「一つ決まりがあります。私が良いと言うまで、喋らないこと。絶対にです」 濡羽玉のビスチェをまとった聡子が、いつになく真剣な口調で念を押した。向かい合った章一は、裸身に白い靴下だけを穿き、腕を後ろに組んで休めの姿勢をとっている。 「無口な章一様だから、きっと大丈夫でしょうけど。もし良いと言う前に喋ったら、失格です。あの子は永遠に手に入りません。よろしいですね」 「はい」 感情の籠もらない答えが返ると、女は目を細め、目の前の少年を頭の天辺から爪先まで観察し、軽く顎を引いた。次いで、銀のトレイから注射器を取り、尖端から透明な雫を膨らませると、半勃ちの剛直に近づける。 「おまじないです。ちょっとちくっとしますけど。こらえて下さいね」 抵抗がないのを確かめて、鋭く輝く針を亀頭に突き刺し、シリンダーの中身を空にする。消毒液の沁んだ脱脂綿で痕を拭って、すべてを盆に戻すと、部屋の壁に指を打ち振る。テレビは点かず、スピーカーが音楽だけを流し始める。 「それでは目を閉じて」 少年が素直に瞼を閉ざすと、気配が遠ざかっていく。扉が開いて空気が入れ替わるのが素肌に伝わり、次いで性別の定かならぬ幾つかの忍び笑いと、何かが擦れる音を聞く。 「もう目を開けて構いません」 言葉に従うと、すぐ正面に、二人の女が見えた。一方は黒革の胴着にたわわな胸を詰め込んで立ち、穏やかに微笑んでいる。もう一方は覆面をし、ポニーテールに編んだ髪を後ろに出し、ふっくらした唇に毒々しいルージュを引いていた。がに股にしゃがみ、揃えた両腕を支えにした格好で、いっそう大きな乳房を下に向け、左右のくすんだ頂から白い蜜を零している。 その姿を目にしたとたん、少年は発情した仔犬が番に雌犬に遇ったかの如く、股間の若茎を臍まで反り返らせ、幹に沿って整脈が隆起させた。同時にかたわらのスピーカーから、空気を引き裂くように六弦を掻き鳴らす響きがほとばしって、未熟な頭を容赦なく揺すぶり、一瞬だけよろめかせる。 聡子は屈んで、四つんばいになった女の尻朶を優しく一打ちする。すると相手はよくしつけの行き届いたペットらしく、おとなしく前へ進み出て、周囲を嗅ぎ回った。数秒を置かず章一の逸物を探り当て、そのまま紅い口を開いて咥え込もうとしてから、不意に思いとどまり、代わりに鼻先を亀頭に押し当て、匂いをいっぱいに吸い込み、恍惚とする。 「珍しいですね。この子がためらうなんて」 そばで人妻が不思議そうに呟くのを尻目に、奴隷は稚い雄の香りに陶然とすると、幼い娘が好物のアイスキャンディが大事に味わうかのように、そっと一舐めして、全身をわななかせる。やがて少しづつ大胆になると、あらためて舌を伸ばし、屹立の根元当たりから太幹、雁首をなぞり上げて、鈴口に溜まった先走りの露を啜る。 ただでさえ敏感な急所を、執拗にねぶられた少年は、歯を打ち鳴らし、掌と掌を重ねて己のおとがいから上を覆って、零れそうになる喘ぎを懸命に押し殺した。 無毛の股間に頭を埋めた女は、秘具の反応から快楽の印を読み取って得意になったのか、嵩にかかって舌遣いを激しくさせ、桜桃に似た亀頭にすっぽりと唇を被せると、喉の粘膜に達するまで深々と呑み込んだ。頬を凹ませ、浅ましく音をさせながら、肉棒を吸い立てるようすからは、長いあいだの徹底した調教の成果がうかがえた。 子供は身をくの字に折って思わず両手を下ろし、奴隷の後頭部を掴んだ。歯を食いしばって隙間から大きく息を吐き、辛うじて快楽の波をやり過ごすと、指を開いて、光沢を放つ革の表面をなだめるが如く撫でる。 覆面の雌はまた肩を震わせて、口淫のペースを落とすと、今度は裏筋から雁首の下まで丹念に舌を巡らせて味わう。 