『 願い 』

61
空がしらじらと明けた頃にそっと自分の横に身を滑らし王子を思い出していた---眠っていると思っているのだろう。
手に、小さく息を吹きかけ、擦り合わせる音…やがてそっとキャロルの頬に優しく触れる---
(…暖かい…)
「…姫…夢路を辿っているのか…私は…此処に…傍にいる…心を飛ばさないでくれ…」
呪文を唱えるようにそっと呟き、キャロルの腰に手を絡み付ける様にまわした手---やがて静かな寝息が聞こえてきた。
(王子…貴方が今はもう怖くない…)王子の手に、キャロルは自分の手を重ねると---眠りについた。

「ざわめきが、ここまで聞こえる」広間で商人達の賑わいが、離れた部屋まで聞こえる様子に
(一体、どの位の人が集まっているのかしら)
西日が入り込み、少し暑い部屋は…今は明るく開け放っていたが、風に当たろうと鎧戸に近づき、見下ろすと護衛兵達が、至る所に配置されていた。
「脱出を警戒しているんじゃないわ、守ってくれる為に…」気付いてしまえば、意地悪な言葉の裏に隠された、ガラスの様に繊細で、少年の様に純粋で不器用な王子の心に、今は信頼を寄せているキャロル----

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「痛いだろうね、そこから飛び降りたら…」ムーラを伴い王子が戻ってきた。
「あ…おかえりなさい…」恥かしそうにキャロルが出迎えると
「あ…ああ…」思っても居なかった返事に、戸惑い返事をする王子----そのまま黙り込んでしまった二人に
「あら、まるで婚儀をあげたばかりのご夫婦のようですわね」ムーラが口を開くと。
「な、何を…姫、準備が整ったぞ、ムーラ、荷を置いて下がっておれ」「はいはい、私はお邪魔ですものね」
「ムーラ!」きつい目を向けるが、ムーラは意にも介さない

「姫君、御用があればいつでも、お呼びくださいましね」楽しそうな顔をキャロルに向け、部屋を出て行く---
「全く、何なんだ」顔をキャロルに向けずに、荷を解いていく。(照れているんだ…)微笑むキャロルに気付くと
「…何を笑っておる…」ぶっきらぼうに言いながら、キャロルを抱き締める。
「…もう一度…さっきの言葉を…」王子が話す度に、肩に乗っている王子の顎が動き、くすぐったい----
「おかえりなさい…」「今…戻った…しばらく、こうしていてくれ」更にきつく、抱き締めキャロルに優しい口づけをする。
「…このまま…姫に酔いたいが、明日出発する」キャロルを抱いていた手を放し、「色々と楽しいものがあるぞ…」
次の朝、キャロルの金髪は赤髪へと変わり、肌もやや浅黒くなったキャロルになっていた。
キャロルの変身を楽しそうに見つめ、髪に触れ「ヒッタイトの川の色だ」
「あと、数刻で出立する」厳しい顔に変わる「はい!」青い目に強い光が灯った---

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ルカが、手配してわざと手薄にさせた回廊の柱の影で、二人の男が周りを伺う様に話をしていた。

「それで…黄金の姫様は…今も?」「ああ…イズミル王子の元にいる」深く溜息を付くハサン---
「俺は、いつかこんな日が来ると思ってたんだ…で、戦になるのかい?」
「姫が此処にいる事は、ごく少人数しか知らぬようなのだ。
兵士も戦の準備をしてないから多分直ぐに戦にはならないと思う」(さすがだな…ハサン)
「ただ、姫を伴いエジプトに行く事は分かっている」
驚いた様に口を開け「姫様を?イズミル王子は何を考えているんだ?」
「…それは私にもわからない、が、ハサン協力して貰えないか?」
「何をする気だ、ルカ」
「私のせいで、姫は王の元へ戻れなくなった」俯き話すルカを憐れむように見つめるハサンは

