005:守人 −2−





「死ぬかと思った…恐るべし、魔獣」
「魔獣なんて大層な二つ名、こいつにはいらないわよ。“ゾロ”で十分」
「まさか迷子剣士だったとはな…俺としたことが、まったく気付かなかったぜ」
「すげぇなー、ゾロは迷子かー!」
「迷子マイゴ言うなっ! だぁあ鬱陶しい、くっつくな、離れろ!!!」
 ゾロは大量の獣の皮を引きずらされながら、ぐるぐると纏わりついてくるルフィを遠ざけ ようと躍起になっていた。
 その少し前を歩くのはナミ、そして全員分に近い荷物を背負ったウソップ、咥え煙草 のサンジ。
「まったく、馬鹿馬鹿しいったらありゃしない」
「言っとくが、俺はまだ警戒してっからな!」
「…どうかしらねぇ」
 先ほどまでの緊張感は何処へやら。
 5人はほぼ一塊になって、山道を上り続けていた。
 …もっとも、ナミだけは相変わらずゾロに厳しい視線を送りつづけていたが。
 太陽は中天に差し掛かり、そろそろルフィの腹時計が正午を知らせる頃である。
 サンジはパンパンと手を叩くと、歩みを止めた。
「ここらで休憩すっぞ」
 途端にルフィはゾロから離れ、今度はサンジに纏わりつき始めた。
「昼飯ー! 干し肉ー! 燻製肉ー!」
「結局肉かよ!」
 突っ込みつつ山のような荷物を降ろし、ウソップはいそいそとゴザを引き始めた。
 ナミはその間、ずっとゾロを睨んでいた。
「…んだよ」
「…何でもないわよ」
 2人が静かな火花を散らしている横で、サンジはルフィを気持ち良く蹴り飛ばした。
「肉ーーーーぅぅぅ…」
 飛んでいくルフィを見やり、サンジはウソップに「戻ってきたらもう一度叩きのめせ」
と命じておき、左手首の銀の腕輪に右手で触れ、呪文を紡いだ。
「remeti fritilo」
 呪文に合わせて腕輪が鈍く輝き、発光する靄のようなものが宙に浮かんだ。サンジ が指揮をするように指を動かすと、靄はそれに合わせて形を変え、フライパンの形に なった――次の瞬間、そこには使い込まれた艶やかなフライパンが浮かんでいた。
 サンジは無造作にそれを掴むと、ウソップが石でせっせと作ったカマドの上に乗せ た。
「な…なな…」
「ん? なんだ毬藻」
「毬藻言うなグル眉! …今の、何だ!?」
 ゾロは、わなわなと震える指先でフライパンを指した。
 サンジはウソップと目を合わせると…盛大に噴き出した。
「ただの魔法だよ、ま・ほ・う! 《真なる言葉》を知ってて、ちょいと魔力を込めたアイテ ムがあれば、このぐらいなら誰にだってできるさ」
「そ、そうなのか?」
「もっちろん! オレにだってできるぜ」
 得意げに言って、ウソップは左腕の腕輪をかかげた。
「…じゃ、なんでそんな大荷物しょってんだ」
「あのなあ、お前そんなんでよく今まで旅人やってこれたなぁ。いいか、このウソップ博 士が詳しく解説してやるからよーく聞くんだぞ!」

 ☆ウソップ博士の懇切丁寧な解説コーナー☆
 あのなあ、今サンジはたった2つの《真なる言葉》だけで魔法を使ったけど、これは普 通ありえねー事だ。サンジは並みの魔法使いじゃねぇからこういうことができるが、オレ たちはそうはいかねぇ。今みたいに、フライパン一つ取り出そうと思ったら、10個ぐらい 《真なる言葉》を唱えにゃならんわけよ。つまり、時間がかかるし面倒なんだな。だか ら、普段使うものや、咄嗟に使えないと意味のないものは、こうして持ち歩いてるってわ けだ。 あと、この腕輪の中に収納した物は、4人で共有できるんだぜ。で、なんつった かな、サンジ。ああ、それそれ、《亜空帯》か。この腕輪から取り出せるのは、俺たち専 用《亜空帯》の中にあらかじめ入れた物だけだ。だから、《亜空帯》が壊されたら、中の ものはオシャカだな。だから貴重品は絶対入れられねぇってわけだ。
 ん? 《亜空帯》も知らねぇだぁ!? …マジかよ…。
 《亜空帯》は、言うなりゃ魔力で作り出した異次元だ。オレたちが使ってる《亜空帯》 は、サンジ特製のすっげぇヤツで、無生物ならかなりたくさん入るスグレモノなんだぜ!  …サイズによるけどな。生きてる物も入れられるにゃ入れられるが、中は時間の流れ も空気もないからな…ま、無理だな。
 ん? 《亜空帯》にアイテムを入れたい場合はどうするかって?
 サンジー!


