異変は、その夜起こった。


「はあああぁぁっ!」

ズガーンッ!!

「グギャーッ!?」

光に包まれたジガの拳がクロウの胸元に叩き込まれる。
断末魔の悲鳴を上げながら、人気のない砂浜を吹っ飛ぶクロウ。
海上に達したところで轟音をあげて爆散し、消し飛ぶ。

「ともねえ、残り一体!」

石つぶてでジガを援護していた空也が叫んだ。
こくり、とうなずき、最後のクロウを見据えるジガ。
その視線に、残されたクロウがたじろぎ、じりじりと後ずさっていく。

「逃げる!?ともねえ、早く……!」

ジガが間合いを詰めようとしたその時だった。
クロウが両腕を広げ天を仰ぐ。
あたかも祈りを捧げるように。

「なんだ?……命乞いか?」

一瞬、ジガは攻撃をためらい足を止めた。
それは、後から考えれば幸いだったと言えよう。


ズゥン!

「うぁっ!?」

まるで見えない巨大な手にはたかれたように、ジガが後方に吹き飛ぶ。

「ともねえっ!?」

ガシッ!

空也が我を忘れてジガの後ろに回り、支える。
が、吹き飛んできた勢いを止めることができず
そのまま砂埃をあげて一緒に吹き飛ばされてしまう。
僕となった空也は常人を越える力を発揮するのだが
吹き飛ばされたジガの勢いをなかなか止めることができない。
岸壁に叩きつけられる寸前で、なんとか踏みとどまっていた。

「あ、ありがとう…空也……」

強烈なダメージを受けたため、ジガの纏身は解けてしまい
空也が抱きかかえるのは元の姿に戻った巴だった。

「ともねえ、怪我は!?」

「うん…なんとか、平気」

「よかった……しかし、なんだ、今のは?」

二人は自分たちを吹き飛ばした元凶を改めて見つめる。
そこには、異様な光景が広がっていた。


輝く月と瞬く星々の他は、何も映さない漆黒の夜空。
その暗い夜空を切り裂くように、天空から紅の光が降り注いでいた。

どこから発せられているのか、目を凝らす。
中空に浮かぶ、小さな赤い光点。
その点から光の帯は降り注いでいた。

巴にはわかった。
今しがた自分を吹き飛ばしたのは、この光であることが。
それは圧倒的なパワーと、身震いするほどの悪意を秘め
近くに降り注いだだけでジガに纏身した巴を吹き飛ばしたのだ。

赤い光が照らし出すものは、先ほどのクロウ。
いや……先ほどとは違う。
むく、むく、と
ブルブルと震えながらうずくまるクロウの体が
光に照らされて膨れ上がっていく。

「な…なんだありゃあ!?」

「ギ…ギ……ギ……ッ!」

紅光を浴びるクロウの体は、うずくまったままでありながら
今や小山のような巨体になっていた。

やがて、光は忽然と消えた。
何事もなかったかのように、中空にはただ赤い点が浮かぶ。

だが……その光に照らされていたクロウは
巨体のままだった。


何倍、いや、何十倍になったのだろうか。
その巨体が、呆気にとられた巴と空也の前で
ゆっくりと……ゆっくりと、立ち上がる。
その動きだけで、風が起き砂が舞い上がる。
はじめ、二人にはその大きさがはっきりとはわからなかった。
クロウまでの距離と、見上げる角度がその巨大さを告げたとき

二人はただ、絶望だけを感じていた。

その鳥とも人ともつかない足だけで
トラック1台ほどの大きさがあった。
身の丈はおそらく4、50メートルはあるだろう。

「バカな……こんな…バカなっ……!」

かすれた声で空也が叫ぶ。
クロウがゆっくりと、足下の二人を見下ろす。
その顔が不気味にゆがむ。

笑っていた。

もはや取るに足らない存在となった二人をあざ笑いながら
クロウが、片足をゆっくりあげる。
踏みつぶされる……
逃げられない……!