「……姫様の事だ、何も無かった様に王の元には戻る事はしないだろう、
それを見据えてエジプト行きか…王子も考えたな」
「それにしても…王子は、どうして戦を仕掛けないんだろう?こんな機会を見逃すなんてな」考え込むハサンに
「ハサン、姫は王子と共にエジプトに行く…私は姫と生死を共にするつもりだ、が、
出来るだけ危険は回避したい、同行してくれないだろうか?」
「…頼まれなくても、話を聞いたからには付いて行くさ…」(俺に持てる力の全てで守ってやるよ……)

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「それで、どうやってエジプトへ行くつもりなんだい?特に国境の警備は凄いぜ」道中の様子を詳しく話して聞かせると
「今宵、集まった人への労いの宴が催される、明日の朝、その人ごみに紛れて出立するとの事だった」
「へぇ---ルカ、お前は、その…動けるのかい?」不思議そうに問うハサン---
「ああ…見張りは付いて、宮殿内だけはね…姫の…心遣いだろうが…」目を伏せたルカに
「い、いや、とにかくルカが動けたおかげで、事情が分かったよ、でも俺が一緒に行く事を王子は納得するだろうか?」
「何としてもさせるさ…ご自身も無事にエジプトに行く為には…過ぎた用心など無いだろう?」
「それじゃ、ここから動かないのが一番安全だろうよ?エジプトに何かあるのかい?」
「…さぁ…それは…」「わかった!!取り合えず、俺は準備に取り掛かる…」
「ああ…では明日、皆が帰る頃に入り口近くの植え込み近くで落ち合おう」
「わかった」ハサンが、辺りの様子を探りながら広間へと戻っていった----

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一夜明けて、宴に出席していた商人・町人達がぞくぞくと城が出て行く
その様子を王宮の一番高いバルコニーから、イズミル王子が城下を見下ろしていた。
それに気付いた者達が、口々に思い思いの事を叫び、手を振りながら帰っていく----

----「そちが、ハサンか?同行を許す、が、怪しげな動きがあれば即刻切り捨てる。」
威厳に満ちた低い声…全身から滲み出る、抜き身の剣の如き鋭さ---
初めて間近で見て言葉を掛けられたハサンは、王子の、恐ろしい迄の威圧感に圧倒された。
「は、はい!」(相変わらず恐ろしい王子だぜ…にしても身代わりを立てているとは周到だな)

そして、王子の背中に隠されるように、おずおずと顔を出す---
「…ハサン…」所在なさげに声を掛けるキャロル…
「黄金の姫様…また一緒に旅が出来るな--にしても、どうしたんだい別人みたいだ」
(青い目は隠せないが、肌の色が違う…)全身をあちこちと遠慮ない視線を這わせる---
キャロルがベールの中にまとめている、髪を一筋掬い「髪も、ホラ赤毛なの、多少の水にも平気な染料なんですって」
陽気に振舞うキャロルが、尚更に痛ましく見えてしまうハサン----
「その髪も似合うね、黄金の姫様。会えて嬉しいよ」笑顔がこぼれる
そして、キャロルを取り囲む様に、居並ぶ同行者達を見回す。
(…皆…怖い目をしているな、選りすぐりの兵士ってわけか…)
その中からずいっとハサンへと進み出る者---

「私はムーラ、姫君の事を『黄金の姫様等』等と呼ばぬように、くれぐれも分をわきまえた振る舞いを、お願いしますよ」
冷たい一瞥をハサンに投げつける。
「はいはい、心得てますよ」両手を頭の後ろで組み、拗ねた素振りの後、悪戯っぽい笑顔をキャロルに向けた。

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「それで、ちょっと見て欲しいモノがあるんですが」少し離れた場所に垂れ幕で覆われている、荷馬車へと先導し垂れ幕を開ける---
中には大きな壷がびっしりと入っている。それを軽々と外へと置くハサン。
「ハサンって、凄く力持ちだったのね」驚くキャロルに
「黄金の姫様、そうですと、言いたい所ですがね、あ・げ・ぞ・こ」驚かせた事が嬉しいのか、得意満面のハサンに注意を無視したハサンの言葉に、キツイ目を向け、こめかみを押えるムーラ---
そのやり取りを見て微笑むルカ----

