「うー…いてててて…」
腰のあたりの痛みに目を覚ます。
あれ…俺、気絶してた?

辺りを見回してみる。
土の壁に囲まれた、直径5メートルほどの
丸い小部屋(?)に俺はいた。
上の方から明かりが差し込んでいる。
見上げれば、真っ青な空。

…どこだ、ここは?
痛む腰をさすりながら
俺はふらつく頭で何が起こったのか思い返した。

今日は烏賊島の合宿2日目。
食料探しでペアを組んだ祈先生は
担当になった山が苦手なので浜辺においてきて
俺は一人で山の中に入っていって
食材を探して柵を越え道からはずれ、藪の中に入ったところで…

落ちたんだ。この、穴に。

今一度、穴の底から見上げてみる。
高さは…6、7メートルはある。
壁は切り立っていて、とても登れそうにない。
穴の入り口から、半ば朽ち果てた梯子が
2メートルぐらい降りたところでポッキリ折れていた。
どうもかなり以前に人為的に掘られた穴のようだ。
戦争中に作られた防空壕とか、だろうか。
いや、そんなことはどうでもいい!
上に向かって、俺は声を張り上げた。
「おーーーいっ!誰かーーっ!!」


「んー、食材はこんなもんかな。
 後は対馬くんだけね」
「それにしても…対馬くん、遅いね」
浜辺では、すでに食材を集め終わった生徒会メンバーが集まり
そろそろ調理を始めようか、というところだった。
「祈先生、ちゃんとペアで行動してもらわないと
 こういうときに困ります」
乙女の小言に、祈が少しうなだれる。
「…申し訳ありません」
「あら、やけに素直ですね、祈先生」
いつもなら、こういうときは聞き流したり話をすり替えてしまう祈だったが
今回は力無くうなだれるだけだった。
「どーせレオのことだから、何も見つけらんねーで
 『困ったなー、もう戻ろうかなー、でも姫に良いところ見せたいしー』
 とか言ってウロウロしてんじゃねーの?」
カニが冗談を飛ばすが、誰も笑わない。
スバルが立ち上がる。
「それにしても、遅すぎるぜ…
 確かレオは山の担当だったよな?
 姫、オレちょっと探してくるわ」
「待って、伊達くん。闇雲に探しても
 この島は結構広いわ。一人では探しきれないわよ」
「まったく、世話のかかるセンパイ…」
「うるせーぞココナッツ!
 お前は岩場でイソギンチャクに呪いでもかけてろ、な?」
カニのいつもの悪態に、エリカは何か閃いたようだ。
「…呪い…
 そうだわ、祈センセイ、得意の占いで
 対馬クンの居場所はわかりませんか?」
「呪い、という言葉で私を連想されたのが
 ちょっと引っかかりますけど…
 やってみましょう」


「おーーいっ!誰かいないかーーっ!」
叫んではみたものの、よく考えたら
山に入ったのって俺だけなんだよなぁ。
時計を見る。とっくに、集合時間は過ぎていた。
時間が過ぎれば、心配して探しに来てくれるかもしれないが…
果たして、この場所がわかるだろうか?
とりあえず、自力で脱出する方法がないか
使えるものがないか探してみるか。
辺りを見回してみると、土の壁の一ヶ所が
妙にえぐれている。
手で探ってみると、ボロボロと壁は崩れ
その背後にポッカリと暗闇が広がっていた。
…なんだ?…横穴?
どうも長年の間に入り口が崩れて
横穴を隠してしまっていたらしい。
そりゃ、こんな縦穴だけじゃ防空壕にはならないよな。
横穴は、腰をかがめれば何とか入って行けそうだ。
縦穴は登れないが、この横穴が
どこか別の出口に繋がっているかもしれない。
誰かが助けに来たときの目印に
ネクタイをほどいて縦穴の底に置くと
俺は横穴の闇の中に進んでみた。


少し進んでみて気がついた。
明かりがなくちゃ奥の方は真っ暗なんだよな…
今はまだ、縦穴に差し込む日の光が
後ろから照らしてくれてるけど…
やっぱり引き返そうかと思ったとき、足先が何かに触れた。
見下ろすと…ビニール袋に入ったライターと…
たいまつ?のようなものが落ちていた。
…誰かが、いるのか?
明かりを灯しながら、俺は先に進むべきか悩んでいた。