「ん? 何か用か?」
 昨夜の干し肉をせっせと炒めていたサンジは顔を上げた。
 ウソップの長話の間、サンジは片時も動きを止めることなく、腕輪から取り出した塩と 胡椒、そして鷹の爪で手早く味を調えていた。ただの干し肉とは思えない、香ばしい良 い香りがただよい始めている。
「《亜空帯》の入り口、コイツに見せてやってくれよ」
「ああ、いいぜ」
 サンジは頷き、左手を上げ…

「良くないっ!!!!!!」

 驚くほど鋭い声が響いて、ウソップは思わず身を竦めた。
 声の主は腰に手を当て、ずかずかとサンジに歩み寄った。
「な、ナミさぁん…怒ったナミさんはまさに」
「サンジ君」
「はいっ!」
「…早く昼御飯作ってちょうだい。お腹がすいたわ」
「ん分かりましたぁぁあぁ!!!!! 特急! 速攻! 音速で作らせていただきます!」
 サンジは体全体からピンクのハートを飛ばしながら、激しくフライパンを振り始めた。
「な、ナミぃ〜」
 ウソップは情けない声を上げた。
「……」
 魔獣もかくやという視線がとんでくる。
「や、失礼いたしました、なんでもございません!!!」
 敬礼し、右手と右足を同時に動かしながらウソップは茂みの奥へ消えていった。
 呆気に取られていたゾロが、思い出したようにナミを睨みつける。
 ナミはその視線を正面から受けて立つと言った。
「女は男と物の見方が違うのよ。迷子だろうがなんだろうが関係ない。覚えておく事ね、私はアンタを信用してないってこと」
 身長は明らかにゾロの方が高い。しかし、ナミは心構えという点において明らかにゾロを見下していた。
 しばらくの沈黙の後、ナミは――

 鼻で笑った。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


 憮然とした表情の2人に挟まれ、ウソップは戦々恐々としていた。
 逃げ出したいのだが、そうすると何故か両脇の2人から睨まれ、立ち上がる事もでき ない。
 ルフィは、そんなことにはお構いなしに肉を次々胃という名の異次元に放り込んでい る。
 サンジはその様子を楽しげに見守っていた。
 時折ウソップが助けを求めるようにサンジを見るのだが、昼食を取り始めて30分、視 線がかみ合う事は一度もなかった。
 サンジの視線は、供すべき昼食に注がれており――そうでなければゾロに向けられ ていたのだった。
 もっともゾロの方は、半ばナミに背中を向けるように腰掛けており、その視線に気付い ているのかいないのか分かったものではない。
 この微妙な空気に耐えかねてか、ウソップがついに口を開いた。
「つつ次の村までどのくらいだっけ、ナミ?」
 時折裏声の混じる震えた声に、ナミはあからさまな舌打ちで答えた。
 凍りついたウソップを尻目に、杖をかかげ、ナミは呪文を唱える。
「c^irkau^a atlaso vidigi fantaziaj^o!」
 杖の先を中心に、ボンヤリとした影が渦を巻いた。それは次第に小さなジオラマのよ うに形を変えていく。
 ナミが杖を降ろすと、幻影もそれに合わせて動いた。
「今、ここよ」
 ジオラマの中心に立つ、小さな人影。ナミはそれを左手で指差した。
 南北に走る山脈の右側、周囲を森に囲まれた山道。その行く先に、小さいミニチュア の建物が一つ建っていた。ミニチュアからするすると伸びた銀色の光が文字を形作る ――「ヴィウェル」。
「あと半日も行けば着くわよ」
「は、半日かぁ、早かったなぁ、なあサンジ!」
「ん? ああ、そうだな」
 ぷかぷかと煙草を吹かしていたサンジはようやくウソップを見た。
「村に着いたら何する?」
「そりゃ、いつもと同じさ。昨日は練習しそこねたが」
「…何をするんだ?」
 話に興味を持ったのか、ゾロが僅かに首を捻ってサンジの方を見た。
 サンジは意地悪げに笑った。
「村に着くまでのお楽しみ」
「…へいへい」
 再びそっぽを向いてしまうゾロ。
 くくく、と笑ったサンジを、ウソップは呆れ顔で見やった。
 ナミは不機嫌そうにその様子を眺めていたが、特に何も言わなかった。
「あー、もう食えねー!!」
 緊張感ぶち壊しの声が辺りに響いた。
 肉をたらふく食ってご満悦のルフィが、膨張した腹をさすりながらゴロリと横になる。
「ってルフィ、俺の昼飯はどうしたよ!!!」
「え? 残したらもったいないだろ」
「食ったのか〜!!!」
「俺のぶんもか!?」
「うおおオレのもねぇええええ!!!」
「うまかったぞ、ごちそうさま!」
「ごちそうさまじゃねぇ!!!!」
「肉返せ!」
「オレの昼飯ィィ!」
 昼食を食べそこねた男3人がルフィに怒りをぶつけている様を、自分の分はしっかり キープしておいたナミは呆れて眺めていた。
「…馬鹿じゃないの?」


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