009:腕輪

それは、仲間の証。


 サンジはゾロの手の大きさに、思わず笑ってしまった。
「何だよ」
「いや、全体的にデケェんだなと思って」
「うるせぇ」
 こほん、と一つ咳払いして、ゾロの眼を――琥珀色の瞳を見つめる。
「今から言うことの後に続け」
「…おう」
 深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
 体中に月の光を感じながら、重ねた手にその光が集まる様を想像し、イメージを明確 にしてゆく。
 
 色は銀色。
  表面の文様は美しく優雅。
 ゾロの太い腕にピッタリになるように。


 歌うように言葉を紡ぐ。


「しろがねなるもの」
 「しろがねなるもの」

「はじまりでありおわりのかたち」
 「はじまりでありおわりのかたち」

「いりぐちにしてでぐちをもつもの」
 「いりぐちにしてでぐちをもつもの」

「あるじのなはロロノア・ゾロ」
 「あるじのなはロロノア・ゾロ」

「そのこえにこたえてひらけ」
 「そのこえにこたえてひらけ」

「そのこえにこたえてまもれ」
 「そのこえにこたえてまもれ」

「ひかりなきみちにあかりをともし」
 「ひかりなきみちにあかりをともし」

「ひとりのよるにおもいだせるよう」
 「ひとりのよるにおもいだせるよう」


「歌い手たるサンジが命ずる、いざ形を現せよ!」


 最後にサンジが高らかに宣言すると、ゾロの左腕に月光が集約した。
 それはたちまちのうちに形をとっていく。サンジたちが左腕につけている腕輪と寸分 違わぬ腕輪が、まるで生まれたときからつけているかのようにしっくりおさまっていた。
「…こ、これも魔法か?」
 目を丸くして、腕輪に恐々と触れる。
「ちょっとした、な。イメージを与えたのは俺、形を与えたのは…ゾロ、お前自身だ」
「俺が!?」
「自分に魔力がないとでも? バカ言うな、そこらの樹でも、この風でも、なんにだって 魔力はあるんだぜ。テメェにだって、ちゃんとあるさ。ただ、使い方を知らないだけなん だ」
 …そうなのか。
 呟いて、何度も何度も腕輪を撫でるゾロを、サンジは「やっぱり子どものようだ」と思っ た。






「お前を探してた」

 そう言われた時、サンジは心底驚いた。
 ――男に言う台詞じゃねぇぞ。分かってやって…るわけねぇよな。
 演奏の事で何か言いたそうにしているゾロを見て、サンジにはすぐにその気持ちが分 かった。
 ――自分も、初めて歌った時はこうだったな。
 



 夕暮れのセッションを思い返す。
 
 それはサンジの提案で行なわれた小さな《魔法》だった。
 演奏前に、少しばかり楽器に魔法をかけておいたのだ。
 ゾロがもし、楽しくて殺しをやっているような男なら、恐ろしい雑音に聞こえるように。 その場から、逃げ出したくなるように。
 そうでなければ――
 そうでなければ、特に何か起こそうとは思っていなかった。
 ところが。
 ゾロは舞台に上がってきたのだ。
 はっきり言って予想外だった。
 その時起こった事には驚きもしたけれど――むしろ、嬉しかった。ものすごく、嬉し かった。
 ルフィとウソップが争ってゾロに手を差し伸べる。自分も手を伸ばして、横合いから伸 びてきたナミの手に気がついた。
 確かにナミは笑っていた。「太陽のようだ」と思ったぐらいに。
 それだけで、サンジは十分だった。
 だが、ゾロはさらにサンジの予想を裏切った。

「やる前から諦めんな」

 そう言ったのは、自分だ。けれどもそんな言葉は必要なかったと、ゾロがシジマの弓 をひいた瞬間に気がついた。
 風だ。
 この男は、風を奏でる術を知っている。

 遠い昔に、美しい思い出のある者。
 他者の痛みを知る者。
 果て無き道を独り歩む者。

 人の命は儚く脆いものだと分かっている者。

 ゾロのシジマから溢れ出したのは、そういう者にしか奏でられない《風》の音だった。
 演奏自体はまだまだ拙い所があり、プロとは決して呼べないものだったが、サンジは 「演奏」とはそういう物差しで測るべきではないと知っていたので、十分に良い演奏だと 思った。
 初めてのセッションにしては、アドリブにも何とかついてきたし、サンジのフィオートと 一緒に主旋律を奏でるところでは申し分ない和音を作り出していた。それはナミの言っ たとおり「上出来」な演奏だった。
 自分が見込んだとおり、ただの人斬りではなかった。
 そう思うと、無性に嬉しかった。

 演奏が終わる頃には、サンジは決めていた。
 このシジマは、明日ゾロに渡そう。仲間の証のこの腕輪も渡そう。
 もう、ナミも、反対はすまい。


 独り、祭りを抜け出して教会の屋根に登った。
 人込みは苦手だったし、今日の感動をゆっくりと噛み締めたかったからだ。
 ルフィたちは、こういう時何も言わずに自分を1人にしてくれる。長年の付き合いで、 互いの癖や考え方はよく分かっていた。

 ところがゾロがやって来た。
 そして、あの台詞である。
 
 バカ正直なでっかいガキ。
 こいつの何処が魔獣だ。
 世間はなんて無責任なんだ。

 ――とても、楽しかった。

 沈黙の後に出たのは、万感の思いを詰め込んだその一言だけだった。
 ――分かるよ。
 ――分からないはず、ないだろう。
 ――だから、笑うか泣くかどっちかにしろ。そんな微妙な顔すんなよ。
 結局ゾロは笑いもしなければ泣きもしなかったが。


 何故、今腕輪を渡す気になったのかはよく分からない。
 月が青かったから、とか。風が静かだったから、とか。きっとそういう事柄のせいだろ うと…と、サンジは思った。
  
「なあ、サンジ」
「ん?」
 視線を月からゾロに戻すと、酷く真剣な眼差しとぶつかった。
 腕輪の上に軽く右手を重ねながら、低いけれどよく通る声で言う。

「どうして、歌わなかった?」

 即座には答えず、再び月を見上げる。

「どうしてだと思う」
「…出し惜しみ」
「はははっ、そんなんじゃねぇよ」
「じゃあ、どうしてだ?」

 ――こいつやっぱりバカだ。
 ――犬みてぇだ。

 そう思ったけれど、ゾロの眼があまりに真剣だったから。
 だから、サンジは教える事にした。

 サンジが歌わないそのわけを。


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