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タイトルRe: 和解する可能性?..そんなもんは無い
投稿日: 2009/07/03(Fri) 08:58
投稿者おちょくり塾より
Subject:北海道東部 From:波浪規定 Date:2007/06/25 20:44
No:5843
オホーツク沿岸を中心とした北海道北部・東部は5世紀から10世紀にかけてオホーツク文化が栄えていた。オホーツク人は海洋民族で、あちこちに交易に出かけ、紛争もおこした。
10世紀ごろから内陸生活を行うようになったが、もっぱら川の近くであった。これをトビニタイ文化という。
北海道の他の地域では、弥生文化の影響をうけた続縄文時代が7世紀末ごろまで続き、その後は擦文時代となる。
トビニタイ文化は擦文文化に吸収されて行くのだが、皆が皆、スムーズに進んだわけではないだろう。最後までなじめなかった人達がコロボックルとよばれたのではないかというのが、私の妄想。(笑)
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Subject:事務局・・・ From:波浪規定 Date:2007/06/25 20:49
No:5844
>灯理さん、ありがとうございます。
F先生に感じる不信感はそれですね。
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Subject:事務局 From:灯理 Date:2007/06/26 16:01
No:5846
まあ、オフィス(Access)があれば事足りるようなデータベースに、えらいお金がかかっていたり・・それでもめたり・・未だにファックスで連絡していたり・・なんだかなあ、と思うんですがね。
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Subject:しかしねえ… From:キルドンム Date:2007/06/26 17:06
No:5847
 波浪さん、灯理さん、ありがとうございます。F氏の行動様式は確かにその通りなのかも知れないが、ただ…。
 十年前には、みんな氏のことを「〈敵〉の中にいただけあってそのやり方を熟知しており、非常に心強い」とか何とか言って絶賛していませんでしたか。それを今になってあげつらうというのもどうですかねえ。氏が変わったのではない、我々が変わったのでしょう(笑)。
 いまだにファックスを使うというのも、仕方がない(笑)。E−mailなどより確実だと思われているのでしょうから。「最新技術」はあまりにリスクが大きすぎる(苦笑)。
 本来自分のすべきこと・できることから手を着けていけばよいのです。
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Subject:>キルドンムさん From:灯理 Date:2007/06/26 17:57
No:5848
>  十年前には、みんな氏のことを「〈敵〉の中にいただけあってそ
> のやり方を熟知しており、非常に心強い」とか何とか言って絶賛し
> ていませんでしたか。それを今になってあげつらうというのもどう
> ですかねえ。氏が変わったのではない、我々が変わったのでしょう(笑)。
 
わたしが「つくる会」の会員にならなかったのは、氏の体質を、ひいては会のありようを懸念したからに他なりません。
わたしは立場上、用心深いんですよ・・趣旨には賛同しても深入りは出来ないな、と。
共産党は、脱党者のセクシュアリティを論うのが大好きですからね。

> いまだにファックスを使うというのも、仕方がない(笑)。E−m
> ailなどより確実だと思われているのでしょうから。「最新技術
> 」はあまりにリスクが大きすぎる(苦笑)。

そんなことだから、たかがデータベースに馬鹿げたお金をつぎ込む羽目になったりするんですよ(^o^)。
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Subject:酔中余談 From:苹@泥酔 Date:2007/06/26 20:14
No:5850
 …あれは田中会長時代だったと思う。「つくる会」青森県支部主催(?)のパネル展を見に行ったら支部長らしき人が居て、日本会議にも所属してると言ってたっけ。あの時あたしゃ「ネット見て来ました」とでも云ったのかな。その後ネットの話題になった。
 支部長はネットの影響について仄聞していたらしく、それなりに興味を持っている様だった(まだ始めては居なかったらしい)。その頃は山形板の猛者が活躍中だったし、こちらはこちらで言葉を濁してたし(苦笑)。…あれから参入したのかなあ。「老人の群れ」にネット参入を期待するのは難しいんじゃないのかなあ。
 ウチの爺婆(大正世代と昭和ヒトケタ)なんか、黒電話をピポパのプッシュ式に変えた所で終わってるぜ。公衆電話での訓練期間があったからどうにか使えるものの、ナンバー・ディスプレイとなるとチンプンカンプン(私も…汗)。勿論FAXはない。だから我が家ではFAX自体が最先端機器なのだぁ。あれは官公庁で使うものだ。個人宅で使うほどの理由はない。また〜携帯電話なんか見た事もない。まだ二十歳そこそこで「精力ありあまる若者」の私(ウソ)なら流石に見た事くらいはあるけれど、そう云や…まだ触った事がないなあ(爆)。これも理由は明白。携帯電話を使う必要がないからだ(と思ってるのは私だけ?)。仮に使うとしたら、あの面妖な画面の付いてない機種がいい。噂によると、様々なメールが届くんだってね。メールなら「あずましく」パソコンでやればいいだろ。電話ではフツー「話す」ものだろ。なのにメールするなんて「世の中、狂ってる」。皆の衆に訊きたい。携帯電話でメールするのって、どんな気分?