「ぁっ…」 耐え切れず幽かな嬌声を漏らして、章一は精を放った。 すると女は喉を慣らして粘つく子種を嚥下し、崩れそうになる細腰を両腕が抱き留めて支え、執拗に残滓を啜る。 虎鋏にかかって動けなくなった仔鹿のように、少年は両脚を捕らえられたまま、上半身をねじり、反り返らせ、あるいは折り曲げては、妖しく踊る。 剛直が二度目の欲望を迸らせると、奴隷は一滴も余さず飲み干してから、ようやく締め付けを緩め、未熟な肢体がへたりこむに任せた。互いに尻餅を突いた恰好で対峙すると、刹那のあいだためらってから、今度は痩せた脇の下に腕を透して、ほっそりした胴を柔らかな胸に掻き寄せる。そのままレザーで覆った頬を、あどけないむきだしの頬に擦りつけると、十本の指全てで華奢な裸の背をさすり、狭い肩胛骨の間や尾骨の輪郭をなぞって、ついには幼い双臀の谷間をくすぐった。 少年はまたかそけく啼いたが、気力を振るって柳の若枝のような腕をもたげると、懸命にしがみついてくる大人の頬を挟み、いったん引き離してから、だしぬけに汚れた口許へキスをする。 唇に唇を強く押しつけるだけのままごとめいた接吻は、しかし確かに魔法を働かせ、奴隷を生きた彫像に変えた。 数秒が過ぎ、二つの裸身は剥がれ、大きな雌が床に仰向けになる。すんなりした下肢が左右に広がり、二本の腕は、小さな雄に向かって伸び、掌をいっぱいに開いて招いた。 少年はルージュの移った口を開いて深呼吸をすると、女のもとに倒れ込むように被さり、血管の浮き上がった陽根を蕩けきった秘裂に埋めた。繋がった瞬間、甘鳴きが二重唱となって溢れる。 年嵩の牝は熱さと硬さに、幼い牡は温かさと柔らかさに痺れ、酔って、一つに溶け合おうとするかの如く再びしっかりと互いを抱いた。 身動ぎする隙もないほど肌と肌とを貼り合わせているように見えたが、やがて子供の下半身はゆっくりと突き上げを始めた。 年齢離れした逸物が産道を深々と抉ると、大人は歓びに噎び、しなやかな脚を螳螂のように使って矮躯を捉え、さらに奥へと導いて、子宮の入り口を叩かせる。欲望の赴くがまま、また口付けをし、今度は舌をからませ、唾液を交換すると、ようやく腰が引くのを許す。一打ち一打ちを惜しむかのように、抽送と接吻とを繰り返しながら、徐々にペースを速めていく。 二人が無言を保とうと努める緊張が、いっそう官能を高めているようだった。奴隷は母乳をしぶく胸鞠に幼い唇を誘い、おずおずとした舌遣いに身をくねらせる。章一は双丘から白蜜を舐め取りながら、大きすぎる凶器で敵娼を傷つけまいとするかのように、緩やかに腰を動かしていった。 音楽は苛立ったようにテンポを上げたが、少年は双眸を血走らせながらも、曲の流れに抗うように別のリズムを保ち続けた。 「んっ…んっ…ぅっ…ぁっ…」 女は上半身を反らして乳房を真上に押し出し、フローリングの床に爪を立ててひっかく。 ねだるような嬌声に従って、幼い牡が打ち込みを急がせると、年嵩の牝は堪えきれず裏返った叫びを放ち、四肢を引きつらせて果てた。 洪水のように愛液を零し、ぐったりする大人を、子供は上気し、息を荒らげたまま眺めやり、睫を伏せがちにして、いきりたったままの剛直を抜こうとした。すると相手の掌が肩を掴み、マスクに包まれた頭が嫌々をする。 ちょうど怪我のところに指が食い込み、章一は痛みに歯噛みしたが、どうにか呼吸を整え、求められるがままに、また膣に納めた太幹で子宮を揺すり上げた。奴隷はお気に入りの玩具を取り上げられずに済んだ幼女のように、口許を綻ばせ、一回りも二回りも小さな体にひしとすがりつく。 「すっかり夢中ですね」 いつ終わるとも知れない二匹の交尾を、離れて鑑賞していた聡子は、幾らか呆れたような、しかし羨ましげな笑いを浮かべ、真暗な壁のテレビに向き直る。 