『 願い 』 王子の傷ついた左手を取る-- テーベの郊外にハサンが手配してくれた家に、供を最小限に分けて王子・ムーラ・将軍・ルカ---そしてキャロルとの生活 庶民の生活…王宮で何不自由する事もなかった王子には、さぞ不便だろうと思っていたキャロルだったが--- 王子は、とても自然で---むしろ楽しんでいるようにも思える程だった。 市に買い物に行ったり、店の者に気軽に声を掛けたりしながら---珍しそうに、あれこれと説明したり聞いたりしている 「やはり、テーベの都は交易が盛んだな、ここがどの国なのかも分からない程に…」 何気ない会話にも感じる、(王子は王になるべく生まれた人なのね)と---- 借りた家の庭には、小さな葡萄棚があった、そのの下で、二人は賭けをする… 「熟れているか、熟れていないか」子供のようにはしゃぐ王子--- 二人で同時に、口に入れた---王子が顔を歪めて吐き出した。 「姫!吐き出せ。まだ熟していない」と慌てる王子… 「もう食べてしまったわ」笑いながら答えるキャロルに 「姫は…もっと傲慢に我侭になった方がいいぞ」怒った顔をみせた---穏やかな時間が流れているが、キャロルの心中は平穏とは、およそ程遠い所でもがき苦しんでいた---- 乾いた風の匂い…同じ空の下にメンフィスが、同じ暑さを感じ、同じ空気を吸っている… 懐かしい匂い…(私の幸せは…全てここにあった) エジプトは…メンフィスとの思い出に繋がってしまうことが多すぎた… ここに、迷い込み、求められ、拒絶し…いつのまにか心の中に芽生えていた感情--- もう…会うこともない…命よりも愛しかったメンフィス… 罵られ、蔑まれ、傷つきたい…そうすれば今ほどに苦しむことはないのに… 砂漠で声を聞いた時、頭の中では理解してたはずなのに…耳がメンフィスの吐息さえも聞き逃すまいと無意識のうちに出た行動----(まだ…忘れることができない)断ち切れない想いを持て余していた。 そんなキャロルに、追い討ちをかけるように、民の声がじかに、耳に入ってくる----- --「王妃様は、まだお戻りにならないのかしら?」 --「まさか、ナイルにお帰りになったのかしら?」 --「いやいや、そんな事はあるわけないじゃないか、王妃様はエジプトの守り神、必ずお戻りになるさ」 --「神殿に届け物をして、王妃様のご無事をお祈りしてきたわ」 --「王宮の兵士に聞いたのよ、メンフィス様はひどく憔悴してて夜も余りお休みにならないようだって」 --「私も、見たわ、毎日あちこちと馬を駆られて…王妃様を探しているのを」 --「お可愛そうに、どんなにかご心痛だろう」 --「王妃様の無事を祈ろう、王の元に戻っていただけるように…」 --「なぁに、私の息子も先の戦で戦死したが…きっと姫様をあの世から守っているはずさ、私は息子を信じているからね」 テーベ中が自分の身を案じ、帰国を待っている… 自分に寄せる信頼と願望がキャロルに王妃としての身分が、今は重い鎖となって自分を縛り付ける。 エジプトに来てから王子は、寝所こそは共にしているがキャロルを抱こうとはしない… キャロルを気遣ってなのかもしれない…でも…強く抱かれて忘れさせて欲しい時もあった。 愛とはよべないのかも?…でも、命を掛けてエジプトへ自分の責務すら犠牲にしてくれた哀しく、優しい人--- 王子の気持ちを意識して行動してしまう--- まるで、『太陽と月』正反対の二人---- いつでも、真っ直ぐに自分の情熱を迷う事なくぶつけてくる---光を浴びせ、自ら光り続ける太陽 傍らで眠る王子は…満ちては欠ける月のように様々な変化を見せる…時に恐ろしい迄に激しく怒り、哀しみ、少年のような 瑞々しいまでの優しさ… 太陽に傍に居れば?