 …思い起こせばwin3.1の時、あたしゃせっせと辞書登録してたんだっけ。今こうして打ってて一発で出るかどうか試してみよう。九成宮醴泉銘、枯樹賦、顔勤礼碑、・遂良、・肩吾…そうだった、当時は外字もせっせと作ってたんだっけ(汗)。それがXP時代の今では使い物にならぬ。新聞サイトを見ると「・石如」の「トウ」は今なおダメダメで、「登」に「おおざと」の字が出てこない。こんなの打ってると文字化けが怖いから懸念箇所を今「・」に打ち直したけど、この程度の下準備ならキルドンム様あたり何らかの形で経験済みなんじゃなかろーか(因みに当方、簡体字は未体験ゾーン)。
 簡体字と云えば…例えば「書」のそれは草書由来だよね。でも草書はフツー「下が出ない」よね。でも中国には出る形で書く人が日本より多く居るみたいだし、米・(…またやっちまった、米元章の事ね)の様な書きぶりなら下を出しても無問題なんだろーな。とにかく漢字絡みの事では初手から不便を感じていた。それをパソコンと携帯電話の両方でどうにかするなんて…ああっ、面倒くさっ!(と駄々をこねる。)
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Subject:>キルドンムさん(No.5839) From:北の狼 Date:2007/06/26 22:33
No:5851
レス有難うございます。


>>まず、「いまようやく藤岡氏が念願の会長に就任し」というところですが、藤岡氏の会長就任は、なりたくなってなったというよりむしろ他に方法がなくなり、仕方なく出て来ざるを得なくなったというように感じられるのですが。何といっても該会創設の主唱者ですし、会長になろうと思えば十年前からになれた筈。

そもそも、副会長の地位にあるからには、いつでも会長を引き受けるという気概があって当然ではないでしょうか。その程度の心の準備なくして「つくる会」会長というのは勤まるものなのでしょうか?

また、「なりたくなってなったというより【むしろ他に方法がなくなり】、仕方なく出て来ざるを得なくなったというように感じられるのですが」という物言いがよく分かりません(【】は北の狼)。
「なりたくなってなったというよりむしろ【他に適任者がいないので】、仕方なく出て来ざるを得なくなったというように感じられるのですが」というのなら分るのですが、いかがでしょうか? つまり、「他に方法がなくなり」というより、もはや藤岡氏のような人物しか会長のなり手がいなくなった、ということです。

さらに、【出て来ざるを得なくなった】というのは、具体的にどういう事由によるものでしょうか? 
「何らかの原因(問題)が生じ、それを解決しうるのは会長しかありえないが、その会長として他に適任者がいないので、他者に推されて仕方なく藤岡氏が出て来ざるを得なくなった」という文脈のようですが、その辺の経緯を具体的にご説明ください。
「いや、具体的に説明はできない。ただそう感じたまで」というのでしたらそれでいいですが。

最後に、「会長になろうと思えば十年前からになれた筈」と断言なさる根拠は何でしょうか? 十年前といえば「つくる会」が創生された年です(1997年)。当時の会長はもちろん西尾幹二氏です。藤岡氏は「自由主義史観研究会」の創設者ではありましたが、「つくる会」創設者の西尾氏を押しのけてまで、かつ、自由主義史観研究会の会長・代表を兼務してまで、「つくる」会長になれるほどの”タマ”だったのでしょうか?
「会長になろうと思えば十年前からになれた筈」という根拠をお示しください。