「そういう訳ですから。夜遅くまでかかりそうです。ゆっくり待っていて下さい」 液晶の画面は何も答えず、ただスピーカーが喧しい演奏をさらに響かせた。 静けさの中で、ぬいぐるみを抱いた小さな娘そっくりに、女は少年を抱きしめて睡んでいた。唇に引いたルージュは崩れて擦れ、道化師のように顎の周りを覆っている。傍らで眠るいとけない容貌にもまた、そこかしこに口紅の捺印が散っていた。 大小の裸身は情事の残滓に汚れたリビングの床で、清しげに、快さげに憩っていた。 「やれやれ」 だしぬけに低い男の声がして、逞しい手がポニーテールを掴んで引きずり上げ、力任せに二人を引きはがす。穏やかな眠りを破られた雌は、とっさに宝物を奪われまいとするかの如く幼い体を取り戻そうとしたが、もう一人の女が素早く掠め取って、キッチンへ運んでいった。 巨躯の青年は、奴隷からマスクを引き剥がし、汗に濡れた素顔を露にさせると、唇の端を釣り上げて尋ねかける。 「ずいぶん今日の相手が気に入ったみたいですね渡瀬主任。いつもの接待とは偉い違いだ」 渡瀬三江は、親がそばにいなくなった嬰児のように怯えた表情で周囲を眺め回し、失った何かを探し求めたが、やがて我に返って、冷徹さという目に見えないもう一つのマスクを素早く被り直した。 「命令通り喜ばせただけ」 「ヘイヘイ。ノーキディング。三時間もくっついて離れなかったじゃないか。まるで付き合い立てのティーンみたいだったよシュガー」 「うるさい」 三江はにらみ返そうとして、我知らず赤面しているのを悟り、熱を帯びた頬を手で挟んでうつむいた。大柄な部下は目尻を下げて語句を継いだ。 「恥じらう君もキュートだよシュガー。でも意外だったな。うちの上司のお子さんのお相手をって頼んだ時、あんまり乗り気じゃなかっただろ?」 「うるさいっ」 床に向かって叫んでから、女は顔を上げずに独りごちる。 「子供だった」 「今更気になるかい」 若い男は瞳を煌めかせながら、のそのそと熊の如く、うずくまった獲物の回りを巡る。 「実はね。シュガーの営業用ビデオを見せたら、向こうのお子さんはひとめぼれしてしまったらしくてね。どうしても譲って欲しいって言うんだ。僕はシュガー次第だって伝えたんだけどね」 奴隷は弾かれたように首をもたげて、主人を見つめやる。表情はもはや平静さを取り繕おうともせず、双眸は潤み、頬の朱はさらに鮮やかになっていた。 「ひとめ…ぼれ…私…に…?」 「そう。結婚してて、子供がいるのに、大事な家族を裏切って毎日会社でもどこでも男をくわえ込んでる最低のスラットにね」 棍棒に殴りつけられたように、三江は上半身をぐらつかせ、またうなだれると、絞り出すように答えた。 「柳井…ダーリンが…こんな風に作り変えたんだろ…私を」 柳井浩介はにやりとしてソファーに腰を下ろすと、クッションに背を持たせた。筋肉質の巨躯を受け止めて、スプリングが苦しげに軋む。 「作り変えた。そう、プレシャスリー。ところで、さっきの話だけど、シュガーに選ばせてあげよう。これから一生あちらのお子さんの奴隷になるか、僕のもので居続けるか」 話しながら、ベルトをゆるめ、パンツのボタンを外すと、ファスナーを降ろして、ためらいもなく疣だらけの陰茎を露にする。形や大きさは先ほどまで女を貫いていた秘具と違わないが、色合いはずっと黒ずんで、醜くかった。 奴隷は異形の器官に視線を吸い付けられ、唾を嚥んで、のろのろと這い寄っていった。主人は鼻先まで近づくのを許してから、扁平な足裏を上げて、頭を踏み、床に押しつけた。 「ステイ、シュガー、ステイ。選んでからだ」 三江は呻き、鼻を啜って懇願する。 