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010:軌跡
それは、彼女の人生の軌跡。
再生できませんでした
「月の夜」By VaLSe様
OLD WOODS HUT URL:
http://valse.fromc.com/
中央広場の舞台の飾りが、夜風に揺れてさらさらと音を立てる。
ナミは、ルフィと並んで座り、月を見ながら取りとめもない話をしていた。
今日の演奏の話。
デザートに出た果物がとても甘くて美味しかったという話。
相変わらずなウソップのホラの話。
明日の天気の話。
サンジと、魔獣・ゾロの話。
ルフィはしきりにゾロを誉めたが、ナミはまだ納得できずにいた。
頭では、分かっているのだ。
ゾロは悪い男ではない。
ただ、信用するのがあまりに早すぎるではないか。
「他者を信用する事」――それは、何でもできるナミが、唯一苦手とすることだった。
ナミは両親の顔を知らない。
捨て子だったナミは、同じく捨て子だったノジコという子どもと一緒に、ある女傭兵に 拾われて育てられた。
名を《鬼子母神》ベルメールというその女傭兵は、女だてらに各地の戦場を渡り歩き、 辺境を旅する商隊の用心棒を務めるなど、自分から危険な地へ赴き続ける人生を送っ ていた。魔法も使いこなし、銃も使い、剣の腕まで立つ豪快な女だったが、2人を拾っ て以来、故郷の村から一歩も出ることはなかった。
海に面したその村は、辺境の海沿いにあり、戦争とは無縁の平和な村であった。
ナミとノジコは、その村で幸せに育った。
ベルメールの「教育」は、相当変わっていた。
過去に自分が体験した話を、幼い2人に寝物語に語って聞かせた。
まるで自分自身子どものような所がある女だったので、2人にイタズラを奨励した。
小さな家の裏山で、蜜柑農家をしつつ、野山でのサバイバル訓練を施した。
当然、2人は大変勇ましい少女、もとい悪ガキに育った。
村は平和で、みんなが幸せだった。
成長するにつれ、ノジコは商術に、ナミは魔法に興味を持った。
ノジコの夢は、ベルメールの蜜柑を世界中で売る事。
ナミの夢は、ベルメールのように世界中を渡り歩く事。
2人の夢は、蜜柑を売るノジコの用心棒をナミがしながら一緒に世界中を旅する事 だった。
ベルメールの家には、驚くほど大量の本があったので、勉強に不自由はしなかった。
こうして少女は娘へと成長した。
ナミは、魔法を使うだけの魔女にはなりたくなかった。
ノジコと世界中に蜜柑を売り歩くためには、地理にも長けていなければならない。
そのために、地図の書き方から航海術から必要そうな事はなんでも学んだ。
中でも、方角や季節を知るために学び始めた《星読み》の術は、彼女を魅了した。
ナミは 頭上に輝く星の不思議を解き明かしたいと願い、古今東西の星図を読み解 き、星の運行の秘密を少しずつ知っていった。
彼女は純粋に星の不思議を解き明かしたいと思っただけだったのだが、それは、応 用すれば様々なことに役立つ知識でもあった。
航海、陸路はもちろんのこと、魔法儀式、戦争にまで応用可能な知識だった。
弱冠10数歳にして、それだけの知識を得たナミを、権力者が放っておくはずはなかっ た。
生涯忘れがたい事件が、彼女を絶望のどん底に叩き落した。
ある日、村の近くで1人の旅人が怪我をして倒れていたのをナミが見つけた。
真っ黒な髪と、真っ黒な瞳の善良そうな男だった。
「見聞を広めるため」旅をしているという男は、「怪我が治るまで」としばらく村に滞在 し、すぐに村人たちと仲良くなった。
もちろんナミやノジコも男と仲良くなった。
旅の話をしてもらう代わりに、自分が知っている《星読み》の術を男に教える。
そんな日々がしばらく続き。
破局は訪れた。
男は竜だった。
漆黒の竜だった。
それが、村を襲ったのだ。
立ち向かった者はその場で死んだ。
ベルメールも死んでしまった。
その瞬間の事を、ナミは今でもはっきりと思い出せる。
天を突く巨大な黒い竜は、配下の《海の民》に命じて村を襲わせた。
青い肌のその魚人たちは、瞬く間に村を制圧した。