…月を想い出してしまう---太陽には近づく事も出来ないのに…太陽を囲む民が太陽へと切望する… ---太陽と月は交わる事はない、決して! 私は…私は、王子とメンフィスに優劣なんかつけたくない… いっそ…二人の前から消えてしまおうか? 大声で叫び出したい衝動にかられる、(…本気の心で向き合うと誓ったのに…でも…選べない…) 王子は、眠ってはいなかった… キャロルが、何度も寝返りをうち…時に声を押し殺し、泣いているのを背中越しに感じていた。 (…抱きしめたい!躰を震わす心ごと抱きとめ鎮めてやりたいのに…) …そうして、明け方に浅い眠りにつくキャロルを確認してから、ようやく目を閉じる---そんな毎日… 何度も胸の中で抱きしめ、その涙を胸の中で吸い取ってやりたかったか--- 唇から血が流れる程に奥歯をかみ締め…その耐え難い衝動をギリギリで抑え込んでいた--- ---王子の賭け--- (一人の孤独は耐えられる---だが、心より望んだ愛する姫といる…二人でいる孤独感には、もう耐えられない…心を通わせたい…このどうしようもない孤独感から解放される為に…今は見守ろう、姫自身が私を選んでくれるのを…) 限界だった…愛されている自信があれば----それが欲しい!どうしてもどうしても欲しかった。 しかし、極限のストレスは、キャロルの身に深刻な事態を招いていた。 「姫…そなた痩せたな」心配げにキャロルの痩せた頬を優しく触れる… (王子に心配をかけられない…) 「そんな事ないわ、ほらね」目の前の食事を無理矢理に口に入れる--- 王子の目の前で、必死に吐き気を我慢するが、その後全て吐いてしまう…その繰り返し--- キャロルは食事を受けつけられなくなっていた… やがて---先に身支度を済ませ、いつまでも起きてこないキャロルに王子が呼びかける。 「今日は随分と寝坊だ…ひ、姫?」いつになく取り乱した王子の声に、ムーラ達が駆けつける。 「姫君っ、姫君」「医師を…医師と薬師をすぐに呼べ」必死にキャロルの名を呼びつづける… 「………どうしたの?そんなに大きな声を出して…」弱々しい声で返事をして、握られた手を握り返すが… その力は余りにも頼りない---そして、再び意識を失った--- 「あっ…王子…」キャロルは湖の横にある木にもたれて、湖面を見つめている王子に駆け寄ろうとする。 けれど、体がピクリとも動かない?! 後ろを振り返ると、傷を負った沢山の兵士が泣きながら、キャロルに縋っていた--- 王子の方に視線を戻すと、ミタムン王女がキャロルに向って膝を折り、胸で両手を組みキャロルに祈っている--- (…一歩も動けない…)ミタムン王女と兵士を交互に見ながら、キャロルは大声で叫んでいた。 「姫っ、姫!夢だ!姫、目覚めよ」(---王子の声…心配している…私は平気よ…早く目を開けて安心させたい…) 目をあける行為が、とても難しい行為に感じるた…ようやく王子の顔をみる事ができた--- 「姫…怖い夢をみたのか?…私が傍にいる、心配はいらぬ」(…ゆめ…夢だけど、あれは夢じゃない--私自身) 「---ずっと…手を握ってくれてたのね」微笑んだキャロルの額の汗を、そっと拭いてやる王子--- 「……ひどく衰弱してますな……」見立てを終えた医師が王子を振り返る。 「それで、命に関わる事はないであろうな?」医師の胸元を掴み、急き立てるように質問する王子。 「お気持ちはわかりますが…このままの状態が続き…いずれは水物さえも受けつけますまい…」王子の剣幕にたじろぎながら、ようやく言い終える医師--- 「死ぬ---と?」