、何の苦労もしていなさそうに見える奴らを見ると、自分でもどうしようもなく苛立って来るんだ。

そしていつのまにか、他の奴らが幸せそうなのが、楽しそうなのが、見たくなくて、他人に興味を持たないようにしようとしてるってことに、自分にも気づいてるんだ。

それなのに。

俺がこんなに必死に他の奴らのことを視界に入れないようにしてるのに、VIPシートには日のあたる世界しか知らないような連中ばかりが、俺の視界どころかほんの1フィート隣までのこのこやって来る。

俺だって、日の当たる場所に出て行きたい。願わくば一人ぼっちじゃなく。
その日が来るまで日の当たる場所で何も知らずに呑気に過ごしている奴らに、俺のこんな姿を見られたくない。


*

「ジュスティーン、面倒な事は今は無しだ。とりあえず飲んで、騒ごうぜ。新しいショーのことでも考えて今日はパーティだ」

テキーラのショットを2つ頼んで、足を組み替えた。ヒューッと口笛があがるが、不快じゃない。気まぐれなビッチのマリールイーズは今夜たった今からご機嫌になるって決めたんだ。

クソよりも虚しい空元気。そんなことは自分だって分かっている。だけと今だけはせめて楽しみたいと思った。

明日が休みだからっていうのも手伝って、俺は久々にジュスティーンをつき合わせてめちゃくちゃに飲んだ。

どれくらい飲んだかって、俺がとてもじゃないけどそのままじゃ着れそうに無くなった酷い有様のドレスと化粧のままで、安アパートのベッドの上に倒れこんで漸く眠りについたのが、明け方の事だった、って言えば分かって貰えると思う。

それが俺といけすかないゲネラーレが出会った世にも最悪な一日の終わりだった。

そしてそれは、俺が今まで生きてきた中で一番ひどい二日酔いの休日の始まりでもあったんだけど。

 
 

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