「えっと、ここからは本物だから、一人ではちょっと無理」すぐにルカが手伝い、全ての壷を降ろし終えると、荷台の床板を剥していく
「狭いですが、此処に二人位なら入れますぜ」王子に伺うような視線を向ける-----
「ふふっ---そなたが、使えると言うのは真であったな」ニヤリと笑い、「では、私達はそなたの荷馬車に乗ろう」
その後、支持を幾つか商人に扮した兵士達に与えると。
「では、出立する!!」隊商に紛れて----隊商に扮したイズミル王子一行は一路エジプトを目指す----

夜の砂漠を突き進むのは、危険と判断した一行はシリア砂漠のオアシスで休憩を取っていた…
「姫…出てきても良いぞ」荷台の床板を外してキャロルを抱き上げ、地面に降ろしてやる。
「…ええ…(シリア…)」さらさらと足に纏わり付く、砂を踏みしめ今はひんやりと冷たい感触を懐かしむキャロル---
キャロルの背中に何か声を掛けようとして…口をつぐんだ王子---王子の様子を見ていたムーラが、キャロルに話しかける
「姫君、お飲み物をお持ちいたしましょう…」「ぇっ!…はい、お願いします」促され、火を囲んでいる皆の傍に行くと手招きしていたハサンの傍に、腰を下ろし足を伸ばすキャロル。
王子は、キャロルの様子に目を配り、兵士達を集め対策を話し歓談していたが、「ここよりは、更に警備が厳しくなるであろう、心する様に」

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やがて、寝入ってしまった様子のキャロルを荷馬車まで運び、そのまま皆から離れると小さな泉の淵に腰を下ろし水面に映る月を眺めていた-----「王子、宜しいでしょうか?」声を掛けたルカを、振り向きもせずに「いや…丁度喉も渇いていた」ルカが手にしている、葡萄酒が、まるで見えているかのように---

「話があるのだろう?」葡萄酒で満ちた杯を渡し、ルカは王子のやや斜め後ろへと肩膝を付いた-----
そのまま水面を見つめながら、静かに杯を口に運ぶ王子-----
「王子…」砂漠を渡る風に、言葉が掻き消えてしまう程の、遠慮がちな問いに-----
水面から視線を外さず「ん…何だ?申してみよ」低く通る声---
「何故、エジプトなのでしょうか?」杯の中に映る小さな月に指を入れ、広がる波紋を見つめ、飲み干すと
「…責められ、憎まれていたならば…違う選択もあったかも知れぬな…」飲み干した杯の淵に指先を這わせ---
振り向いた王子の、空になった杯を満たすルカ-----

「…賭けかも…知れぬ…自分の無鉄砲さに笑えるが…」小さな笑い声は、とても淋しく聞こえた---
「あのまま、隠しきれるものでもないだろう?…」(父王の耳に入れば…破綻はいつ来てもおかしくはなかった…)
何を賭けているのか、ルカはそれ以上聞く事が出来なかった。

「そういえば…ルカ、姫に何かしたな?」目を細め笑いながら問う王子---
「えっ!?わ、私は何も」焦って否定するルカに
「姫の心の強ばりが和らいだのだが----まぁよい。そろそろ戻らねば皆が心配するな」ゆっくりと腰をあげてルカの頭を、くしゃっと乱暴に撫で、戻って行く王子を、慌ててルカが追いかけていく----

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シリア砂漠を渡る一行は度々、止められていたが、ハサンの荷馬車で、無事に切り抜けてきた。
最後尾を走っていた馬が、真ん中の葦毛の馬まで近寄り「これより、駱駝は捨て、一刻も早くエジプト入りしましょう王子も、例の荷馬車の中へお入り下さい」将軍は、急き立てるように告げ、先頭まで駆け出して隊列を止めた---

「姫、もう少しの辛抱だ、苦しくはないか?」王子と共に隠された荷台に揺られてしばらくして---
狭い場所での密着感…王子はキャロルの頭を振動から守るように、腕の中に抱えていた-----
トクン・トクン・トクン・・・・少し早い規則正しい鼓動が脈打つ、その胸の中---
「私は平気…王子の方が疲れているでしょう?」「おや、私を心配してくれるのか?では…」軽く唇を合わせると
「疲れは、癒えた」おどけた口調で話す王子の心遣いが、今は素直に受け入れられた
-----「しっ!」王子の胸に更に強く押し付けられる。