「どなたか、ナイフを貸してくださいな」
祈がみなを見回すと、乙女がナイフを手に進み出る。
「ありますが…何に使われるんですか?」
「ここには道具がありませんから」
「?」
「あと…お鍋に水を張ってくださいな」
言われたとおりに鍋に水が張られると
祈は海を背にしてその前に立ち、厳かに告げる。
「では、始めますわよ」
左手を鍋の上にかざすと
右手に握ったナイフで、その白い掌を切り裂いた。
「ヒッ!?」「ちょ、何を!?」
驚き制止しようとする声も
すでに精神集中に入った祈の耳には届かない。
鍋の中の水に、パックリと開いた傷口から血が滴り落ち
目を閉じた祈がささやくように呪文を唱え始める。
『…分かたれたる血肉、今示せその主の在処…』
水面で、水と混じり合い薄れかけていたその血が
祈の呪文とともに、意志を持つかのように一カ所に固まり
つ、つ、と…水面を移動していく。
血は…鍋の縁にたどりつき、そこで止まった。
「…あちらの方角に、対馬さんはいらっしゃいますわ」
目を開いた祈が、血が指し示した山の一方を指さす。
「す…っげー!祈チャン、魔法使いみたいだぜー!」
「祈先生、傷の手当を」
皆が驚き、感心する中で
祈は複雑な思いでいた。
(…つい最近、対馬さんの精を受けていたので術は使えましたが…
 あの日、対馬さんを求めたのは、こうなることを
 無意識に予見していたからなのでしょうか…)
何か不可思議な運命に弄ばれている。
そんな考えが、祈の頭から消えなかった。


結局、俺は横穴を進み続けていた。
はじめは土のトンネルだったが
すぐに硬い岩をくりぬいたトンネルに変わり
それとともに天井が高くなって
腰をかがめなくても普通に歩けるようになっていた。
腰が痛かったから、かがまなくてすんで助かったけどね。
しかし、あの高さを落ちてたいしたことがなくて良かった。
…祈先生、海岸に残してきて正解だったかも。
もし、あの穴に祈先生が落ちていたら
もっとひどい怪我をしていたかもしれない。
あー、でもこの洞窟探検を
二人でしてみたかった気もするなぁ。
梯子がちゃんとしてたら、二人で降りてみて
『しっかりついてくるんだよ?』とか俺が言ったりして…
最近、あの人のことばっかり考えてるよな、俺。
初めての人だったからとか、素晴らしい肉体だったからとか
それだけじゃない気がする…

しかし、どこまで続いてるんだ、この横穴?
時計を見る。
横穴に入って、もう15分は歩いている。
一本道だから迷うことはないけど
果たしてこの先に出口があるんだろうか?
まあ何もなきゃ引き返せばいいんだけど
あまり進んでしまうと、助けが来て俺を呼んでも
声が聞こえないんじゃないだろうか。
っていうか…
みんな、俺のこと探してくれてるのかなぁ。
俺がいないの気がつかないで
飯食ってたりしないだろうか。
…いや、よもやそんな
フカヒレみたいな扱いはされまい…よな?


「祈先生…大丈夫ですか」
乙女が心配そうに祈を見る。
その手には先ほどの水を張った鍋が持たれたままだった。
「…大丈夫、ですわ」
そう言うものの、祈の顔色は悪い。
レオを探して山道に入ったプレッシャーと
道に迷う度に、先刻使った術を繰り返すために
血を流していたことが
祈を激しく消耗させていた。
「…伊達、鍋を持ってくれ」
「?うぃっす」
「祈先生、私におぶさってください」
「え…い、いいですわよ、そんな…」
「馬鹿な弟を探すために、血まで流していただいているのです。
 これぐらいは、させてください」
「…わかりました。お言葉に甘えさせていただきますわ」
しゃがみ込んだ乙女の背中に
祈が覆い被さったときだった。
「むっ!?」
「…鉄さんに呻かれるほど
 重いつもりはないんですが…」
「いえ、そうではなく…
 何者かが今、あちらの方角を
 すごい速度で移動していきました」
乙女が見据えた方角を皆が見つめる。
「何者か、って…ここ、何かデカイ動物とかいたっけ?」
「何かまではわからん。かなり大きな気配だったが…」
乙女の言葉に、少しの間、全員が不安に駆られ
黙り込んでその場にとどまっていた。
やがて、背負われた祈が口を開く。
「先を急ぎましょう。何か…妙な感じがします」