>また、「それ以後も、会は正常に活動し、会が分裂した事実もなければ紛争が起こったこともありません」と通信文に書いてあることについて、「も」というのが少し引っかかりますが、ここで「それ以後」、すなわち四月以後には、確かに分裂は起こっていない―紛争はどうかわかりませんが、苹さんも触れておられるように、我々を含めた外部からの批判・批評を「内紛」というのは無理でしょう―


西尾ブログ、東京支部掲示板、「つくる会」 Fax 通信、メーリングリストは4月以降も平穏だったのでしょうか? なぜ、昨年の4月以降、二人の会長が辞任または解任の止む無きにいたったのでしょうか? 
以下は内紛や分裂でなかったら、何だったというのでしょうか? 「つくる会」HPに載っているものですよ。


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平成18(2006)年5月02日(火)


種子島会長・八木副会長辞任に至る議論の経過



種子島会長・八木副会長辞任に至る議論の経過

会長代行 高池 勝彦
 
  FAX通信第172号(5月1日付け)既報のとおり、4月30日の理事会で、種子島会長と八木副会長が辞任し、4人の理事も行動をともにしました。会長・副会長辞任に至る理事会の議論の経過を報告します。

(1) 会長・副会長辞任の理由
 
  議題審議の冒頭、種子島会長が辞意を表明し、その理由を概略次のように述べました。
〈3月28日の理事会で、理事間の内紛は一切やめる、今後は将来についての議論のみ行い過去に遡っての糾弾は行わない、との方針を決めた。ところが、翌日の産経新聞が不正確な記事を出し、その取材源の追及が始まった。さらに一部の理事は、4月7日、会の活動とは関係のないことをことさら問題にして、八木氏を査問にかけるべきだとの提言を行ってきた。私は峻拒した。10日、八木会長の取材対応の説明と、産経・渡辺記者の詫び状を全理事に送り、これで産経問題に決着をつけようとした。ところが、12日、藤岡・福地両理事から面会を求められ、八木氏の行動について確かな証拠が出てきたとして再び査問を要求してきた。これは、私の選んだ副会長を信任しないということであり、こんなことでは会長職を全うすることは不可能であるので、辞任を決意し八木副会長に伝えた。八木氏も「精神的に限界で、私も辞めます」と表明、揃っての辞任となった。〉

  続いて八木副会長は次のように述べました。

〈この間私の問題で根拠もなく嫌疑をかけられ、執拗に追及された。私としては弁明もせず、何とか理事会で正常化出来ないものかと考えたが、この半年間、彼らとの間では後ろ向きの議論を余儀なくされ、肉体的にも精神的にも限界に達したので、副会長・理事を辞任し、正会員もやめることにした。本会は発足以来、定期的に内紛を繰り返してきたが、「相手代わって主代わらず」という言葉があるように、今回は私などがたまたま「相手」とされたに過ぎない。「主」が代わらない限り、本会の正常化は無理であり、発展も未来もないものと判断し、退会を決断した。〉

(2)藤岡・福地両理事による反論
 両理事は、「つくる会の混乱の原因と責任に関する見解」という本文6ページと付属資料からなる文書を用意し、概要次のように述べ会長・副会長の辞任理由に反論しました。

〈我々両名は、2月理事会の翌日28日から3月28日理事会までの1ヶ月間、種子島会長を支える会長補佐として会の再建に微力を尽くしてきた。3月28日の理事会では、副会長複数制が妥当であるとの我々の進言を無視し、会長はその任命権を行使するとして八木氏のみを副会長に任命した。それでも理事会の宥和を重視し、我々はその人事に同意し、二度と内紛を起こさないようにしようという精神で合意した。このまま何事もなく推移すれば、7月に無事に八木会長が誕生したはずである。
 
  ところが、この理事会直後から、会の宥和と団結の精神に反する不審な事態が 続発した。

1.3月29日付け産経新聞は理事会の内容を歪曲し、理事会で議論すらしていないことまで報道された。理事の誰かが誤情報を流して書かせたのである。

2.3月末から4月初めにかけて、西尾元会長の自宅に一連の脅迫的な内容の怪文書がファックスで次々と送られた。これについて西尾氏が自身のブログで発信する事態となった。

3.4月3日、渡辺記者は藤岡理事に面会を求め、藤岡理事に関する「平成13年 日共離党」という情報を八木氏に見せられて信用してしまったが、ガセネタであることがわかったと告白して謝罪した。6日には、謀略的怪文書を流しているのが「八木、宮崎、新田」であると言明した。