---王子と視線を合わさずに小さく頷く。 どの位そうしていただろう… 「王子、少しお休み下さいませ私が代わりましょう」ためらいがちに言葉を掛けた。 「…よい…目覚めた時に私がいなければ…不安になるであろう?」王子はキャロルから一時も目を離さない--- 「王子…これをご覧下さい」「なんだ」ちらっとムーラを見る「…それは…何だ?」 ムーラは手にしていた布を王子に手渡し「姫君が…お体に…巻いておりましたものです」医師がキャロルの体を診る前にキャロルが自分ですると言い張って譲らなかった、体と髪に塗っていた染料を確認しようとして--- (姫君の白い肌が見つかれば…すぐに兵士たちがやってくる)…衣装を脱がしたムーラは幾重にも、巻きつけていた薄絹… それを剥ぐと、やせ細った…キャロルの体を見て言葉を失った--- 「何てことだ!!」(私のせいだ…気付けたのに…意地を張らず、我慢などせずに、この胸に抱いていれば…) 「守っているつもりで…笑止千万---滑稽だな私は…」 ムーラが今にも泣き出しそうな顔を王子に向け「王子、すぐにヒッタイトへ姫君と共に帰りましょう」 ゆっくりと頭を左右に振り「……無理だな---旅は…死出の旅に繋がる…」 「…王子?では…?」---王子はそれ以上ムーラの問いに答えることはなかった。 「---王子…寝てないのね…」時折目を覚まし、王子を気遣うキャロルに「私は姫の寝顔を…ただ見ていたいだけなのだ」キャロルの赤い髪に口づける。 「寝顔なんて…見ないで」恥かしそうに顔をそむける「では、どの顔なら見ていてもよいのだ?」二人顔を見合わせ笑う--- 「…あの…お願いがあるの…」おずおずと、言いにくそうに問いかけ、王子の反応を伺う… 「姫からの頼み事とは初めてだな…何だ?申せ、そなたの願いならどんなことでも叶えると…何度も言っているだろう」 初めての願い事に…嬉しさを隠そうともしない王子の顔---見つめ合っていた視線を外し… 「…あのね…もし、もしも私が死んだら…」キャロルの言葉を王子が遮った。 「何という…バカなことを…」「お願い…最後まで聞いて」「………」キャロルの言葉の力に無言で頷く王子に 「怒らないで…人は…いつかは死ぬわ…もしもの話よ 」 「私の最期の時には…この赤い髪のまま…ヒッタイトで眠りたい…」(私は…もう…) 「---それは、私と共に…私の腕の中で眠る事を選んでくれるということ--か?」青い目を見つめる… 「ええ…王子が…とても好きよ…」慈愛に満ちた青い瞳で、王子を見つめ返した--- 「……私は…この場で死んでも悔いはない…」キャロルを抱きしめる…折れてしまいそうな細いきゃしゃな躰を--- その抱きしめている腕は、小刻みに震えていた--- 「死」には「死」を持って償うしかない…王子の傍で命を終える…それが王子の為にも…エジプトの為にも最良の選択だと… エジプトの為は、ひいてはメンフィスの為にもなる事だと… それが自分に出来る全てだと、それしか道はないのだと----- 「王子…抱いて」痩せて細くなった腕を王子の首にまわす---(姫は…死期を感じとっているのか?) 「…姫…そんな事より今は一日も早く元気になってくれ…頼む…から…」(私の腕の中で…死ぬつもりなのか…) ---人前で涙することなど無かった王子の目から、幾筋もの涙がつたっていく--- その涙をキャロルの細い指が拭ってゆく「…子供みたい…」そう言うキャロルも…また、泣いていた。 