「…なんだ、ここ?」
洞窟を歩くこと30分ほど。
洞窟は幅10メートルほどの広い空間になっていた。
今俺が通ってきたような横穴が
あと二つほど口を開けている。
突き当たりに…神棚のような大きな飾りがある。
まるで門みたいだな。
観光地とかにある、洞窟神社みたいなもんだろうか…

うぉん…

「!?」
突然、その門のようになった装飾の後ろの岩肌が
不気味にうなりながら青く光りだす。
ひょっとしてなんかヤバイ!?
「対馬、ここで何をしておる」
「ひゃあああっ!?」
突然後ろから野太い声が!?
振り向いた俺の目に入ったのは…
「あ…あれ?…館長…?」
「ふむ。縦穴に落ちたのか。塞いでおったはずだが…」
「ど、どうしてここに!?いやそれよりアレはいったい!?」
「あれか。あれは…『穴』だ」
「あ…あな?」
館長は俺の肩を掴むと
「下がっておれ」
かばうように俺の前に立つ。
岩肌の光はだんだん大きくなり
今は直径で2メートルほどにもなっている。
「そろそろ、出てくる」
「出てくるって何が!?」
館長は答えず、ただ光る岩壁をにらみつけていた。


ドクン!
「はっ!?」
祈の胸に、何かいい知れない思いがよぎる。
「どうしました?」
背中で身をこわばらせたことに気づき
乙女が立ち止まり尋ねる。
「わ、わかりません…わかりませんが…
 何か、がすぐ近くで起きています。
 何か…超常のことが…」
「それは、レオの身にも関わることですか?」
「…おそらくは」
「…わかりました。
 祈先生、しっかり掴まってください。
 ここから先は…走ります!」
「え…って、きゃぁあっ!?」
祈が答えるよりも早く、乙女は駆け出していた。
「ちょ、乙女センパイ!一人でそんな…!」
「お前たちは後からこい!」
祈を背負ったまま、急な山道を飛鳥の勢いで乙女は駆ける。
そして、呆気にとられた他のメンバーの視界から
あっと言う間に消え去っていった。
「あ〜あ、行っちゃったよ乙女サン。
 どーすんよ、ボクら」
「どうって…追いかけるしかないんじゃないかな…」
「追いかけるって、もう姿が見えないぜ?
 引き返したほうがいいんじゃね?」
「いや…見ろフカヒレ」
スバルが指さした先には、二人分の体重でダッシュした乙女の足跡が
くっきりと残されていた。
「しょうがないわね。
 今更引き返すのもしゃくだし
 この足跡をたどって行きましょう」


「館長!出てくるって何なんです!?」
「何が出てくるかは、わからん」
俺の問いかけに、振り向かずに返した館長の答えは
俺の期待とは違っていた。
「わからんって…
 わからないけど、何かが出てくるってことはわかるんですか?」
「うむ。
 この穴はな、どこか別の場所の、いつか違う時間から
 何かを飲み込んで、ここに吐き出すのよ」
…別の場所の…違う時間…?
「それって、タイムトンネルとかいうやつですか?」
「そうかもしれん。儂にも理屈はわからん。
 遙かな昔から、なぜかここにはそんなものが開くのだ」
なるほど…昔の人は神社みたいにして
その不思議を祭っていたわけだ。
「いつ、どの時代の、どの場所から、何がやってくるのかはその時までわからん。
 良いものが出てくるときもあるが…
 悪いもののときもある」
「悪いもの…ですか」
だとすると
考えようによっちゃ迷惑な穴だな。
「そのときのために、穴が開くときにはこうして儂が来る。
 今のこの世に来てはならんものが来たときのために、な」
「…館長は、なんでここを知ったんですか?
 それに、どうして穴が開くのがわかるんです?」
「…わかるのだ。
 穴から来たものには、また穴が開いたことがな」
「…え?」
それって…館長がこの穴から…?
尋ねようとした矢先に、館長のひときわ大きな声が告げる。
「そら、出て来るぞ!」
壁の光は、今や眩しいほどに輝いている…