村人達は抵抗したが、黒竜の吐いた漆黒の炎で一瞬で灰になって消えた。
最後まで立っていたベルメールは、ナミとノジコを背にかばい、大声で怒鳴った。
「アタシは死ぬのが怖い! でもそれ以上に、あんたらが死ぬ事が怖い!」
だから生きろ。
両腕を失い、内臓をぶちまけ、滝のように血を流しながら、それでもベルメールは最 後に笑ったのだ。
笑ったまま、立ったまま、彼女は死んだ。
黒竜はナミについて来るよう命令した。
ナミの豊富な魔法知識と、《星読み》の術に関する知識を手に入れようとしたのだ。
断る事はできなかった。
残りの村人達が人質にとられていた。
――自分が、男を村に引き入れた。
――何もかも自分のせいだ。
ナミは後悔と恐怖と哀しみのうちに、黒竜についていくことを選ばざるを得なかった。
共に育ったノジコは、黒竜と、連れていかれるナミに向かって泣きながら叫んだ。
「商売を舐めんなよ! この世界を回してんのは商人なんだ! 絶対思い知らせてや る!」
「ナミ! 忘れんじゃないよ、生きろ!」
黒竜の都に連れていかれたナミは、黒竜に従順に従った。
従う事が生きる道だった。
そして、誰も信じなくなった。
都に住む者は皆、悪魔に見えた。
信じられるのは、故郷の人々、共に育ったノジコだけ。
広大な魔導図書館の本を片っ端から読みあさり、命じられれば何処へでも行って魔 法を使った。
自分に力をつけるためなら何でもやった。
例え、仕事の時以外は「神殿」という名の牢獄から一歩も外へ出る事を許されなくて も。
けれどもナミはそこで出会った。
ウソップ。
最初は、ただの馬鹿でホラ吹きな奴隷だと思った。
けれども、本当の彼は勇敢で真摯な青年だった。
サンジ。
最初は、綺麗だけれど頭の中身は空っぽの馬鹿な男だと思った。
けれども、本当の彼は優しすぎる悲しい青年だった。
そしてルフィ。
神殿に彼が現れた時、ナミは心底驚いた。
黒い髪に、黒い瞳。
それは、あの黒竜が人間の姿をしていた時の特徴と全く同じ。
けれども、彼は明らかに黒竜とは違う生き物だった。
公然と黒竜を「嫌いだ」と言い張り、黒い瞳には意志が満ち溢れていた。
裏も表もない、馬鹿で一本気で王の気質に満ちた青年だった。
誰も信じない。
けれど、相手が自分に絶対的な信頼を寄せてくれたら?
自分と一緒に、死者のために泣いてくれたら?
揺ぎ無い眼差しで、両腕を開いて、自分が飛び込んでくるのを待っていてくれたら?
応えたい、そうナミは思った。
信じられるのは、故郷の人々、共に育ったノジコ、そして3人の青年になった。
そして4人は神殿を出た。
生きるために。
そして今に至る。
「…この先どうなるのかな」
「そりゃぁ決まってるだろ、おれたちは行くんだ。きっと、サンジを連れてってやるんだ」
「そう…よね。でも……」
「心配すんなって!」
あの時から、この男の笑顔は変わらない。
ルフィの過去に何があったのか、ナミは知っている。
だから、こんな太陽のような笑顔で笑えるルフィを、凄いと思う。
きっとあのゾロにも色々な過去があって、だからあんな生き方をしているのだとは思 う。
ただ、信じるに値するかどうか、まだ分からない。
簡単に信じて、裏切られたら、取り返しがつかないのだ。
故郷を離れてから、初めて信じられた3人を失いたくはない。
ナミがしかめっ面で月を睨んでいると、ルフィが突然立ち上がった。
両手を腰に当て、ウソップの真似をしてふんぞり返る。
「ダイジョーブ、おれたちは強いからな! だから、」と、ルフィは力強く前置きして言った。
「強い分、もう少し余裕持って生きてもいいと思うんだ」
な、そうだろ?
そう言って笑った顔は、大人の男の顔だった。
無造作に手を差し伸べる。
――ああ、このひとは、竜なんだわ。
ナミはその手をとった。
立ち上がり、手を繋いだまま月を見上げる。
ナミは知らない。
自分が今、どんなに美しい笑顔で微笑んでいるか。
「明日も晴れるといいな」
「うん、そうだね」
月は蒼く照らしつづける。
幸いなる者も、
哀しき者も。
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