週末になると、寮はほとんど人気がなくなった。 青い制服をきちんと着た渡瀬章一は、これから記念写真を撮られるのを待つかのような風情で、ベッドの端に尻を載せ、そろえた両膝を掴んで、空になった向かいの寝台を見るともなく見ている。 尤も、がらんとしているのは帰宅した同質者のスペースだけではなかった。側にある備え付けの勉強机の上にはほとんど何も出ておらず、古めかしいタブレットが一台置いてあるだけだ。家から持ち込んだ品だが、それも今は電源を切ってある。 ノックの音がして、返事を待たずに寮監が入ってくる。少年は立ち上がって出迎えた。相手はむっつりした男で、艶やかな膚をしているが、瞳は年老いていた。手には真新しいマニラ封筒がある。 「お前にだ」 「ぁ、りがとうございます」 受け取った子供のやけに構えた態度に、陰気な管理人は舌打ちする。 「毎月毎月まめだな。お前の親も。こっちはまるで使い走りだ」 「すい…ません」 「何が。親が八葉に勤めてる特待生は、このくらい当然だと思ってるんだろう」 「いいえ。あの、次から、自分で取りに」 「こっちから届けろと言われてるんだ。いいな。分かってると思うが管理人室に近づくな、校外に出るなよ特待生」 「…はい」 少年が頭を下げると、寮監は勉強机にある旧式の端末を一瞥して鼻を鳴らした。 「特別許可の玩具で遊んでろ特待生」 来客が去ると、小さな部屋の主は、もたつきながら封筒を開け、メモリーを摘み出した。机に運ぼうとして取り落とし、のろのろと拾い上げると、幾度もしくじってからタブレットのスロットに挿れた。指で金属製の縁を叩いて起動すると、抱きかかえてベッドの隅にいざり、イヤホンを耳に嵌める。 画面が明るくなると、記録媒体が保存している無数の動画が一覧になって現れ、自動再生が始まった。 広いベッドの端に腰掛けた妊婦が映る。黒い革のマスクを被り、ポニーテールに髪を結って、腕にゴムバンドを巻いて注射を打たれ、歯を食い縛りつつも卑屈な笑みを浮かべていた。 母の三江だった。そこかしこに脂肪が乗って、顎はやや二重になっているが、かえって若やいでいる。肌は薔薇色に染まり、磨いた珠のように艶やかだった。 針が抜け、止血帯がほどけると、カメラの視界の外から巨躯の青年が入ってきて、隣に腰掛けると、満月のように膨らんだ腹を平手打ちした。 “ベイビー達は元気にしてる?” “してるぅ…薬打たれるとぉ…すごくお腹蹴って痛っ…” 覆面の女は甘ったれた声でしなだれかかって、いそいそと報告する。男は二枚の鉄板を張り合わせたような胸に相手を抱き寄せ、肩を撫でながら告げた。 “エコーで調べたけど全員身体異常は見つからなかったって” “良かった…ダーリンの赤ちゃん皆、産める…” “内分泌の方は分からないけど、そっちは出産後にデータがとれるよ。普通と変わらなかったらがっかりだけどね” 身重のモルモットは、レザーで覆った頭部で主人の胸に頬ずりをしつつ、精一杯の媚びを含めた口調で懇願する。 “良い子に育てるから、可愛がって上げて” “それはシュガー次第だよ。子供に構い過ぎて僕や会社をおろそかにして、ユースレスと判断されたら、まとめて廃棄処分だ” 奴隷はみじめに震えながら激しく頭を振った。 “そんな…ダーリンの…赤ちゃんなのに…頑張るから…一生懸命仕事するから…” 巨漢は安堵させるように相手の背を叩く。 “アーユースケアード?そのために新しい薬も打ったじゃないか。シュガーの肉体年齢はトウェンティーズぐらいまで活性化してる。成功だよ” “あれ、やっぱり使用禁止のホルモン分泌促進剤…嫌だって言ったのに…相変わらず酷いな…” 涙声で笑いながら、三江は、悪夢に怯えた少女が父親の庇護を求めるが如く、柳井にいっそう身をすり寄せた。 “うまく行けば組織の経年劣化もなく、シュガーの耐用年数は何十年も伸びる。もちろん発ガンリスクはすごくアップするけど、メディカルチェックはばっちりだから。廃棄処分どころか、僕が耄碌したオールドマンになってもシュガーはフレッシュなまま働いてるって可能性もあるよ” “…生理痛も重くなった…” 子供っぽく唇を尖らせる雌に、雄は笑みで応じる。 “今はプレグナントじゃないか。肉体年齢は若い方が出産のリスクは下がるよ。まして四つ子なんだしね” “排卵誘発剤を使うから…” “妊娠しにくいって聞いてたからね” “あれは…あの人がそういう体質だった…ダーリンとならきっと…ぁっ…” 胎児の一人あるいは複数が暴れたのか、妊婦は腹を抱えて喘いだ。