「…そうだ…ミタムン王女の…寝台の下を…」言い終える前に夢幻のひずみに落ちてゆく--- 「そなたを決して死なせはしない…生きていてくれるだけでいい、今は…それしか望まぬ…」 キャロルの頬に、次々と落ちていく涙---- 「心が砕けても、我が命と引き替えにしてでも---決して死なさぬ…死ぬ事など許さぬ…」 「ああ…この方がいい…」しっかり抱きしめていなければ、湯から浮かびあがってしまいそうに軽くなった躰をしっかりと腕に抱き、香油を浸らせた布で、丁寧にゆっくりとキャロルの躰の染料を落としていった。 「…この白い肌に…初めて触れた喜びは、いまも心に熱く刻まれている…」 「黄金の髪…きれいだ…この手触り…いつまでも触れていたかった」キャロルの体に別れの挨拶をしているように…手に記憶させてゆくように---シャラシャラと優しい音色が湯殿に響いている--- 衣装を着せ終えると、キャロルの衣装箱にしまってある、守り刀と…今は変色して茶色くなっている布の包みをほどき『王のしるし』を取り出し…一瞬の躊躇の後、キャロルの首にかけた。 守り刀を抜き、キャロルの髪を少し切り、布でくるみ大事そうに懐深くにしまい込み替わりに小さな小瓶を取り出し…守り刀を自分の髪の中に戻した--- そうして…小さな瓶に唇をつけ口に含み…少しづつキャロルの唇へ流し込み顎をあげさせ…確実に飲み干させ終えると…(…もう一度だけ…抱きしめさせてくれ…)キャロルの命の温かさを愛しむように抱きしめる。 「ルカ!…後は…頼むぞ」「はい……宜しいのですか?」「…ああ……後は、姫の心が決めることだ…」 ルカが王子と同じ瓶を懐から出すと「王子、これを…」ルカが差し出した瓶は、王子がたった今キャロルの口に含ませたものと…同じもの。どうしてルカが持っているのかと一瞬驚いた顔をするが…「私には要らぬもの…(…ヒッタイトでの日々を忘れる事など---)」まるで迷子の子供が不安に怯え--泣いているように映る…(…王子…)ルカは、これ以上王子を見れずに、視線を床に落とす。 ---ヒッタイトの城で商人達を集めた広間で、ハサンと再会した、あの日…ルカに声を掛けてきた女から買った小瓶……「何だか、楽しそうな話だこと」ハサンとの会話を聞いていたらしかった…その怪しげな女に呼び止められ、忌々しげに軽く舌打ちをし、構わずに立ち去ろうとしたルカだったが--- 「残念だね、生きていれば、一度は欲しいと願うものなのに」…ルカの心の何かがその場に留まらせる。 「話をきかせてくれ」「ほほほ、よいぞえ」-----「ほれ薬、しびれ薬、色々とあるけどねぇ『レテ』これはね嫁入り前の親には特に必要とされるえ 心が一番に強く求めている者を忘れてしまうのえ、人の強すぎる想いは不幸の種…二番目位がちょうどいいのだえ」その後の説明は、もうルカの耳には入ってなかった--- (忘れられる?…)ルカは…自分の為にそれを買い求めていた。 ---荷馬車にキャロルを乗せナイルへと急ぐ--- ナイルにキャロルの身を浮かばせ…気付いてくれるのを待つ…やがて、キャロルが目覚めて… 「姫!」「…ルカ…」ナイルから抱き上げ、やっと見つけたとばかりに声を掛けるルカ--- 「随分とお探ししました…」「えっ?!…」まだぼんやりとしているキャロルに「姫、皆が心配しております…早く戻りましょう」(姫は誰の元へ----) 「…ええ…メンフィス…心配させているのね…」---自分がナイルにいるという事は(現代へ戻ってたの?…覚えてない…)思い出そうとするが、意識を集中する事ができない--- 「え??…メンフィス王の元へ?…戻られるのですか?」動揺を隠せないルカがキャロルに確認するように問いかける。 