004:歌姫 -2-




再生できませんでした
「あの夏の思い出」By VaLSe様
OLD WOODS HUT URL:http://valse.fromc.com/

 焚き木のはぜる音。
 ルフィとウソップの寝言。
 夜鳴き鳥の鳴き声。
 風に揺れる梢の立てる音。
 ナミの寝息。
 虫の鳴き声。
 音、オト、おと。
 ――うるさい。
 ――うるさい。
「……おい」
「……ん?」
 男の声に、サンジは弾かれたように顔を上げた。
「肉ならもうねぇぞ」
「違う!」
 馬鹿野郎静かにしろナミさんが起きたらどうすんだ、そう言い返してサンジも黙った。
 沈黙が落ちる。

 あの後一騒動あった。
 男は、ルフィ並に片っ端から肉を喰らい、飲んだ。
 それをサンジは面白そうに眺めていた。
 ウソップとナミはその間猛烈な抗議行動を行なったが――「食いすぎだぁ! そいつを放っておくと世界的規模の食糧危機が訪れるに違いない!」「それは関係ないでしょうが!」――ルフィの一言ですっかり大人しくなった。
「サンジが拾ったんだからサンジが決める。それでいいじゃねぇか」
 それからしばらくは2人してグチをこぼしあっていたが、大イビキで寝始めたルフィにもたれかかり、いつの間にか眠ってしまっていた。
 サンジはその間黙って男に給仕をしてやっていた。
 男は不機嫌そうな表情を浮かべながらも、同じく無言でひたすら肉を食っていた。
 そうして今に至る。

「…おい、お前」
 沈黙を破ったのは男の方だった。
「なんだ、腹巻き剣士」
「誰が腹巻剣士だ! このグル眉野郎!」
「言うに事欠いてグル眉だぁ!? テメェ、ケンカ売ってんのか!?」
「先に売ってきたのはそっちだろぉが! やるか、ァあ!?」
 お互い勢いよく立ち上がると、顔を突き合わせて睨みあう。
 一触即発の空気を、ナミの鋭い声がぶち破った。
「やかましい!」
「すみませんでしたぁ!」
 なぜかウソップが寝言で謝る。
「静かにしてよね、今日は疲れてるのよ」
「そういう時は肉だぁ、肉を食えー」
「無理言うなよぉ、謝るからさぁ」
 続いて始まった寝言の会話(?)に、男は呆気に取られてその様を見、慌てて視線をサンジに戻した。
 そして再び呆気に取られる。
 一瞬前までそこにいたはずのサンジがいない。
 どこに行ったかと素早く視線をめぐらせると、サンジはいつの間にか眠っている仲間の毛布を直してやっているところだった。
「…面白いやつらだろ」
 顔を伏せたまま、サンジはぽつりと呟いた。
「みんな、俺が拾った」
「は?」
「ちょっとした“契約”を結んでな。今は俺の守人をやってくれてる」
 男は小さくなった焚き火越しにサンジの背中を睨みつけた。
「…それがどうした」
 それには答えず、サンジは言葉を継ぐ。
「みんな自分の『誇り』を守るために旅をしてる」
 唐突にサンジは振り返った。
 金の髪が焚き火を映して光る。
「テメェもそうだ。違うか?」
 男は眉根を寄せ、無言で次の言葉を待っている。

「テメェの『誇り』ってなぁ、何だ?」

 そうサンジが問うと、男は腰の3本の刀に視線を落とした。

「…誓いだ」

 今度はサンジが黙る番だった。
 男は刀ではなく、その向こうの何かを見つめているようだった。
「遠い。だが必ず叶える」
 そう言った男の瞳は、ひどく真剣であり、何故か哀しそうでもあり、それでいて静かな 嵐を孕んでいた。
 サンジは黙って男の瞳を見つめ返した。
 そうして、ふっと笑う。
「強いんだな」
 それきり互いに黙り込む。


 焚き木のはぜる音。
 ルフィのイビキ。
 夜鳴き鳥の鳴き声。
 ウソップの呻き声。
 風に揺れる梢の立てる音。
 ナミが寝返りを打つ音。
 虫の鳴き声。

 《紅風の魔獣》の呼吸する音。

 《紅風の魔獣》とは、凄腕の賞金稼ぎロロノアの通り名だった。
 ひとたび魔獣が牙をむけば、戦場に吹く風は朱に染まり、最後に残るは魔獣1人。一 所に留まる事をせず、常に旅の中に身を置き、行く先々で賞金首を狩り続けているとい う。
 人々は勝手な想像をし、ついには男を「魔獣」にしてしまった。
 けれど、誰もその真意を聞いたものはいない。

