005:守人 −3−





再生できませんでした
「木漏れ日の中を」By VaLSe様
OLD WOODS HUT URL:http://valse.fromc.com/


 ゾロは不機嫌だった。
 大体、どうして自分はこんなパーティーと一緒に行動しているのだろう。
 そもそも、ゾロがこの山に分け入ったのは、北にある大きな都・ラプセディオへ行くた めだった。ラプセディオでは、毎年大きな闘技大会が開かれているという。ゾロはそれ に参加し、腕試し――というより優勝するつもりだった。
 ゾロ自身の《誓い》のために。
 ところが、である。
 ラプセディオに向かう近道(だとゾロは信じて疑わなかった)がある山の中には、何故 か、異様に腕の立つ猛者が山のようにいた。思ったより苦労して――というのも、ゾロ は山に分け入る前からろくなものを食べていなかったので、極度の空腹だったのである ――それらを切り倒したと思ったら、《麦わら》一味と出くわした。丁度いい、一度闘って みたかった奴等だ。そう思って、自分のコンディションなど全く考えずに挑みかかり…そ して。


「なんで動かねェ」
「なんで動かねぇ。動けば死ぬからか?」


 ――なぜあの時、自分はこの男を切らなかったのだろう。
 ゾロはすぐ隣を歩くサンジをちらりと見やった。
 体は細く、色白。ぐるぐる巻いた眉毛を含めても…女のような顔だ。さらさらと少しの 風にもなびく金髪が、それをさらに助長している。何故か片目を前髪で隠しているのが 気になるが、昨日今日出会ったばかりの人間にその理由を尋ねるのは、ゾロの気が引 けた。
 …いかに魔法に疎いゾロとて、サンジの噂は知っている。
 《奇跡の歌い手》の二つ名を持つ当代無比の魔導師で、その歌声で国が滅び死人が 生き返るという。歌声のみならず、その容姿もまた美しく神々しささえあるという、まさに 奇跡のような魔導師、それがこれまでのゾロの《サンジ》像だった。
 しかし現実はどうだ。
 煙草は吸うわ、口は悪いわ、ナミに頭が上がらないわ、何かというとすぐ足が出る わ、とにかくイメージぶち壊しである。
 
 ――だが、あの子守唄は悪くなかったかもしれない。
 
 あの時のサンジは、確かに《奇跡の歌い手》の片鱗を覗かせていた。
 そしてゾロは不意に気付く。

「そりゃ、強いわけだ」

 そう言った時の、サンジの顔。
 子守唄を歌っていたときの、サンジの顔。
 何もかも見透かしたような…それでいて哀しげな優しい表情。
 
 遠い昔にも見た事のある、ゾロの大嫌いな表情。

 ――情けねぇ。
 ゾロはがりがりと頭をかいた。
 ウソップがびくついてゾロから遠ざかる。
 ――たったそれだけで、俺は剣を止めたのか?
 無性に腹が立ってきて、ゾロは思わず刀の柄を握り締めた。
 ちらり、とナミが振り返る。
 サンジは先ほどからナミと話し込んでいた。ここから一番近い村、ヴィウェルに着いた 時の打ち合わせだという。ゾロ、ウソップ、ルフィの3人とは、少しばかり距離が開いて しまっていた。
 さらにむかむかと腹が立ってきて、取り合えず刀を握り締める事で誤魔化す。

