「おはようございます、祈先生。
 もう少し時間に余裕を持たれた方が……」

「お話はごもっともですが、今日は館長に呼ばれてますので
 これで失礼いたしますわ〜」

「あ、ちょっと……やれやれ。
 土永さんは、ついていかなくていいのか?」

「まあなー。館長の呼び出しじゃ、我が輩がいても
 助けにはならんだろう。それより、乙女のそばにいたほうがいいわ。
 乙女、地獄蝶々の手入れはちゃんとしてるか、ああん?」

「?無論だ。なぜ急にそんなことを?」

「いや、別になんでもないがな。
 いいか、必要だと思ったら、館長の抜刀許可を待たずに
 さっさと抜いちまえよー」

「……なんだ。何か起こるとでもいうのか?」

「…わからん。まだわからんがなー。
 我が輩の野生のカンが、何かありそうだと
 そう言ってるんでな。気をつけるに、こしたことはないだろう」

「そうか……忠告、感謝する」

「感謝してるなら、肩にでもとまらせてくれー」

「調子に乗るな……と、言いたいところだが……
 まあ、好きにするさ」


「うっ!?」

(…クロウ!?こんな朝から!?……近い!)

「どうしました、月白先生?」

「ああ、いえ……ちょっと目眩が……」

「そりゃいけません!すぐ保健室へ!」

「ああ、大丈夫、一人で行けます…
 でも、HRは…代わっていただけます、鉢巻先生?」

「ええ、それはかまいませんが……
 本当に大丈夫ですか?」

「ええ、たぶんしばらくすれば……治まりますわ」

(まったく、松笠に出るなんて…全然OKじゃないわ。
 おまけに……この間みたいに巨大化されたらマズイわね。
 ともちゃんに連絡したほうがいいかしら?)

「…それじゃ、後はお願いしますね」

(まずはどこか人気のないところへ……
 校舎の中じゃ…屋上かしら。っと、その前に)

ピポポポパポ

プッ

『…も、もしもし…ひ、柊ですが?』


「いよいよ、ですね」

「お前が緊張してどうする、対馬。
 見ろ、憩ちゃんを。落ち着いたものではないか」

竜鳴館・館長室。
今日は時空を越えてきた祈先生の妹、憩ちゃんを
祈先生に引き合わせることになっていた。

預かっていた館長によれば
憩ちゃんは時間の経過に驚くほど順応し
時空を越えてきてしまったということも
子供なりに理解したらしい。

ちなみに、俺は志願してここにいる。
一応は事情を知っている関係者なので館長も認めてくれた。
なにしろ祈先生からすれば
ずっと昔に生き別れて、行方不明になっていた妹が
当時の姿のまま目の前に現れるのだから
たぶん、すごく混乱するだろう。
なるべく、力になりたいとそう思っての志願だった。

ソファに腰掛けた憩ちゃんが
いかにもワクワクした顔で館長を見上げる。

「お姉ちゃんはいつ来るんですか?」

「うむ、朝一番に来るように言っておいたのだが……」

館長が言い終わる前に、ドアがノックされる。

『館長、大江山祈、参りました』


館長が憩ちゃんを大きな館長の机の後ろに呼ぶ。

(ここに隠れていなさい。お姉ちゃんを驚かしてやろう)

(うん!)

館長と憩ちゃんは、まるでかくれんぼの打ち合わせでもするように
ニコニコと楽しそうだ。

「うむ、入れ」

『失礼します』

ドアを開けた祈先生が、俺の姿を認めギョッとした顔になる。
…あ、ひょっとして……二人のことがバレて呼び出されたと思ってる?
そうじゃない、と伝えようとして目配せをしてみる。

(…バレてない、バレてないから)

(?)

むう。心を通わせ合ったはずなのに通じない。
軽くジェスチャーを入れてみるか。

「……バレてない、とは何のことだ、対馬?」

館長に通じちゃったよ、おい!

