プレゼントの理由

 息子宛のプレゼント、思い返してみれば豪華な赤バラの花束が最初だった。

 それにしても、これほどのバラ、どれだけ値が張るものなのか。間違いなく五桁はいくだろうと困惑したことを覚えている。

「こんな高価なバラ、どうしたの?」と訊けば、「貰った」の一言。

 それはわかるのだが、知りたかったことは、誰がどのような理由でこれをランガにくれたのか、ということなんだけれど。

「どなたからいただいたの?」

「スケートの人」

「お友達?」

「友達とは違うと思う」

 友達でない? まさか恋人とか? いいえ。女性が男性にこんな大きな花束というのも不自然だと菜々子は首を傾げた。

「どのような理由でくださったの?」

「お近づきの印……とか言っていて、意味がわからなくて友達に教えてもらったんだ。そうしたら、これからよろしくってことだとか言っていた。俺、まだまだ日本語知らないよね。もっと勉強しないと」

 よろしく、にしては大袈裟すぎると思うけのだが、息子は気にしている様子はない。

 どうしよう。しつこく聞き出そうとすれば煙たがられるだろうし、怖くて追求できない。こんなときに父親がいてくれれば。

(助けて、オリバー)

「そ、そうね」

 笑ってみせたけれど、引きつっていたと思う。息子は気に留めてもいなさそうだった。

 それより、夜勤前にバラの花を生けてしまわないと。

 流石にこれほどの本数のバラをまとめて生けられる花瓶なんて我が家にはない。分割するしかなかった。小さな花瓶とグラスと……足りない。もうワインクーラー……バケツでもいいかしら。

 それ以降、そのようなプレゼントが贈られることもなく、この一回だけで終わった……と思っていたのだけれど、それからしばらく経ってのこと、また豪華な赤バラの花束を抱えて息子が外出から帰ってきた。

 その日はスケートのローカルな大会で息子が優勝したとかで、その祝勝会があったという。そのパーティ会場で、前に赤バラをくださった人からいただいたのだと説明してくれた。

 そのときはとりあえず納得した。しかし、それからもちょくちょくお土産を貰ってくることが気になった。

 花、小物、菓子……と、びっくりするほど高価なものでは無かったが、それでもどれもこれも確かな質のものを吟味されていることが何となくわかった。

「どうしたの?」と訊いてみても「貰った」の一言で済まされてしまいそれ以上聞き出せないでいた。

「もしかして最初に赤いバラをくれた人と同じかたからいただいているの?」とおっかなびっくり質問すれば「そうだよ」と何でもないことのように答えたきり、そこで会話は途切れる。

 やはり、これ以上踏み込むことはできなかった。

 まさか……まさか、スケート友達というのは嘘で、実はママ活!? 息子は親バカではなくそれなりに目立つ容姿だ。学校でプリンスと呼ばれていると、暦くんが言っていたくらいだから、客観的にみてもそうなのだろう。

 嫌な想像が脳裏をよぎるが、慌てて否定する。女性が多い職場での休憩時間に色々な女性週刊誌ネタなどを耳にし過ぎているせいだと思う。そもそも嘘ならば隠そうとするはずだ。こんなにあっけらかんとしているはずはない。だいたいランガはそんな嘘をつくような子ではないし、嘘をついたところで、すぐにバレるような嘘しか言えないだろう。