  福地理事は、事態は深刻であり速やかに事の真相を糺す必要があると判断、4月7日に種子島会長に八木副会長から事情聴取する必要があると進言したが拒否された。4月12日、西尾宅に送られた「西尾・藤岡往復私信」は八木氏の手にわたったもの以外ではあり得ないことが判明した。同日、藤岡・福地の両理事は会長に対し、八木氏が3月理事会の精神に反する一連の謀略工作の中心にいる可能性が極めて高く、その証拠もあることを説明し八木氏の聴聞会の開催を改めて求めた。会長は、1.八木氏に確かめ、事実を認めれば解任し、自分も任命責任をとって会長を辞す、2.否認すれば八木聴聞会を開く、と表明した。翌日13日、種子島、八木、藤岡、福地、鈴木の5人の会合の場がもたれ、冒頭で会長は両名の辞任を表明した。従って、前日の1.のケースであったことになる。
 
  こうして会を正常化しようとする我々の真摯な努力は水泡に帰した。
 
  この間、種子島会長は、「過去は問題にしない」と言い続けてきたが、一連の謀略による内紛の再燃は、宥和を確認した3月理事会の後に起こったことであり、現在の問題である、また、辞任の理由として、我々両理事が内紛を仕掛けたかのように語っているが、それは明らかな事実誤認に基づく責任転嫁である。〉

(3)討論の流れ

  田久保理事から、「藤岡理事は八木氏宅へのファックスにたった一言書き込んだ言葉について八木氏の自宅に赴き、夫人に謝罪した。藤岡氏の党籍問題に関するデマ情報の流布は極めて重大な問題であり、八木氏はそれを他の理事などに公安調査庁の確かな情報であるとして吹聴したことについて藤岡氏に謝罪すべきである」との発言がありました。事実関係についても、参加者から具体的な補足情報の提供がありました。

  内田理事は、藤岡理事の言動が会の最大の障害であるとして、藤岡理事を解任すれば種子島会長は辞任を思い留まるのかと質問しました。それに対し、種子島会長は、それが筋だが健康に自信がない旨述べて会長を続けるつもりはないと発言しました。

  藤岡理事は、八木氏が世間一般の基準よりもより高い倫理的規範を求められる当会の最高幹部でありながら、このような反社会的行為を繰り返したことは決して許されないことであり、会則20条の除名処分に該当するとしつつ、終戦後「天皇を守ろうとした人びとは、気づく、気づかないは別として、独善、猜疑心、悪意、流血が連鎖、循環する悲劇を繰り返すまいとしたのである」という鳥居民氏の言葉を引用して、八木氏らが「理事会と会員に対し、事実を認め、心から謝罪するなら、すべてを水に流して、大義のために、会と会員と国民のために、手を結びたい」と提案しましたが、応答はありませんでした。

  議論は2時間半以上にわたって続きましたが、結局八木氏は謝罪せず、種子島・八木両氏は辞意を撤回するに至らず、辞任が確定しました。この両氏の辞任に続いて、新田・内田・勝岡・松浦の4理事も辞意を表明(松浦氏は欠席のため文書を提出)、会議場から退出しました。

http://www.tsukurukai.com/01_top_news/file_news/news_060502.html
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以下では、「種子島会長・八木副会長辞任」の件について、ずばり「内紛」と称されているではありませんか。


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平成18(2006)年6月12日(月)


第91回理事会(6/10)報告
第9回定期総会(7/2開催)に向けて協議進む! 
会長、副会長人事は次回理事会で選出へ
新理事に杉原誠四郎氏(武蔵野大学教授)を選出



  第91回理事会は、6月10日(土)午後5時30分から開催され、第9回定期総会に提出する内容等について協議を行いました。会議では、会長・副会長人事、今回の理事会内における「内紛」に関する見解、平成17年度決算報告、評議員の選出、事務局のあり方等について活発に協議が行われました。その結果、会長・副会長人事については、次回理事会(6月20日開催)で選出し、総会で承認を求めることとしました。なお、決算報告については会計監査を実施した上で総会に報告します。