「命令…命令すればいいだろう…」 「だめだめ。でも、そんなに難しいデシジョンじゃないよ。向こうは今日初めて相手した子じゃないか。まさかシュガーまでフォーリンラブって訳かい?夫も、飼い主もいるのに?」 涙ぐんだ女は、虐待から逃れようともがき、腰を振り立てながら弱々しく反駁する。 「だけど…だけど…」 男は足をひねりながら、いっそう強くフローリングに相手の頬を擦りつけさせた。 「アイシー。優しかった。大事にしてくれた。まるで先輩みたいに。まだキッドだけど一生懸命いたわってくれた。あんなに幸せそうなシュガーを見たのは、先輩と一緒だった頃以来だ」 奴隷は空しい抵抗を止め、途切れ途切れに語句を連ねる。 「あの人…事…言うな…お願い…」 「選ぶんだ」 雌の肢体が、ひときわ激しくおののいてから、観念したかのように呟く。 「このままダーリンのものでいさせて」 巨躯の雄は、彫の深い美貌に歪んだ笑みを広げると、足をどけた。 「シュガーはやっぱりスマートだね。優しくされているより、酷くされている方が、先輩を裏切っている疚しさが少なくて済むよね」 「っ…違うっ」 「どう違うんだい」 やっと身を起こした三江は揺った髪を振り乱し、滂沱の泪を流しながら、主人の膝を掴んでにじり寄った。 「愛してるからぁっ…ダーリンと一緒じゃなきゃだめなんだっ!!そういう風にしたんじゃないかぁっ!!薬…あの薬…少しづつ…最後は最大許容量の何倍も投与して…脳も体も全部ダーリンのものになるように…刷り込んだんだろっ…だから、愛してるから、命令通り、毎日色んな男の相手してるっ…嫌なのに…嫌でたまらないのに…なのに何で…酷い…」 柳井は微動だにせずに聞き入っていたが、突然嘴を入れた。 「先輩より愛してる?」 まくし立てていた人妻は、凍り付いてから、被虐にひずんだ泣き笑いになった。 「あの人より…愛してる」 「先輩と僕とどっちが気持ちよかった?」 「ダ…ダーリンのほうが気持ちいい…」 「じゃぁ渡瀬主任、これからも頼んだら接待してくれます?誰にでも」 奴隷はうちひしがれながら頷いた。 「頼んだらファミリーも捨ててくれる?」 また弱々しく首を縦に振る。 「章一君も捨てられる?このディックのためにさ」 光のない瞳で、女は男の無慈悲な面差しを仰ぎ、また隆々とした屹立に魅入ると、三度肯んじた。だがまだ終わらなかった。 「きちんと自分から言ってくれないと」 「捨て…る」 「誰が?」 「私…」 「誰を?」 「しょう…いちを…」 「その子はシュガーの何?」 「子供…」 物覚えの悪い生徒を仕込む教師よろしく、青年は噛んで含めるように話しかける。 「オーケイ、それで何のために?」 「ダーリンの…ために」 「きちんとつなげて」 「私は…章一を…子供を…ダーリンのために…捨てる」 「セイアゲイン」 「私はぁっ!!!章一をっ、子供をダーリンのために捨てるぅっ!!ぁああぁああ!!!もぉ許してぇっ」 金切り声の宣言を耳にした柳井は、とたんに陽気な嗤いを天井に響かせて、大きな掌で目元を覆うと、シャツの上からでも分かる厚い胸板をふいごの如く上下させて、息を整えた。 「…かなり面白かったですよ渡瀬主任…ここ一年ぐらいで一番笑わせてもらいました。普段シリアスな人のジョークは本当に。さ、ご褒美です。好きなだけ味わうといい」 人妻は無言でお預けを食っていた剛直にむしゃぶりつき、他には何も考えられないかの如くポニーテールを揺すって野太い雄の印を貪る。青年は欠伸をしてから、キッチンの方を一瞥した。 「ハニー、そろそろいいよ。賭は僕がウィナーだ」 「悪のりしすぎですよダーリン。渡瀬様…シュガーが困ってたじゃありませんか」 呼びかけに応じて、キッチンから黒い革のビスチェを着た女が現れる。