 ――ただのバカ正直な剣士じゃねぇか。

「…なあ」
 沈黙を破ったのはサンジだった。
「…なんだ」
 火の傍で胡座をかいて目を閉じていた男は、声だけで応じた。
「さっきの答えだけどよ」
「…『何のつもりだ』か?」
「それそれ。まあ、拾った以上、テメェをどうするかは俺が決めるわけだが…」
「…おい」
 片目だけ開けて、男はサンジを睨みつけた。
「本気で言ってんのか?」
「勿論」
「どうして俺がテメェの言うなりにならなきゃいけねぇんだ」
「拾ったから」
「拾われたくて拾われたわけじゃねぇ」
「あのまま放っといたら、お前死んでたぜ」
「…そうとは限らねぇだろ」
「いいや死んでたね。てめぇが魔族でもない限り、あのまま放っといたら死んだ」
「なんで分かる」
「分かるさ。俺は耳がいい」
「耳ぃ?」
「テメェみたいな剣士は知らねぇだろうが、歌うには、まず、音を聴かねぇとな。音を聴 かねぇ歌い手の歌は、単なる空気の震動になっちまう」
 だから、とサンジは続けた。
「テメェの心音が聴こえたんだよ。只でさえケガしてんのに、俺達のステキコンビネー ションをモロに喰らったんだ。普通は死ぬ…でもテメェは、少なくともまだ死んでなかっ た。随分弱っちゃいたが、心臓は動いてた。
 とは言え放っておけば死ぬ事は間違いない。だから拾ったのさ。
 ついでに言うと、テメェの傷を手当してねぇのは、人の話も聞かねぇで暴れた時のた めの用心だ」
 サンジがそう言うと、男は声を荒げた。
「だから、そこで何で拾った?! 放っときゃいいだろう、だいたい俺はお前らを殺そうとし たんだぞ。なんでだ!?」

「…何となく」

「何となくだぁ!?」
 男は今にもサンジに切りかかりそうな勢いで立ち上がった。 
「そんなテキトーな理由で人の命を拾うな!」
 対するサンジは座ったままだ。
 男を見上げ、肩をすくめる。
「じゃあ理由を変えてやる」
 そういう問題じゃねぇだろう、そう怒鳴りかけた男をサンジが遮った。

「『誇り』が欲しいと言ったからだ」

 静かな青い瞳が男を見据える。
「そんなヤツは久しぶりに見た。だから助けた」
 ぐ、と男はうめいた。
「それに、面白そうなやつだと思ったし?」
 目眩でも起こしたようによろよろとしゃがみ、男は深く溜息をついた。
「…お前、本当にあの《奇跡の歌い手》か?」
「俺が聞きてぇよ、テメェ本当にあの《紅風の魔獣》か?」
「知るか、世間のやつらが勝手にそう呼んでるだけだ」
「ま、俺もそんな所だな」
 そう言って、サンジは煙草に火をつけた。
 ふぅ、と息を吐き、男の反応を見る。
「…やる気が失せちまった」
「そりゃありがたいこった。うちの道具係が喜ぶぜ」
「道具係?」
「そこでうなされてる長っ鼻のコト」
 ギリギリと歯軋りしながらうめいているウソップを一瞥し、男は再び溜息をついた。
「緊張感のねぇ奴だ」
「それが良い所さ。1日一緒にいりゃ分かる」
「とんでもねぇ、頼まれたって嫌だな」
「まあそう言わずに、試しにしばらく一緒に行動してみろよ。面白いぜ」
「…何だそりゃ。まさか…」
「その通り、誘ってる。…一緒に行かねぇか、しばらくの間でも」
 男は目を剥いた。
「勘弁してくれ、俺はつるむのは苦手だ」
「そうか? もう馴染んでると思うけどな」
 一緒に飯食ったし。俺とフツーに喋ってるし。
 サンジがそう言うと、男はわなわなと体を震わせた。
「ぐ…しまった…」
「まんざらじゃねぇんだろ。こういうの」
「い、いや、俺は…」
「いいじゃねぇか、少しぐらい。な、よし決まりだ! お前も麦わら一味の一員に決 定!」
「ま、待て待て待て待て! 俺は…」
「嫌とは言わねぇよな。テメェの命を拾ったのは、この俺だ」
「うぐ…」
 男はしばらく体を震わせていたが、再再度大きく、体中の息を吐き出すような溜息を ついた。
「…仕方ねぇ。飯も食わせてもらっちまったしな…」
「んじゃ、そういうわけで」
 サンジは内心ホッとしていた。
 男が単純で義理堅くて助かった。もし断られていたら――殺すしかなかったから。
「俺はサンジ。テメェは?」
 不承不承、男は名乗った。
「…ゾロ。ロロノア・ゾロだ」
 言いながら、男――ゾロはずっと頭にかぶったままだった黒い布を取った。
 途端に顕になったのは、短く刈り込まれた鮮やかな緑の髪。
 ――へぇ。こいつは…驚いたな。
 サンジは一瞬まじまじとその緑の髪を見つめたが、ゾロのいぶかしむ視線に気づき慌 てて視線を逸らした。
 煙草を焚き火の中に投げ入れ、とってつけたように言った。
「よしゾロ、取り合えずそこに横になれ」
 ゾロは思わず身構えた。
「何をする気だ?」
「阿呆、勘違いすんな。ケガの治療をしてやるってんだよ。おら、さっさと寝やがれ!」
 出血こそ止まっていたが、このままでは激しい運動をすればすぐに傷口が開いてしま う。サンジは、渋々言われた通り横になったゾロの傍らに座ると、右手をその心臓の真 上にかざした。
「…ケガの治療って、どうするつもりだ? 《奇跡の歌い手》は医療術士も兼ねてんの か?」
「テメェは黙って寝とけ」
 そう突っぱねて、瞳を閉じる。
 自分の心音と、ゾロの心音だけに集中していく。
 他の音は意識の外へ。命の脈打つ音だけを耳へ。
 やがて音は音楽になり、音楽は歌い手を通じて歌となる。
 サンジは口を開いた。


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