  さらに、理事会では、新理事として、杉原誠四郎氏(武蔵野大学教授)が選出されました。また、理事会に先立って辞表が提出されていた工藤美代子理事、田久保忠衛理事の辞任についても承認されました。両理事の辞任は、体調等を理由とするものであり、辞表には「今後は後方よりの支援部隊として頑張る」(工藤理事)、「会の現状は今後も多難と思われますが、これを乗り切ってこそ会の足腰は強まり、大きな志を遂げ得るものと確信しております。私は一会員として引き続き微力を尽くすつもりです」(田久保理事)との言葉が添えてありました。

http://www.tsukurukai.com/01_top_news/file_news/news_060612_1.html
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>しかも、四月以前のことに対し、「分裂も内紛もない」という信じられぬ見解を示していたのは、他ならぬ小林前会長であったのではないでしょうか。この点は如何でしょうか。


まず、ソース(全文)を示してください。
というのも、今回の藤岡氏のように扶桑社非難のために<歴史>を捏造したのか、それとも、「つくる会」の結束ならびに将来の「再生機構」との融和・統合を意図してあえた発した言葉だったのかでは、その評価は大いに違ってきますから。

最後に、キルドンムさん、昨年4月以降「分裂も内紛もない」については、貴方自身はどういう認識でいるのでしょうか? 


>あと、「扶桑社が『つくる会』に執筆を依頼する可能性」と仰っていることについてですが、この場合執筆するかしないかの主体は出版社(扶桑社)側にあり、執筆グループ(つくる会・再生機構の別組織等)は、その指示に従う、下訳のごとき存在というようにも読まれます。他の教科書の場合は知りませんが、これまでの扶桑社とつくる会との関係は果たしてそのようなものであったのか。少し小生の理解していたのと違うのですが、この辺のところはどうなのでしょうか。煩をいとわず、ご説明の程いただければ幸甚です。

なんか、悲しくなってきますね。『史』2000年1月号には、なんと書いてありますか? 
「『つくる会』はあくまでも教科書作製の発意者に過ぎ」ない、「教科書を実際に執筆・監修して、その奥付に名前が記載される先生方のみを編著者と限定してい」るので、「つくる会」は「編著者に該当しない」、と書かれていますよ。
「編著者」に該当しないものが、出版に関して「下訳のごとき存在」でないというのでしたら、何なんでしょうか?
そもそも、なぜ、「つくる会」がこういうことを書かなければならなかったのか、その理由はよくご存知でしょう。
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Subject:米国債権を売り払え From:荒間 宗太郎 Date:2007/06/28 08:21
No:5852
嫌日朝鮮人らの煽動に乗り、歴史事実を無視した、我が国の尊厳と名誉を傷つける理不尽極まる決議案可決の米下院に対して抗議するとともに、これを看過した米国に喝を入れるために900兆円の米国債の売却と在留米国軍への予算支出を廃止せよ!!!。



とか何とか過激に言ってみる。
嘘に基づく慰安婦決議で我が国を非難するのなら、これで心おきなく米国債権(900兆円とも噂されている)を売り払うことが出来る。
国債発行残高とほぼ同じだから、これでチャラだね(笑)
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Subject:うぇっぶ論考() From:荒間 宗太郎 Date:2007/06/28 14:10
No:5853
/////
西尾幹二のインターネット日録(平成18年3月7日)
「つくる会」顛末記
――お別れに際して――
 私は「新しい歴史教科書をつくる会」にどんな称号であれ戻る意志は
ありません。
 私は理事会にも、評議会にももはや出席する立場ではなく、会費を払
っているので総会の一般席に坐る資格はあるでしょうが、これも今後遠
慮しようと考えています。すなわち、いかなる意味でも私は「つくる会」
に今後関係を持たないこと、影響力を行使しないことを宣言します。
 旧版『新しい歴史教科書』にのみ私は責任もあり、愛着もあります。
旧版がすでに絶版となり、新版のみが会を代表する教科書となりました
ので、私の役割はその意味でも終っています...
/////

「いかなる意味でも私は「つくる会」に今後関係を持たないこと、影響力を行使しないことを宣言します。」とか言っていたはずなんだがなう、現会長と連名で、何で発表したんかなぅ。ヽ(。_゜)ノヘッ?
[い か な る 意 味] [今 後 関 係 を 持 た な い] [影 響 力 を 行 使 し な い] [宣 言]...
空しい言葉の羅列だったのかなぅ...
//////////////////////////////////////////////