「空也っ!」「ともねえっ!」


恐怖に身をすくませながら、互いを守ろうとでもいうように抱き合う二人。
巨大な足に月光が遮られ
二人がその陰にすっぽりと覆われたとき

ひゅん

夜の闇を切り裂くように、砂浜を白い影が疾走る。
白い影は、今まさに二人を踏みつぶそうとする足の下を
風のように駆け抜けた。
巴と空也、二人を抱きかかえて。

「何やってるの!?」

「…イドッ!?」

ズシン!と重い地響きを立てて踏み込まれた
巨大なクロウの足を後目に
イドが抱きかかえた二人を離れた場所に下ろす。

「た、助かった…」「あ、ありがとう…」

イドは礼を言う二人には目もくれない。
くるり、と素早く身を翻すと、苦々しげに言葉を吐き出す。

「戦いの最中に腑抜けるなんて、らしくないわね……とはいえ…」

巨大化したクロウを見上げる。

「…なんなのよ、あれ。あんなサイズじゃ全然OKじゃないわよ」


「わ、私たちにも何が何だか……」

「こう、空から急に赤い光が降り注いで……」

「…赤い光?」

「うん。クロウがその光を浴びたら、あんな風に……」

「っと、お喋りは後!」

二人を踏み潰し損なったことに気づき
クロウが周囲を見回し始める。
だが、物陰に潜んだ3人に気づくことはなかった。

やがて、諦めたのか再び天を仰ぎ出す。
と、その全身に
先ほど浴びていたような赤い光を纏いはじめた。

「…な、なんだ?」

クロウを包む赤い光は次第に強くなり
その輪郭をおぼろにしていく。
もう、元の形がわからないほどに光を増してから

ひゅう、ん

「き……消えたっ!?」

3人の目の前から、闇に溶けるように
クロウは消え失せてしまった。
後に残された巨大な足跡を、風が吹き抜けていった。


「ど…どうなってるの、あれ?なんなのよ、いったい!?」

理解を超えた異変に苛立ちながら、クロウの居た場所まで跳躍するイド。
空也もあわててその後を追う。

が、巴は動かない。

「……ともねえ?」

空也が振り向く。
巴は、見ていた。
中空に浮かぶ、赤く光る点を。

それは、小さな玉のようだった。

「……透子さん、あの玉を!」

巴が赤い玉を指し示し
イドが見上げるのと同時に
赤い玉はスーッと高度を上げ
暗い夜空に吸い込まれると
やがてその瞬きすら見えなくなった

「な……なに、あれ?」

「あう……わからない、けど……」

巴の顔が、不安に曇る。

「何か……悪いことが起きそうな気がする」


赤い玉は、かすかに明滅しながら
中空を音もなく滑るように飛んでいく。

さしあたり、目的は果たした。
だが、ここではない。
ここが、居るべき場所ではない。
相応しい場所へ。
己がやってきた場所へ。

新たな力が、また送られてくる場所へ。

備えなければならない。
力を蓄えなければならない。
その時は、近い。
赤い玉は、速度を上げた。

そして、誰知ることもない夜の闇の中
赤い玉の後を、無数の黒い陰が続く。
バサバサと、不吉な羽音を立てながら。

クロウ。
どこにいたのかというほど、その数は多い。
それらが皆、赤い玉に付き従うように飛んでいく。

山を越え、海を渡って目指すその先は……


烏賊島、だった。


同じ頃

「どうしました、土永さん?」

「んー……いや、なんでもないぞー?」

「嘘が下手ですわね」

「むう、見抜いたか。恐ろしい女よ……
 祈ー、明日は学校、休んだ方がいいぞー。
 ズル休みでも何でもいいから、松笠には行くなー」

「そうはいきませんわー。そろそろテストも近いですし……」

「……なんだ、また小僧と逢い引きかぁ、ああん?」

「違います。ホントは行きたくないんですけど
 館長から何か直々にお話があるとかで……」

「ほ〜う、祈は日頃の行いが悪いからなぁ〜。
 まあ、平蔵のそばにいるなら、問題ないな」

「?なんで館長がそばにいればいいんですの?」

「気にするな。我が輩も、明日は乙女についてないとならん。
 我が輩がいないときに何があっても、狼狽えるなよー。
 ……気をつけてな、祈」

「?なんですの、改まって?」

「なんでもない……なんでもなければ、それでいいんだ……」


(作者・Seena ◆Rion/soCys氏[2006/02/16])


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