 本来なら、ナミの態度が正しいのだ。
 サンジの方が異常なのである。
 いきなり自分達を襲ってきた男に、あまつさえ飯を食わせ、傷の手当をし、一緒に行 かないかと誘うなど、普通は絶対にあり得ない事だ。
 なのに、サンジはそれを当然のように行なう。だから、ややもすると、ゾロはまるで ずっと昔からサンジと知り合いだったかのような錯覚に囚われるのだった。飯を食わせ てもらうのも、傷の手当をされるのも、一緒に旅をするのも、「当たり前」の事のような気 がするのだ。
 《麦わら》の二つ名を持つ男、ルフィもそうだ。どんなに物凄い男かと思えば――実 際、闘ったときは物凄い男だと思ったのだが――何を考えているのか分からないただ の大飯喰らいで、最初から緊張感の欠片もなくゾロを受け入れていた。
 ウソップなど、盛んに「警戒している」と口にしていたのは昔の話で、すっかり気安く なって(まあ、今はちょっと怯えて遠ざかっているが)話し掛けてくる。ゾロが聞いた話で は、随分な臆病者だと言うが、それにしては警戒心がなさすぎる。
 だから、いつの間にか、ゾロは彼らの会話の中に混ざっていた。
 しかし、本当は違う。
 自分は昨日、この4人と出会ったばかりなのだ。
 ナミを見ていると、その事を思い知らされる。油断しかけている自分に気づかされ、腹 が立つ。
 いつ、寝首をかいても、そしてかかれてもおかしくないのだ、本当は。
 自戒するようにきつく手を握り締める。

 誰よりも強くなる。
 そのためになら何を失っても構わない。
 仲間など必要ない。
 この道は独りで歩みきってみせる。

 そう自分で決めたのだ。
 もう10年そうして生きてきた。
 それがたった1日で崩れ去ろうとしている。
 どれもこれもサンジがあんな事を言うからだ――

「『誇り』が欲しいと言ったからだ」

 その一言はゾロの心の奥深くに秘められた「何か」を揺り動かした。
 それはサンジに挑発されて、咄嗟に言い返した言葉だった。
 普段のゾロなら、絶対に口にしないであろう言葉だ。
 軽々しく口に出来る言葉ではない。だがあの時自分は確かに言ったのだ――金も命 も要らない、ただ「誇り」が欲しい、と。
 とにかく忌々しかった。
 忌々しいが、足は勝手にサンジたちの後についていく。
 嫌ならさっさと抜ければいい。
 だのに、これはどうしたことだ。
 堂々巡りする思考に、突如ルフィの能天気な声が飛び込んできた。
「なーゾロ、ゾロはどうして旅してたんだ?」
「ぁあ? どうしてって…そりゃ…」
 ふと思い出す。
 自分がこうして旅に出たきっかけを。
 だが、それを話す気にはならなかった…今のところは。
 だから、ゾロは逆に聞き返した。
「そういうてめぇは…っていうか、そもそもてめぇの職業は何だよ?」
 あれだけの力の持ち主で、武器を持っていないとなると、恐らくは拳闘士あたりだろ う。そうゾロは予想していた。
 ルフィは胸を張って答えた。
「しょーかんしってんだ!」
「ああ、召喚士な…召喚士ィィィ!?」
 召喚士は、様々なモノと契約を結び、特殊な媒体を使ってそれらを呼び出して闘わせ る者達の総称である。
 歌い手とは異なるが、同じぐらいに珍しい。なぜなら、媒体として使用するのは、主に 術者の血だからだ。召喚士の血筋の者でなければ、血の力を引き出すことはできな い。そしてその血には、恐るべき太古の力が眠っているという。
 ゾロの背筋を悪寒が走った。
 自分の刀を体で受け、止めるだけの力がある男である。ただでさえ強力な戦闘能力 を持つのに、そこへ加えて召喚術を使えるとなると、本気を出すと一体どうなるのか見 当も付かない。それだけの力があるなら、とっくにどこかの国を支配していてもおかしく はないのだ。実際、強大な召喚術を用いて一国を乗っ取った召喚士の伝説もあった。
 だが、ルフィはここにいる。
「…何でだ? 何でテメェはこんなところにいる」
 問われてルフィは首を捻った。捻った。捻った。ひね…
「気持ち悪いわぁああ!」
 首が180度ほど横に回転したところで、ゾロは思わず突っ込んでいた。
「んなこと言われても〜…そうだなぁ…」
 ルフィはポンと手を叩いた。