Subject:>北の狼様へ@ (No.5851) From:キルドンム Date:2007/06/28 14:25
No:5854
 北の狼様、懇切なご回答をいただき、有難うございました。以下貴文の順に沿って、ご説明申し上げることとします。
まず、「そもそも、副会長の地位にあるからには、いつでも会長を引き受けるという気概があって当然ではないでしょうか。その程度の心の準備なくして「つくる会」会長というのは勤まるものなのでしょうか?」とご指摘になられている点については、全面的に賛同いたします。もっと早く藤岡氏に「気概」「心の準備」があったならば、この無為に終わった一年間は避けられたかも知れません(以前、副会長として会長の職務を代行していたこともありましたし)。ただ、現に副会長は長い間複数制をとっており、また会則にも「会長、副会長は理事会において決する」とのみあって、必ずしも副会長が次の会長に就任しなければならないということでもないわけですから、「副会長の地位にあるからには」との仰り方にだけはやや釈然としません。「事実上、運動の中心的存在であるからには」ということならわかりますが。
 「なりたくてなったというより」の直後の文についてなのですが、実を言えば、ここのところは表現するのに相当迷った箇所でした。確かにご明察の通り一旦は【適任者】という意味合いの言葉を書いていたのですが、他の方々に失礼な言い方と受け取られかねず、あまり適当な表現ではないと考えて、【方法】に変えたのです。しかしながら、後者のうちには前者のニュアンスも含まれているつもりだったのですが、良くなかったでしょうか?
 氏の会長就任に対する記述はつくる会5月31日ニュースに基づいております。もっとも少なくとも記憶している限り自薦で会長になつた例はない―裏の事情は知りません―それでも、理事会で「他者に推されて」会長になったというのは間違っていませんよね?
 それから、藤岡氏は「つくる会の創設者(の一人)」ではなかったのですか?もう一度当時の経緯を思い返してみましょう。そもそもつくる会は藤岡氏が西尾先生に働きかけたことがきっかけで発足したのではなかつたのでしょうか?極端な話、西尾先生でなく教科書問題を憂えていた他のどなたかでも良かった筈です。そのため、敵対者側から、「藤岡信勝の〈つくる会〉」だの、「藤岡がつくり、西尾を頭に据えた」だの、挙句の果てには自由主義史観研究会と混同されるだの、色々とひどいことが言われていましたが、それらはみなこのことに起因するのです。もしこの時に、氏自身が最初からトップになろうとすればできた筈(同時に自由主義史観研究会の会長であるとかどうとかといったことはまったく関係ない)。ただしその結果、会がどのようなことになったかは保証の限りではありません(笑)。そのことを見極めて、会長の座を他の方々に譲りつづけたのが氏の「真骨頂」でしょうね(笑)。
 ともあれ、このたび「目出度く」(?)会長にご就任あそばされたからには、藤岡氏もこれまで以上の、なみなみならぬ決意を以て臨まれていることでしょう。個人的な好悪の情を抜きにして考えれば、氏が実践面において能力と手腕とを兼ね備えていることは否定できません。ひとます新会長、そしてつくる会がどう行動するか見届けた上で、大小を問わず批判すべきことができればその時になってからでも遅くはない、というのが今の小生の考えです。

 次に、「四月以後には、確かに分裂は起こっていない」と申し上げた件について。これに対し、狼様は「西尾ブログ、東京支部掲示板、『つくる会』 Fax 通信、メーリングリストは4月以降も平穏だったのでしょうか?なぜ、昨年の4月以降、二人の会長が辞任または解任の止む無きにいたったのでしょうか?以下は内紛や分裂でなかったら、何だったというのでしょうか?」とお応えになられておられますが、ここのところについても、如何なる誤解からか、話が噛み合っていないように思えます。その後でお引きになられている資料はいずれも四月までのことについてのもの。こちらの申し上げているのは、その後のことについてなのです。
 種子島会長や八木副会長が4月30日に辞任して別組織(目的は少し異なっているかも知れませんが)を造ったのは「分裂」と称することも可能でしょう―もっとも「分裂」といっても二つのケースがあり、譬えは悪いですが宏池会が三つに分かれそれぞれ同じ名称を用いているような場合。もう一つが木曜クラブと経世会とに典型的に見られるように、別名の組織を立ち上げ、従来の構成員がそちらの方へ雪崩れ込む場合。これは「分裂」というよりもっとふさわしい言い方がある筈。つくる会のケースは後者に比較的近いようですが、しかしその後も厳然として存在するので、それとも異なる―ただしそれ以後、今日に至るまで同様の事態はなかった筈です(「内紛」の存在までは否定していませんが、それで出て行った人がもしいたとして、それが他団体に参加したとしてもあくまで個人の問題。「分裂」とはいえない)。
 その、ご指摘になられた四月以降、解任された会長のことについては、次の資料がすでにお手元にあると思いますが…。