「あー、いえ、今日は曇りで晴れてないですね、と」

「?まあいい。大江山先生。今日は大江山先生に
 是非会ってもらいたい人がいてな……」


「私に……会わせたい?どなたでしょうか?」

「うむ……出ておいで、憩ちゃん」

館長が合図すると、机の後ろから憩ちゃんが躍り出る。

「えへへ……憩だよ、お姉ちゃん!」

「……え?」

「うわー、ホントにお姉ちゃん大人になってるー。
 自分だけズルイー」

憩ちゃんがトテトテと祈先生に歩み寄る。
祈先生はあまりの出来事に動けないようだった。

「あ……なた、憩……なの?本当に……憩なのっ!?」

「うん、そうだよ?迷子になって、変な穴に落っこっちゃって
 気がついたらこのおじちゃんにダッコされてた」

「だ、だって……!あの頃のまま…っ!」

「どうも、憩ちゃんはタイムトンネルのようなものに
 落ちてしまったらしいんだ」

「それで、時空を越えて今の松笠にやってきたわけだな。
 儂と対馬が、たまたま憩ちゃんがやってくる現場を
 目撃しておったというわけだ」

俺たちの説明に、呆然として虚ろだった祈先生の瞳が
光を取り戻して憩ちゃんを見つめ直した。


見つめられた憩ちゃんが
申し訳なさそうな顔で頭を下げる。

「……心配かけてごめんね、お姉ちゃん」

「っ!…いこ……いっ!
 良かった……!無事で……無事だったのね!
 お姉ちゃん……お姉ちゃん、ね……!」

ずっと祈先生の心にわだかまっていたものが
この瞬間、解き放たれる。

「う…うぁ……っ!ひっ……うぅ、うーっ!」

初めて見る、祈先生の涙。
目の前の少女と同じ年頃に戻ったかのように
跪き、ただ、泣きじゃくる。

「儂らは、出ておるかの、対馬」

ポン、と館長が俺の肩を叩く。

「……はい」

静かにその場を立ち去り、館長室を出る。
う、イカン、俺までもらい泣きしてしまった。
こんなところを館長に見られたら「軟弱者」とどやされちまう。
あわてて袖口で拭おうとして、館長と目が合う。

「……その涙、恥ずかしがることはないぞ」

館長の顔は、穏やかで優しかった。


「ともねえ、あれを!クロウだ!」

「くっ……本当にこんな昼間から!?
 透子さんの言ったとおりか…!
 どこに行く気だ……!?」

「とにかく、こんな町中で昼間から暴れられたら……!
 急ごう、ともねえ!」

「OK!」


「やれやれ、今日は遅刻者ゼロ、か。
 いつもこうありたいものだな……どうした土永さん?
 ……なぜそんなに震える?」

「いや、別にー……仕事が終わったのなら
 早く校舎に入ったほうがいいんじゃないのかー?」

「話を逸らすな。さっき言っていた……何かが起きそうなのか?」

「乙女……頼むー、頼むから校舎に入ってくれー」

「そうはいかん。我が校に何か良からぬことが起きるなら
 私のこの手で……な、なんだ、あれは!?」


(来たわね、クロウ!こっちに来るってことは私が目当て!?
 ともちゃんが間に合わなかったのは痛いけれど
 待ってるわけにも……いかなくなったわね!)

「……纏身!…って、ちょっと、どこに行くわけ?…館長室!?」


ガシャーン!

「むっ!?」

廊下にたたずむ俺たちの耳に、ガラスの割れる音が届く。
館長室の、ドアの向こうから……!

『きゃああぁっ!?』『な、なんですのっ!?』

続いて悲鳴!
飛び込んだ館長室で目にしたものは……
倒れている祈先生。
大きく割れた窓ガラス。
窓の外で羽ばたき飛んでいく大きな鳥のような異形の姿。
これは……この間の土永さんが変身した姿にそっくり!?
そしてその両足には……

「いやああぁぁっ!」

「憩ちゃん!?」

化け物は憩ちゃんを掴んだまま
見る見る高く、遠くへと飛んでいく!
まさに、その時。

「曲者ぉーっ!!」

垂直な校舎の壁を駆け上がってくるセーラー服の人影!

「乙女さん!?」

「……地獄蝶々ォッ!」


陽光にキラリと輝く白刃は
いつの間にか抜刀された地獄蝶々。
ガンッ!と駆け上がってきた校舎の壁を蹴り
乙女さんは斜め上に化け物目がけて飛ぶ!

「ギッ!」

が、化け物がひときわ大きく羽ばたくと
その翼が風を起こしたのか
空中で乙女さんはバランスを崩してしまった。

「くっ!」

くるくるとトンボを切って着地する乙女さんに
頭上から…俺たちよりも高い場所から声がかかる。

「どきなさい、鉄さん!」

「……え?」

声のする方……屋上を見上げれば
白い、どこか昆虫めいた、やはり異形の姿があった。
何のためらいもなくその白い昆虫型が
屋上の縁を蹴り、鳥人間目がけダイブする!

「はああああぁぁぁっ!」

鳥の化け物めがけて突っ込んでいくが

「子供が……!?くっ!」

体を捻って攻撃を外し、そのまま地面に降り立った。


「対馬!儂はアレを追う!大江山先生を!」

「わ、わかりました」

言うが早いか、窓から飛び出す館長。
くそ……何もできない自分が歯がゆい!
と、それまで倒れていた祈先生が
うめきながら急に体を起こす。

「わ…私は……大丈夫です……
 それより、憩を……憩をっ!」

「祈先生!?じっとしてなきゃダメだ!」

「じっと…なんか、してられますかっ!
 妹なのよ!?……私の、妹なのよっ!?」

今ここでまた失ってしまえば
それは祈先生に決して癒えない傷を残す。
そんな目には、あわせたくなかった。

「……わかりました」

肩を貸す。よろめきながら、俺にすがる。
ふらつきながらも、外へ出ようとする。

「痛むところはないですか?歩けます?」

「大丈夫です……さあ、急いで!」

何ができるかわからないけど……何もせずになんかいられない!
俺と祈先生は、精一杯急いで校庭を目指した。


(作者・Seena ◆Rion/soCys氏[2006/03/10])


※2つ前 つよきすSS「時を駆けてきた少女
※2つ前 つよきすSS「純愛土永さん
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