一糸まとわぬ少年の背を押して。 「章一様、もう喋ってかまいませんよ」 長身の主婦が稚い耳元に囁きかける。 「お母…さん…」 息子の声に、母は口淫を止めて首を上げようとする。だが男は結った髪を掴んで封じた。 「ストップして良いとは言ってないよシュガー」 すると奴隷は咽び一つなく、また主人への奉仕を再開する。 「本当は二人とも、分かっていたんじゃないかな?どう思うハニー?」 「どちらでも、ダーリン」 問われた女は穏やかに応じると、形の良い指を猛禽の如く撓め、すぐ側にある怪我を負った肩を鷲掴みにした。 子供は女親と同じく僅かな悲鳴も漏らさず、ソファーに座る巨漢を凝視した。 「やっぱりシュガーだけなじゃく、先輩にも似ているな…キュート、そしてクールだ…うん。シュガーとっても上手だよ」 青年は雌のうなじを撫でてやりつつ、他方では幼い双眸を見つめ返す。眉一つ動かさず。 「ところで章一君はスマートな軍人の条件は何だと思う?兵役はまだ先だけど、考えた事ぐらいはあるんじゃないかな?」 少年は指の関節が白くなるほど拳を握りしめた。 「お母さんを離せ」 「シュガーは自分で望んでこうしてる。聞いてただろう?」 柳井は退屈そうに宙を見上げてから、また正面を向く。 「話を戻すとスマートな軍人は、忠実で、勇ましい。狩りの犬と同じ。訓練に時間とコストがかかるし、素質もエッセンシャル。しかも最高の犬でも土壇場で怖じ気づいたり、あるいは主人を噛む場合がある。まして人間はさらにアンサーティン。百パーセントはない。でもね」 純粋な悦びに目を輝かせながら、長広舌を振るう様は、読んだばかりの本について話す学生か何かを思わせる。 「百パーセントにしようという研究もあるんだ。我が八葉製薬も、よそと協力して頑張ってる。海外の病院や刑務所でね。国内は規制がハードで新薬開発には向かないから」 「お母さんを…っ」 聡子の指が強く食い込み、講釈を遮ろうとした章一を激痛で黙らせた。 「ところがトゥーバッド、中々うまく行かない。ある人は忠実になったが、本来の勇ましさを失ってしまった。シュガーみたいに」 大兵の主人は悲しげに、しかし愛おしげに、ひたむきに尽くす奴隷の髪を撫でた。 「別の人は、ごく稀にだけど、勇ましくなる代わり抑えがきかなくなった。先輩みたいに」 三江がまた首をもたげようとするのを、柳井は易々と抑える。 「あれ?渡瀬主任にこの話はしませんでしたっけ。ちゃんとサーベイしたんですよ。先輩の事は。主任に相談を受けた時はやる気満々でした。ハニーに薬を使ってもらってから、考え直しましたけどね」 くぐもった呻きが大きくなり、男は苦笑してポニーテールから指を離した。 「オーライ、そんなに何か言いたければどうぞ」 人妻は崩れた涎と先走りの混じったものを垂らしながら半身を起こした。 「作り…変えられた…」 「ええ、僕は成功したケースですが。先輩は…時間がなかったんだ。ね、ハニー」 伴侶の促すような眼差しを浴びて、聡子は戸惑いがちに瞬きをする。だが手は相変わらず章一を逃がさなかった。 「渡瀬様…渡瀬和臣様と社の考えが一致しなくて、あの方何をご覧になってもニコニコしていらっしゃったから、納得して頂けたのかと思ったら、こっそり誤解を招く形で社外に話を出そうとしてらして。念のため、トラブルが起きたら家族も巻き添えになると教えた時は、神妙な顔で聞いてらしたのに、影では独りでどんどん証拠をそろえて。やっぱり薬を使わないと百パーセント信頼するという訳にはいきませんね」 悼ましげに目を伏せるビスチェの女に、巨漢は厳かに相槌を打つ。 