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(3)扶桑社からの2月26日付回答文書のうち、組織に関わる問題については、つくる会の認識と異なるところがあります。回答文書には<一昨年9月以降、「新しい歴史教科書をつくる会」が会長人事などで組織内に混乱が生じ、昨年、有力メンバーの一部が、つくる会と袂を分かって「日本教育再生機構」を設立する事態となり、「新しい歴史教科書をつくる会」が事実上分裂する状況となりました>とあります。しかし、経過全体を総括していえば、理事を務めていた一部のメンバーが理事を辞任し、その後別途に「日本教育再生機構」なる組織を設立したという事実があるにすぎません。つくる会は従来どおり地方支部も正常に活動し、本部でもほぼ月例ペースで理事会を開催しており、会報『史』も定期的に発行していて、何ら分裂の事実はありません。また、つくる会は新しく設立された教育再生機構に対して対立したり、その活動を妨害したりしたことは全くありません。それどころか、つくる会の理事のうちには教育再生機構の役員に就任したり講師として協力したりするなど、同機構への協力関係を発展させてきました。そもそもつくる会と教育再生機構は、カバーする問題の領域も活動の形式も基本的に異なっており、教育運動の観点からは、つくる会とは別種の教育運動団体として、つくる会とともに協力的に発展すべきものです。以上を要約していえば、つくる会そのものが分裂した事実はいっさいなく、『新しい歴史教科書』『新しい公民教科書』の教科書とつくる会と発行元の扶桑社との関係は従来どおりであり、いまここで特に変更しなければならない理由はありません。(5月10日つくる会見解)
http://www.tsukurukai.com/01_top_news/file_news/news_070511.htm
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 そしてこれが所謂「小林路線」であることは、これに危機感を抱いた三支部が5月18日に出した罷免要望書からも明らかでしょう。勿論、小生は平素は彼等の言動に対し色々と批判がありましたし、この要望書にもなにやら妄想めいたことを書き散らした箇所もありますが―それはともかく、客観的にみても「分裂」(当然、「内紛」も)の事実自体を否定しているのは奇妙でしょう。もし、本当に「融和・統合を意図し」たのなら(この期に及んでなおもそうする必要があるとはまったく認めませんが)、決してこんなことを言うべきではない。狼様も「昨年4月以降も、否、4月以降こそ、当時の紛争がいかに”熱い”ものであったか」と仰っていますが、その前提として四月以前に「内紛」「分裂」が存在したことは当然認めておられるでしょう。
 「『史』2000年1月号には、なんと書いてありますか?」とお尋ねになられても、会員になったことがなく、手元に当該誌がないので答えようがありません(小生が十年前から入会の意志はありながらも、とうとう今に至るまで入り損ねた―もうその気も失せている―ことについては前に書いたことがあります)。もう少し詳しく、その文章を引用していただけないでしょうか(作者も誰だか教えて下さい)。それに、引用になられた語句だけから見る限り、小生の理解していたことと同じ意味のようです。つまり執筆の主体(著作権と言い換えても良いでしょうね)は出版社側にあるのか、それとも執筆者側にあるのかということです。誰も法人としてのつくる会に著作権があるなどと申しておりませんよ。ただつくる会が全体の方針を定め、執筆者を選定するという形でかかわつているのでしたから、「執筆グループ(つくる会・再生機構の別組織等)」と申し上げたのです。誤解を招かぬように最後に「の」の字を付けるべきだったかも知れません。謹んでお詫びいたします。
 扶桑社に著作権のないことは次の他ならぬ、該社自身の出した文書からも窺えます。