種付けした方は優しくさすってやりながら、話かける。 “オーケイ、次のチャンスがあったら薬なしで試してみよう” 二人は恋人同士の長いキスをした。愛する男の唇が苦しみを鎮めたのか、接吻が終わると女は緩やかに息をして横たわり、そばにある鋼索を寄り合わせたような逞しい膝を枕にする。 “ダーリン” 阿った奴隷の呼びかけに、主人は片眉を上げ、つきたての餅のように柔らかな尻朶をつねってやりながら聞き返す。 “何だいシュガー” “ぁっ…今日…あれを…撮影しなきゃいけないんだろ…” “オブコース。このビッグベリーのキュートな成長ぶりを記録しないとね” “気持ちの準備…させて…” “いいともシュガー” 三江は溜息を吐くと、起き上がって柳井に向き直った。 “…あの” “うん?” “撮影前に…その” 青年はにやつきながら丸太のような腕を伸ばし、元上司の細い顎に太い指を当てて上向かせる。 “僕のノウティガールは何をお望みかな?” 妊婦は膝立ちになって両腕を投げ出し、十指をいっぱいに開いて答えた。 “可愛がって” “膝においで” 女は手探りで小山の如く盛り上がった肩を掴み、背を向けたまま両脚を開いて、腰を落としていく。男は前をくつろげて、疣だらけの剛直を自由にすると、すでにびっしょりと濡れている秘裂をゆっくり引き下ろす。返しのついた鏃じみてえらのはった雁首が、開発し尽くされた陰唇を押し広げてめり込んでいく。 “ぉ゙お゙っ…!!これぇっ!!これ欲しかったのぉっ!!ダーリンのぉっ!!” 心を縛っていた糸が断ち切れたように、奴隷は淫らに吠えて孕み腹を揺する。飼い慣らされる前に比べ遙かに肉置きの豊かになった双臀を主人が支え、浅い挿入を保ちつつ、尋ねかける。 “中まで欲しい?ベイビー達を起こしちゃうかもしれないけど” “欲しいっ!!赤ちゃん起きてもいいからぁっ!” “マイプレシャス” 巨躯の牡は、丸々とした胴を捕らえて勢いよく引きずり下ろす。子産みの穴を内側から削りながら、凶器は深々と奥へ食い込んで、子宮の入り口を撃った。雌は頸を仰け反らせ舌を突き出し、体内を貫く熱い塊に痙攣し、だらしなく失禁した。 “ウェイクアップ、シュガー” 柳井は嘲りながら、突き出たへその上辺りを紅葉の跡が付くほど強く敲く。幾重にも。胎児がまた動いたのか、三江は軽くえづいて短い失神から醒め、どうにか姿勢を立て直すと、身重の体を跳ねさせた。 “あかちゃ…おなかけって…るっ…ぐぅうっ!!!” 苦悶とも恍惚ともつかぬ喚きを漏らす女に、男はくすっと笑いを漏らし、大きな掌でたっぷりとした乳房を掬い上げるようにして捻り込んだ。噴水のように白蜜がしぶく。 “ひぃぃっ!!” “シュガーは痛いのがプレジャーだからね。きもちいいかい” “ぎも゙ぢぃ゙っ…ぎも゙ぢぃ゙っからぁっ!!やさしぐしっ…いぎぅっ!!!” “こうされて幸せかい?スラッティビッチ” 力任せの搾乳を続けつつ、主人がぞっとするほど優しく囁きかけると、奴隷は生まれ来る命に与えるべき慈液を撒き散らしながら、途切れ途切れに求められた台詞を述べる。 “がっ…ぁっ…しぁわせ…ぇっ…しぁ…わせっ…” 頃合いを見計らったかの如く、レザーに覆われた無貌の頭が画面いっぱいに拡大する。 “じゃあカメラの向こうの先輩や章一君に報告しようか” “!?っ…もぉ撮って…ひぐっ…まだ…いやだ…みるなぁっ……かずおみくっ…しょうい…っ” 被虐に酔い溺れていた妊婦は、冷水を浴びたかの如くおののき、もがき、絶え間ない苦痛を快楽をもたらす抱擁から逃れようとし、果たせなかった。すると、身の程知らずの抵抗を罰するかの如く、大兵の青年は獲物の乳首をちぎれんばかりにねじり上げ、肩口に歯を食い込ませてから、マスクを掴んで剥ぎ取る。 汗と涙と洟と涎に塗れ、額に前髪を張り付かせた、どこか幼げな女の容貌が露になる。 “ぁあ…ぁっ…” “もう遅いよシュガー。ほら二人に言わなきゃいけないことがあるだろ。リハーサル通りやってごらん” “…ぁっ…ひんっ…まっ…でぇっ…” “ちゃんとバイバイしないと心配させちゃうだろ?” “ぅっ…ぁっ…ぁっ…あははっ ♥あはははっ♪” 穢れ切って尚涼やかさを宿した縹緻が、くしゃくしゃになり、しゃくりあげ、最後には完全に壊れた、あどけない笑みを浮かべると、鈴を転がすような声で語り始めた。 “離婚届ぇ…出し…たっ…だって…ダーリン…そうしろってぇ…” ちゃんと芸ができたペットを褒めるように、逞しい男の手が汗に濡れた髪を撫でる。 “シュガーには新しいファミリーができたからね” “ぁあっ…ぅっ…そぉ…ダーリンと、赤ちゃんたち…いっしょ…さびしくな…” “幸せだろ?” “しぁ…しあわせっ、しあわせっ、いきてていちばんしあわせ!!!…せかいいちすきなひとと、あかちゃんといられて…ほかになにもいらない…ずっとずっとこうしてたい…あいしてる、ダーリンとのことみとめて。ダーリンのどれいでいさせて…” “じゃ、バイバイって” “バイバイ…かずおみくん、しょういち…ぁっぁあああ!!” 心からの歓喜とともに、女は絶頂に達した。たわわな乳房は白い涙を流し、風船のような腹は表面に折檻の手痕を残して揺すれ、肉杭に広げられた秘裂からは粘つく愛液がとめどもなく落ちて、尿道から漏れる透明な尿と混じって水たまりを作る。 次第にカメラの視界は暗く閉じていく。しかしマイクは、無邪気な嬌声や喘ぎ、睦まじげな笑いをしつこく広い続けた。 子供はベッドの隅に丸まって、タブレットを抱きかかえていた。いつしか窓の外で日は落ち、部屋は夜の青さに染まって、影に隠れた顔にどんな表情が浮かんでいるのかは窺えない。 指が金属製の縁を叩いて、別の動画の再生を始める。すべて同じ、一人の女を撮影している。 ホテルのベッドでスーツのまま意識を失って横たわる女。服を取り去られた女。抱かれて朦朧としながら夫の名を呼ぶ女。 別の部屋で、疚しげな面持ちで服を脱ぐ女。男にまたがって腰を振る女。裸の背を晒したまま、枕に顔を埋め、どんなに呼びかけてもうつぶせたままでいる女。革の拘束具を付けられ、マスクを被らされ、戸惑い、怒り、罵る女。同じ格好で官能のにじむ悲鳴を上げる女。 画面に向かって怒鳴り、拳を振り上げ、カメラを奪い取ろうとする女。打ちのめされ、踏みつけられ、何度も犯される女。 死人のような顔つきで男のものをしゃぶる女。やがてへたくそに作った表情を浮かべるようになると、次第に媚びや品に馴染んでいき、芝居のはずの笑いも、恥じらいも、拗ねも、知らず知らず本物に変わっていく女。 オフィスの机の下で、トイレで、夜の廊下で、公園で。時に呆れたように、時にうんざりしたように、文句を交えながらも、頬を上気させ、瞳を潤ませて体を差し出す女。 紫と黒の、肌が透けるレースの下着を渡され、かみつくような嫌味を投げつけながらも受け取る女。指示されるままに、ぎこちないストリップを見せ、贈り物をきちんと着ていることを証明する女。 度々注射器が登場するようになり、女の奔放さは加速していく。車の助手席から運転席にいる男の股間に頭を埋める女。花火を背に浴衣の前を広げて、素肌を晒し、挑むように微笑みながら誘う女。 おぞましく太った男や禿げた男、老いた男に傅き、前や後ろの孔に肉棒を咥え込みながら喘ぎ混じりに商談をする女。肌や瞳や髪の色が異なる男、言葉や身振りの通じない男の機嫌を取り、媚びへつらい、どんな要求にも従う女。 広がったまま閉じない双孔から大量の精液を逆流させ、叩き潰されたばかりの昆虫よろしく痙攣する女。 再び慣れ親しんだ巨漢の胸にすがり、息子の誕生日だから帰らせてくれと懇願する女。真赤になるまで双臀を叩かれ、秘裂を濡らしながら謝罪する女。泣きながら携帯電話を掴み、愚かしいほど文字を打ち間違えながら、短いメールを書く女。 けれど、ある時期を境に重苦しい雰囲気は和らぎ、どこか娘らしい可憐さを帯びて、自然に甘えたり、ふざけたりしながら、夫とは別の名前を嬉しげに呼び、淫らな衣装を楽しむようになる。すらりとした胴は段々と膨らみ、全体の輪郭は丸みを増し、刺々しさはなりを潜める。 平日の職場でも、休日のピクニックや海水浴でも、キスをねだり、指と指をからめ、恋に浮かれた歌を口ずさんでいた。夜となく昼となく、手や唇や髪や腋、双臀の谷間や内股、あるいは膨らんだ腹さえ使って奉仕し、奉仕できるのが幸せでたまらないという、屈託ない笑顔を閃かせる。 逞しい腕に抱かれて眠る妊婦は、あらゆる悩みから解き放たれたように安らかだった。 すべての再生が終わると、幼い指はまた最初からやり直す。まるで壊れた機械のように、幾度でも。 |
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