 ああ、もう。こんなときに父親がいてくれれば、もっと突っ込んで腹を割って男同士の話をして、アドバイスをしていただろうに……と思いかけ、首を左右に強く振った。

 いいえ、そんな弱気ではダメ。オリバーはもういない。私がしっかりしなければ、と菜々子はキュッと口を強く結んだ。

 そんなふうに、ぐるぐると思考を巡らせていたとき、不意に呼ばれた。

「ねえ、母さん」

「え? 何かしら」

 なるべく平静さを装ってにこやかに返事をする。

「あのさ、俺、いつも貰っているばかりで、何か返した方がいいのかなって。くれた人は気にしなくていいって言うんだけど」

「プレゼントの理由によると思うわ。そのかた何故色々プレゼントをくださるの?」

 この会話をきっかけに、話を聞けるかもしれない。でも、うるさがられないよう慎重に言葉を選ばないと。

 ううっ……緊張する。

「お礼だって言うんだ。俺に救われたんだって。でも俺、自分が何をしたのかよくわからなくて。訊いても、笑っているだけなんだ」

「どんな方なのかしら?」

「すごいスケーターなんだ。俺よりずっと年上の男の人だよ」

「一緒に滑って楽しいのね?」

「うん。暦と一緒に滑るのと、また違うんだ。暦と一緒だとワクワクしていつも笑い合っていて、すごく楽しいんだ。で、その人と滑ると、スリリングでヒリヒリするスケートというのかな。でも一緒に滑ると、ふたりとも同じくらいドキドキする。その人も俺と滑るのが楽しいんだって」

 目をキラキラさせて、身を乗り出して息子は説明する。スケートの話になると表情が生き生きと明るく輝きはじめる。昔、父親とスノーボードの話題で盛り上がっているとき、雪山へ出かけるとき、こんな表情をしていたっけ、と思わず笑みがこぼれる。

 父親を亡くしてから、ずっと失っていたものだ。スケートと出会って取り戻せたのならば、心からよかったと思う。もしお友達がスケートを教えてくれなかったら、この子は……。

「ねえ、もしランガがスケートに出会わなかったら?」

「父さんがいないんだ。俺、沖縄でもひとりぼっちで、楽しいことなんてなくて……考えたくないな」

「それなら、暦くんに感謝しないと」

「うん、感謝している」

「あなたは暦くんに救われたのね」

「そうだね。俺、暦に出会っていなかったと思うと怖い」

「でも、きっと暦くんはあなたを救ったなんて思っていないわ。それにね、あなたも暦くんを救ったのよ」

「俺が?」

「暦くんが前に言っていたの。あなたに会えなかったら、ずっとひとりぼっちでスケートしていたって。だからランガに会えて、本当によかった。毎日が楽しい。そんなことをね、照れ臭そうに言っていたわ」

「そうだったのか。俺、気がつかなかった」

「そんなものよ。だからきっとその人も、あなたに救われたと感じることがあって感謝しているんだと思う。あなたと暦くんは同い年で対等だから、お礼とか考えずにずっと楽しく一緒にいればそれで自然なの。でも、その方はずっと年上だから何かをしないと気が済まなかったのかもしれないわね」

「そうなのかなぁ。俺、スケートは仲間と滑るから楽しいって、言っただけなのに」

 多分そんな些細なことだと菜々子は思う。何気ない言葉。発した本人は大して意識していないどうってことない一言が何かの気づきになることもある。

「その方、不器用なのよ。あなたもだけど」

「俺、これからどうしたらいいんだろう?」

「そうね……」

 菜々子は考えをまとめようと宙に視線を泳がせた。

 オリバーなら……あの人なら何を言うのだろう。どのようなアドバイスをする? 思い出さないと、オリバーを……。

 菜々子は顔をあげ、ニコッと息子に笑顔を見せた。

「普通でいいわよ。自然にね。ランガが感じるまま。自分の心を優先して。感謝も好意も行動や言葉で素直に表現すればいいわ。それとね、年上なら礼を尽くさないといけないとは思うけれど……」

 少しだけその先を言葉にすることを躊躇してしまった。ランガは「何?」と不思議そうな顔をした。

 そうね。きっとオリバーなら……。

「もしも、もしもよ。例えば、その人から何か嫌なことを要求されるようなことがあったら、何かを貰っているからとか何かをしてくれたから、という理由でイエスと言ってはいけない。自分を大切にしなさい。きっと父さんならそれを強く言うわね」

「うん、わかっているよ。父さんにずっと言われてきたことだから」

 ランガは胸を張った。

「もし、お礼の気持ちを伝えたいのなら、グリーティングカードを送っておいたら? そして誕生日とかイベントのときにそんな高価ではないものをプレゼントしたらいいわ。あなたは学生なんだから、それで十分よ」

「そっか、そうするよ」

 菜々子は微笑んだ。

 おそらくそんな下心があってのプレゼントではないのだろう。でも、何かあったとしても、息子を、息子の判断を信じようと思う。過保護にならず干渉せずに。大丈夫。オリバーがずっとそう接してくれていたのだから。

 菜々子は胸に手を当て目を閉じた。オリバーはここに、そして息子の中で生きている。

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