「何となく」

 ゾロはつんのめった。
 そのセリフは聞いた覚えがある――ごく最近、確か昨夜。
「何となくでか!?」
「じゃあ、楽しそうだったから?」
「なんじゃそりゃあ!!!」
 するとルフィは不意に口をつぐんだ。
 180度回転していた首が元に戻り、無表情にゾロを見つめる。
 そして小声で呟いた。

「世界に腹が立ったから、だ」

 はっとして、ゾロはルフィを見やった。
 一瞬…実に一瞬。
 ルフィの顔を、冷め切った「男」の表情がよぎった。
 しかしゾロが瞬きする間にそれは掻き消え、いつもの不安も悩みもない笑顔がそこに あった。
 見てはいけないものを見た。
 そんな気がして、ゾロは浅く息をはいた。
「ゾロはどうなんだ?」
 自在に伸び縮みする腕でゾロに絡みつく。
「うおっ、邪魔だ、降りろ、この!」
「なぁなぁどうなんだぁ〜?」
「俺も聞きてぇな、どうなんだよゾロ」
 雰囲気が和んだと見るや、ウソップが会話に混ざってきた。
「ケチらずに教えろよ〜」
 にやにやと笑いながら、ゾロのわき腹をつつく。
「んだよ、テメェこそどうしてなんだ」
 ウソップは歩きながらドーンと胸を張った。
「そりゃお前、旅にはこの勇敢なる勇者ウソップ様の力が是非とも必要だから、どうに か一緒に来てくれないかと頼まれたのさ!!!!!!」
「…あーはいはいそうですか」
 さすがにゾロも何となく気付いていた。
 このウソップと言う男は、ホラ吹きで、自信過剰で、しかし臆病なのだと。
 ただしそのホラには嫌味がない。
 それがゾロには不思議だった。
「で、本当はどうなんだ」
 僅かばかり殺気を込めた視線を送ってやると、途端にウソップは青くなった。
「嘘じゃねぇって! …いやごめんなさい一部嘘です」
「…どうなんだ?」

「サンジに拾ってもらったんだ」

 そう言ったウソップは、どこか照れたような表情を浮かべていた。
「ま、色々とあったのさ。聞くも涙、語るも涙の物語がな!!!」
 ふんぞり返るウソップ。
 よくもまあ転ばないものだ、とゾロは感心した。
 そうして、考えた。
 「サンジに拾ってもらった」と、ウソップは言った。それは、自分と同じように、命を拾わ れたということだろうか。それとも、もっと別の意味で「拾われた」のだろうか。
 どちらにせよ、それ以上のことは訊けそうもなかった。
 そこまでベラベラ喋るほどの仲ではない。
 そうだ、大体どうしてこんな話をしているんだ? うっかりもいいところだ。ゾロは無言 で頭を振り、ついでに頬を両手で思い切り叩いた。
「うぉっ!?」
 自分が叩かれたわけでもないのに、ウソップが飛び上がる。
「…ったく、調子狂うぜ」

「みんな自分の『誇り』を守るために旅をしてる」

 そう、サンジは言っていた。
 ルフィやウソップと数分話しただけで、何となく分かる気がした。
 そうして思う。
 あのナミは、どういう理由でこいつらと一緒にいるのだろう。
 《星読みの魔女》とさえ言われる、稀代の魔導師だという。一体どれだけの力を秘め ているのか見当も付かないが、本来なら王宮付き第一魔導師の位を持っていても不思 議ではない。
 それがなぜ、サンジの《守人》をしているのか。


 サンジはどうしてこいつらと一緒にいるのだろう。…何の契約を結んだのだろう。
 

 ゾロは自分の方針を変えないわけには行かなかった。
 この4人に興味を持ってしまったのだ。
 こんな事は初めてだった。だから余計に気になった。
 知らず知らずの内に、ゾロの表情に笑みが浮かぶ。

「まんざらじゃねぇんだろ。こういうの」

 ああ、そうだよ。テメェの言った通りだ。
 ――こりゃ、当分離れられなさそうだ…こいつらから。


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