>元来、扶桑社の教科書は、前述しました自虐史観の叙述が多い従来教科書に疑念を呈する有識者の任意団体である貴「「新しい歴史教科書をつくる会」と産経新聞社の意向が一致し、発行が企画されたものであります。その後、発行計画を具体化するにあたって、産経新聞社が発行主体になることは法的に適わないことが判明し、フジサンケイグループの出版社である扶桑社が発行主体となったものであります。
従って、確かに扶桑社が発行・発売を自己の責任において行うことに疑いはありませんが、この経緯からして扶桑社教科書は、「新しい歴史教科書をつくる会」がこれを推薦するという構図で発行されたものであります。(5月11日つくる会webニュース「附属文書A」扶桑社より)

 この問題についてはもう少し確認しなければならないことがありますが、もう十分長くなってしまいましたので、ここで一旦筆を擱いて、つづきはまた後で書くことといたします。
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Subject:加害者(犯人弁護士判事)処罰法を制定せよ From:荒間 宗太郎 Date:2007/06/30 10:00
No:5863
野球中継のあまりのくだらなさにチャンネル変えてなにげにテレビを見ていたら、「少年法を廃止せよ」というお笑いの人の主張討論番組があった。
加害少年にあまりにも保護に徹した現行法の穴をうまく説明できていなかったようだが、それでも15:10で勝っていたし、視聴者意見では9割の人が現行法改正に賛成のようだった。
民主党の影の内閣で法曹担当の人のあまりのバカさ加減に、民主党には絶対政権を与えてはならないと改めて思った。
加害少年の更生が目的だと言っているのなら、再犯時には元の量刑を再度加算しなければおかしいべさ、なぜなら更正していないからこそ再犯したのだから。
そこの理詰めが全くなされていなくて国会議員をやっているのには呆れる。
二度と同じ過ちは犯さないと判断されたときのみ務所(少年なら鑑別所)から解放すべきであって、刑期中途で出所させて再犯した場合は重加算し、中途出所を認めた判事弁護士はその刑期と同様の罰を受けるべきだと思う。
さらに、弁護士の責務は弁護する者にまっとうな裁判を受ける環境を作ることであって、量刑を軽くすることではない。母子を陵辱して殺害したれいのバカ野郎に対する人権屋弁護士どもは量刑を軽くしあわよくば無罪にしようと画策している現状から見て、弁護士法も改正すべきだ。
まっとうなつまり公平な裁判を受けさせるために弁護士は存在するのであって量刑を出来るだけ軽くするのは責務ではない。そこを取り違えているものたちには弁護士資格を与えるべきではない。
また、弁護した者が再犯した場合は公平な量刑ではなかったのだから、判事共々その本来与えるべき量刑と同様な罰を彼らにも与えることが出来る法律を作るべきと思う。


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【返信する】Commented by izamariko0157 さん

大賛成!!判事も弁護士も判決にかかわった人間は全て責任を負うべし。
殺人被告人も判決・出所までに掛かった費用、被害者家族・貸し住宅の家主
などに損害弁償をさせる法律を作るべき。
死刑廃止論者よ、被害者関係者の心情を無視する刑を軽くしたがる
弁護士達は加害者の人生最後まで責任を持ちなさい。
命がけでやりなさいよ!今は政治家も皆、そんな気概を持たない輩が多い!
2007/06/30 09:43

【返信する】Commented by aramar88 さん

ドモドモ m(__)m

そうですな、量刑については現行の「15年以下・無期(仮釈放あり)もしくは死刑」ではなく「7年以上無制限(仮釈放無し)もしくは死刑」とするべきです。
刑期を中途で取りやめるという現行法の欠点は「反省し更正した」という観点からだからです、被害者からの判断が無く、釈放後お礼参りされて同一犯罪者に殺されるという事件が起こることです。
そこには反省も更正もなかったのだから、判事も弁護士も刑務官もそれに対しては生命(イノチ)を持って償うべき。
強姦犯が訴えた女が悪いと逆恨みして仮釈放後すぐに被害者を殺害した事件のことをワシは忘れることが出来ません。
その犯人はまだ生きながらえている、何という理不尽な世の中でしょう。
人権屋が多い政党が政府の粗探しして国会を混乱させている現状に怒りさえ覚えます。

正義とは公平な立場を確保することこそが大切です。その公平な立場を保護するのが弁護士の役目なはず。
なのに、今の弁護士(大馬鹿野郎の判事を含む)は、ほぼ便利屋と人権屋に成り下がっているのが我が国の公平さの根幹を揺るがしているものとワシは思っています。
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