Paper message

「愛之介様、政務とは関係のないごくプライベートの手紙が紛れ込んでいました」

 忠が郵便物の束から一通の封筒を手渡してきた。

「ああ、ありがとう」

 汚い字だな、子供からだろうか。たまに子供からの可愛らしい陳情があったりするな、と思いつつ裏返してみた。象形文字? 解読に数秒かかった。

 ——『※%#……ランガ』

 ランガ? ランガくんからだと?

 しかし、なんで事務所に? という疑問は、前に名刺を渡したことを思い出し即解消した。自宅の住所を彼は、まだ知らないのだから事務所宛に送るしかなかったのだろう。

 それにしても、この字は。まあ、あの子は日本語の読み書きさほどやってこなかったと言っていたから、無理もないかと思いつつ封を開けた。

 中に入っていたのはシンプルなデザインのグリーティングカードだ。二つ折りのカードの表にはスケートボードに乗るモンスターキャラのイラストがあしらわれ〈THANK YOU〉と印刷されていた。

 こんなデザインどこから見つけてきたのか。カードを開けば、メッセージが。こちらはランガの直筆か。やはり下手くそな字で「アダムへ いつもありがとう」と書かれていた。

 同じことではないかと、クスリと笑う。

 たったこれだけの、どうってことのない、そっけない文面。全く飾り気がなく彼らしい。

 言外に〈迷惑だから〉をにおわせつつ「申し訳なくて、これ以上受け取れない」とか「もう気を使わないで」というメッセージではなかったことに、ホッとする。

 つまり彼は拒絶していない。自分の好意を受け止めてくれているし、今後も受け止めてくれるのだと思わせるに十分だった。

 知らず知らずに頬が緩む……と、視線を感じ顔を上げれば、忠と目が合った。忠は一瞬目を丸くして、気まずそうな様子で手元の書類に視線を戻した。

 コホンと軽く咳払いをする。

「ランガくんからの、僕に対する感謝を込めたグリーティングカードだ。そんなありがとうと言われるようなことをした記憶はないのだが。律儀な子だ」

「礼儀正しい子なんですね」

「それにしても、彼はまだ日本語が不慣れなようだ。この字でよく届いたな」

「郵便番号と、所々解読できれば、この事務所であることを推察できるのではないでしょうか」

「なるほど。日本郵便は優秀だな」と実にどうでもいいことに感心してみせた。

 気が緩むと締まらない笑みを浮かべてしまいそうで、忠から表情を捉えることができないだろう角度に体の向きを変え、もう一度カードに触れ指を滑らせた。すべすべとした、しかし温かみを感じさせる紙の質感。いいものだと思う。字を打ち込み送信すれば、秒で終わってしまうメールやメッセンジャーなどのデジタルとは違う。

 アナログ媒体ゆえの手順がある。まず、相手の顔を思い浮かべなからふさわしいカードを選び、購入し、自分の心と向き合う。何を伝えたいのか、想いを文章にまとめないといけない。そしてペンを手に取り、何度か下書きをして清書する。

 だからこそ、その手間と、彼の心を受け止めることに大きな悦びを感じた。開封したその瞬間、確かに彼の想いが届いたのだ。気のせいだなんて誰にも言わせない。

「アダムへ いつもありがとう」

 たったこれだけの短い文。だが、ここに至るまで、彼は間違いなく愛抱夢のことを思ってくれているのだ。愛之介はそのことを胸に刻み目を閉じた。

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