思わず、目を閉じた。
まぶたを突き抜けてくる強烈な光が薄れたところで
そっと目を開ける。
岩壁の光はもう消えていて
その前に…誰かが倒れていた。
「人、か…そこで待っておれ」
館長はノシノシと倒れている人物に近づいていく。
そして、抱きかかえて戻ってきた。
「子供だ。日本人のようだな。着ているものからすると
 そう離れた時代の子供ではないようだ」
「…生きてるんですか?」
「うむ。気を失ってはいるが呼吸は正常だな」
そう言うと、館長が少し腕をおろして
その子供を見せてくれる。女の子だった。
…あれ?
「館長…この子、もしかすると…」
「知っておるのか?」
ロケットの中の小さな写真を、一瞬かいま見ただけだったけれど
その面影はしっかり記憶に残っている。
大江山 憩。間違いない。
「祈先生の、小さい頃に山で行方不明になった
 妹さんじゃないかと思います」
「ほう…妙な縁もあったものだな」
「いや、祈先生喜びますよ!さっそく祈先生に…!」
「いや、待て対馬。この子はいきなり10年以上、時を越えてしまったのだ。
 いろいろ、戸惑うこともあるだろう。
 ここは、儂がしばらくこの子を預かる」
そうか…自分は変わってないのに、周りは10年以上時が流れてるんだもんな。
「では、儂はこの子を連れて戻る。
 対馬も、落ちた縦穴に戻れ。助けが来ているはずだ。
 それと…このことは一切他言無用。よいな」
そう言うと、館長は俺が来たのとは別の横穴に消えていった。


今来た洞窟を引き返す。
途中、いろいろなことを考えた。
館長は、あの穴からやってきた人なのだろうか。
この烏賊島を買い取ったのも
ときどき見回りをしているというのも
あの穴の秘密を守るため?
そして憩ちゃん。
子供だから、10年ぐらいの変化は
すぐに順応できるかもしれないけど
年が近かったはずの祈先生とかが
いきなり大人になっちゃってるわけで。
お父さんお母さんも
記憶の中よりも老けちゃってるだろうし。
大変…だよなぁ。
でも、祈先生にはなるべく早く知らせてあげたい。
憩ちゃんが生きているとわかれば
あの人の心の中にあいた穴は
少しは塞がるんじゃないだろうか。
ああ、でも館長は穴のことは隠しておきたいみたいだし…
どうするつもりなんだろうか?
考えながら歩いているうちに、縦穴から差し込む明かりが見えてくる。
それとともに、かすかな声が耳に届く。
『レオーッ!』『対馬さーんっ!』
乙女さんと…祈先生!?
山は苦手で、入りたがらなかったはずなのに
俺を探しに…?
助かった、ということよりも
祈先生が山の中に探しに来てくれたことが嬉しくて
思わず縦穴のそこまで走り、叫ぶ。
「おぉーいっ!!ここだよーっ!!」
先のことはわからないけれど、きっと悪いようにはならないと
助けを呼ぶ声をあげ続けながら考えていた。


エピローグ?

平蔵もレオも、気づいていなかった。
いや、あまりに小さくて見落としていた
と言った方がいいだろう。
抱き上げた少女の体の下に
小さな、玉が落ちていたことを。
穴は、同時に二つの物を飲み込み、吐き出していたのだ。
少女と、この玉と。
平蔵も、同時に二つの物が穴から出てきたという経験がなかったため
少女の姿を認めた時点で、今回はこれで終わりと
そう思いこんでしまったのかもしれない。
よしんば、気づいたところで
ただ懐にしまい込むだけだったのかもしれないが。

平蔵が立ち去り、レオが姿を消してしばらくの後
誰もいなくなった洞窟は
今は全くの闇に閉ざされたはずなのだが
もしそこに誰かがいるのなら
玉ははっきりと見えるだろう。赤く。赤く。
わずかに、光を発しているのだ。
血のように、赤い光を。
その光は、かすかに強くなったり弱くなったりしている。
あたかも、生きているかのようだった。
やがて玉はひとりでに、ふわりと宙に浮いた。
宙に浮かぶその玉は、何かを探すように
しばらくの間、ふわり、ふわりと漂っていた。
それは、玉自身に何らかの意志があるかのような
そんな動きだった。
やがて平蔵ともレオとも違う穴から
宙を飛んで洞窟を出ていった。

外の、世界へと。


(作者・Seena ◆Rion/soCys氏[2005/12/28])


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