004:歌姫 -1-

夜は静かだと人は言うけれど、それは大きな間違いだ。


「本日のディナーは、大量の肉の丸焼き、野草のサラダ、堅焼きパン一切れずつ」
「肉だー!!!」
「肉しか見えてねぇのかお前はっ!」
「んなももねーほーニャラらもむーほー」
「食べながらしゃべるなっ! ちょ、こっち向かないでよ!!」
「テメェ! ナミさんの分のサラダ食ってんじゃねぇよ!!!」
「サンジおかわりー」
「早ぇぇええええええええよ!!!」

 食べる事は戦いだ。
 特に、働いた後の食事はもはや戦争である。
 飛び交う拳、次々に消えていく料理、華麗なステップで取り分けられていく肉。
 旅の野営ともなると、食料は基本的に保存食になる。もちろん、可能であれば狩猟や 釣りを行い、新鮮な食料を手に入れ、保存食には極力手をつけないのが常識である… が、このパーティーには約1名常識を超えた大喰らいがいるので、そうも言っていられ ないのであった。最も、当の本人と料理人により、全員が腹一杯になるに十分な量の 肉が毎食きちんと確保されていたが。
 そういうわけで、パーティーが野営している小さな空き地には、大量の獣の皮が干さ れていた。丁寧に肉を削ぎ落とされ、だらりと力なくぶら下がった毛皮のつぶらな黒い 瞳が焚き木を映して時折明るく光る。
 人間達はその肉を心置きなく食した。
 ルフィが腹一杯になると、ようやく夕飯の時間は終わる。普段ならここで次の目的地 の確認を行なったり、簡単な練習会を行なったりするのだが、今日は違っていた。
「なあおい、サンジ」
「ん、何だ? お代わりならまだあるぞ」
「おう頼む…じゃなくて! どーすんだよ、アレ」
 そう言ってウソップが指差した先には、ゴロリと横たえられた男――《紅風の魔獣》。
 いまだ目を覚ますことなく眠ったままだが、起きればどうなる事か分かったものでは ない。
「ああ、アレね…」
「そうよ、どうするつもりなの? まさか…」
 サンジは無言で立ち上がると、暗がりに横たえられた男に歩み寄った。
 男の全身を染めていた紅い血は綺麗に拭い落とされていたが、相変わらず体は傷だ らけ、刀は握り締めたままだったし、頭に巻いた黒い布もそのままだった。
 すいとしゃがみ、その顔を見下ろす。
 精悍な顔つきだった。
 あれだけの殺気を放っていた瞳は今は閉じられているが、その琥珀色は忘れようも ない。
 日に焼けた肌も筋骨隆々とした体躯もサンジにはないものばかりだ。
 ――こいつをどうするか、ねぇ。
「おい、《魔獣》さんよ。もうそろそろ寝たふりはやめねぇか」
 からかうような口調に、男の手がピクリと動く。
 背後でウソップが身を強張らせ、素早く当社比10倍に膨れたルフィの後ろに回り込 んだ。
 ナミはさすがにそこまでは行かなかったが、傍らに置いていた杖を手に立ち上がる。
「……気づいてやがったのか」
 のそり。
 男は気だるげに身を起こした。
 サンジはそのすぐ傍にしゃがんだまま、黙って男の一挙手一投足を眺めていた。
「テメェ、何のつもりだ?」
 睨み付ける目に、微かに殺気がこもる。
 握ったままだった刀が僅かに震え、カチャリと音を立てた。
 サンジは愉快そうに男の瞳を見つめ返す。
「まぁ落ち着け。そう殺気を安売りするもんじゃねぇ…レディに嫌われるぞ」
「何のつもりかって聞いてんだ、答えろ」
「じゃあ耳の穴かっぽじってよく聞け。…「拾ってやった」んだ、ありがたく思いやがれ」
「…んだと!?」
「拾い主は俺。よってテメェをどうするかは俺が決める」
「はぁ!?」
「とりあえず――」
 サンジは男の目前に焼けた串焼き肉を突き出した。
「食っとけ」
「ふざけてんのかテメェ!!」
 男は激昂して立ち上がると、その串焼き肉を引ったくり…
「…食うんかい!!」
 ウソップとナミの突っ込み二重奏を浴びたのだった。


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