ガヤガヤと人が慌ただしく話す声、(また…私を探しての詮議が始まる…)
メンフィスの命を受けて探す者達…王子の命を受けてエジプトへの旅の供をする者達…どちらも命を掛けてのこと---
今更ながらに、自分がこの世界に居続けている為の混乱を思い胸が塞がりそうだった。
「荷を改める!」(今回は、特に念入りだわ)荷物を開けてまで調べている音が聞こえる-----
王子の胸でギュッと目を瞑り(どうか、見つかりませんように)祈るキャロル-----
「全ての荷を降ろせ、中身も出して全ての持ち物も調べる」その声に観念したように激しく震えて…
(王子と一緒にいる今…ついにメンフィスの前に、民の前に『裏切り者』として引き出される…)

(えっ?)キャロルの髪を梳く優しい手----見上げたキャロルを優しい瞳が包む…
自分を激しく恥じていた…。見つかれば王子は命が無いのに、自分の事よりもキャロルを安心させようとしている。
辛い時にこそ、まず相手に手を差し伸べてくれる-----優しさには不思議な力があると---
「あれ?ハサンじゃないか」その時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「えっと---ウナス?」覚悟を決めたハサンにも光が見えた(これは、上手くいくかも?いや、いかせてみせる)

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「一体何があったんだい?」とぼけてウナスに問いかける、「…お前になら話してもいいだろう、実はキャロル様が行方知れずでな」「…成る程、でも困ったな黄金の姫様は居ないのか…姫様に珍しい極上の香油を届けに行く所だったのに」
「そうか…じゃ荷は?香油なのか」「そうだぜ、折角香りが逃げない様に工夫してたのに、まぁしょうがないよな」
悔しそうに荷を降ろそうとするハサンに「あっ、いいよ」ハサンを制止するウナス。
「…でも、いいのかい?」「ハサンはキャロル様に何かするとは思えないよ」「ありがとよ」ホッと胸を撫で下ろし荷をまとめ、出発しようと馬に乗り込んだハサン----その目に黒い集団が砂煙をあげ近づいてくる-----

「王が見えたぞーー」その場に居たものは、全て膝を付いて出迎えている。
ハサンも馬から降りて、膝を付いた(一難去って…今度こそヤバイかもしれない)背中から嫌な汗が吹き出してくる。
「ウナース、どこだーー」キャロルの耳にも届いた--その声-----(メンフィス…)心臓が苦しい程に早鐘を打つ-----

「王!」ウナスとハサンの前に馬上から声を掛ける「キャロルの事は何かわかったか?」「いいえ…申し訳ありません」
「何をもたついておるのだ!一刻の猶予もならんと、申しておるに」激昂するメンフィスが、ハサンに気が付いた。
「そなた…確か?キャロルに解毒剤を持ってきた者ではなかったか?」
「は、はいっ!ハサンと申します」横からウナスが話に割って入った
「王、この者キャロル様に香油を届けに参ったそうです」「キャロルにか?」メンフィスの表情が優しいものへと変わる。
「…そうか、キャロルに…面をあげい」恐る恐る顔をあげるハサンの目に、黒い装束に身を包んだメンフィスが馬上から声を掛けた。

「この先も宮殿も警備が厳しくなっておる、これを持っていけ…この私が許したとな」
言うと指から、まばゆい黄金の指輪を引き抜き、ハサンに向って放り投げた
「行くぞーー」と砂煙をあげて、あっという間に駆けていった---
ハサンも、そそくさと出発した----

---自分の回りの時が止まってしまったように、瞬きさえしないキャロル「…心とは…厄介なものだな…」
王子がポツリ---つぶやいた----


(分岐しています)
●「願い」そのままで→「王子の傷ついた左手」を取る。
●最後は幸せに→「王子の右手」を取る。


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