「結局、現地のスタッフが慌ててオーバードーズするはめになったらしくて、おかげでセキュリティが三人も酷い亡くなり方をして。皆、成功したケースだったのに。トゥーバッドさ。学生時代から先輩はひょろひょろしてそうでタフだったから。僕なんか組手で勝った試しないし、兵役でもすごくてね」 金縛りに遇ったような親子を尻目に、夫婦は朗らかにやりとりを続けた。 「本当に人は見掛けによりませんね」 「それはシュガーもさ。最初すごく怖いレディだと思ったのに、こんなどうしようもないスラットだったなんて」 少年は肩の肉ごと引きちぎれよとばかりに拘束を振り解き、一歩前へ踏み出す。 「お母さんを…お父さんを元に戻せ」 うんざりしたようすで青年は首を振ると、まだ固まったままでいる奴隷を、軽々と横抱きにする。丁度父が幼い娘にするように、あるいは王子が姫君にするように。 「トゥーレイトさ。そしてもちろん君も。跪きなさい」 章一はなおも進もうとして、躓き、言われるがままの姿勢をとった。柳井は上機嫌で歌うように数え上げた。 「アップルパイもミルクティーも、チューインガムも湿布も。自分が素直すぎると思わなかったかな。君のお母さんと同じさ、途中からおかしいと感じていた?でもサスピションを強める頃にはトゥーレイト、トゥーレイトだ、ハハハハ。ハニーが僕に盛ったのは最初何だったっけ?」 「差し上げたのはワインだったと思います。ダーリンが渡瀬様…シュガーに下さったのはきっとウィスキーですね」 「そう。飲み過ぎたせいでの間違い…しでかした後は、すごく落ち込んだね」 「章一様はただ怯えていました。でもとても順応が早くて。きっとダーリンと同じ立派なご主人様になっていただけると期待していたんですけど」 「イッツオーバーさハニー。あんな賭けで、僕を独り占めしようったってだめだよ。これからはシュガーと仲良くシェアしてほしいね」 いささか悔しげな聡子に、柳井は相好を崩し、ウィンクしてから妻の浮気相手に向き直る。丸太のような腕が抱いた三江は、焦点の合わぬ双眸をさ迷わせながら、尽きぬ涙を流していた。 「章一君にも選ばせてあげよう。一つは予定通り、全寮制のスクールに転校すること。ただしシュガーが考えていたような、僕等の目の届かないところはだめだ。八葉製薬が出資しているとても管理の行き届いたスクールがあるから、そこに入るんだね。もう一つは…」 「だめ…章一だめ…」 しゃがれた喉で囁く奴隷を、主人はいらだたしげな接吻で黙らせてから、再び話の穂を継ぐ。 「君はとてもキュートだ。僕は結構気に入ってるんだよ。もちろん、ここには主人は二人もいらない。でももし君が本当にお母さん似なら…ね?」 「だめ…捨てる…捨てるから…この子は要らない…だから…」 三江が掻き口説くと、聡子も横合いから口を挟んだ。 「悪のりしすぎですよダーリン」 「シャット、アップ、レディズ。選ぶのは彼だ」 そう述べながら、巨漢が燃えるような眼差しを注ぐと、少年は唇の端から泡をこぼしつつ、血走った双眸でにらみ返した。 貧弱で小さな手の片方は、拳を握り続けたせいで赤黒く鬱している。もう片方は骨が抜け落ちたかの如くだらりと下がっていた。一度、屈っした膝は根が生えてしまったかのようだった。寸毫でも動きさえすれば、関節から下がもげても構わないという位、強く強く力を込めていたのに。 リビングのスピーカーがまたも、狂おしい洋楽の再生を始める。ギター、ベース、ドラム。繰り返し、繰り返し、繰り返し。視界が濡れて、ぼやける。 ルージュの移った幼い唇が僅かに開き、閉じ、また開いて、最後に言葉を形作った。 |
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