「……」どうしてそんな事を聞くのか、不思議そうな顔をしてルカを見上げ… 「おかしなルカ…私はメンフィスの…妻よ…でも私…どうしてナイルに…」こめかみを押さえ思い出そうとするが… 「姫!!しっかりなさって下さい」ルカの腕の中で…再び意識を失う、自分の腕の中でまるで眠っているようなキャロル… その顔を見下ろすルカの唇が一瞬…キャロルの唇を掠める--- 「…申し訳ありません…」心の奥、名も無き想いに永遠に封じ込める決別の儀式のように--- …キャロルを腕に抱き、エジプト王宮を目指し、キャロルを気遣いながら駆けてゆく---- -----キャロルの宮殿では、医師と薬師達がぐるりとキャロルの寝台を取り囲み、懸命に忙しく立ち動いていた… 少し離れた所から、その様子を見守るルカの元へ、医師達の間からメンフィスが足早に自分へと近づいてくる。 両手をつき頭を低くする。 「ルカ、よく連れ帰ってくれた、礼を言うぞ」「いえ…もっと早くにお連れ出来ずに申し訳ありません」 「何を言う、賊の手に落ちなかった上に、こうして連れ帰ってきてくれたではないか」心から安堵したメンフィスの顔 「それで、逃げている途中にキャロルとはぐれて、探し続けてナイルで見つけたのだな?」 王宮に戻り、ルカは事の経緯を簡単に説明していた。 「はい…もしやナイルの女神の元へお帰りになられたのではないかと…」(王は何か、気付いたのか?)緊張するルカに 「…この二月近く、ナイルもくまなく探しておったに誰も見つけられなかったものを……キャロルの信頼厚いそなたに、女神が察して帰してくれたのかも知れぬな…」腕を組み感慨深げに頷くメンフィス… 「キャロルの病平癒と共に、感謝の祈りを捧げなくてはな…ルカ、そなたも下がって休むがよい」 マントを翻し、キャロルの傍へと戻っていく後姿に安堵の溜息を付いた。 (王子…今頃…どうしておられるのか…姫は王子を…王子こそを選ばれたのに) ---ルカが小瓶を持ち立ち去った後に、残った小瓶を片付けながら、怪しげなる薬売りの女が、 「一時的なものだけどねぇ、思い出す頃には情に流され、しがらみの中…人の心の顔は一つじゃないのでねぇ 自分さえも気付かない顔も心も沢山持っているえ、その中でもがくのも良し、自分で忘れるのも良し… さてどのような顔を引き出すのか…心に憂いを持つ者にしか売らぬのえ」その呟きは誰にも聞かれる事はなかった--- --「王妃さまが、お庭に出られるまでに回復なさったらしいわ」 --「わしらの祈りが通じたのだな」得意そうに喋っている老人…テーベ中、キャロルの噂で持ちきりだった。 日に何度も人の多く集まる場所へと足を運び、キャロルの様子を人の噂の中で探っていた王子。 (姫…良かった…)国中がキャロルの帰国と、病気平癒で湧き返る中…ひっそりとエジプトを出る隊商一行--- (賭けに…勝つ事は勝ったのだ…)姫は、一番にと望む者の元には戻らない… あの日…戻ってきて傍から放したくない気持ちと--- キャロルが戻れば、メンフィスへの想いの深さに苦しむであろう自分--- メンフィスの事は忘れても、エジプトの守護神である事は忘れてないかもしれない… キャロルをエジプトへと縛り付けているものは、メンフィスだけではない事は王子はわかっていた。 …エジプト人がキャロルに寄せる信頼と、戦死した兵士達への強い罪悪感… それら全てを忘れてくれなかったら?キャロルは必ずや、また苦む事になる… 「これで---良かったのだ」誰にともなく呟く… ならば、民にも納得させ姫を得る為には…メンフィスを亡き者にし、エジプトを手中に収めてみせる。 民にも納得せざる得ない状況を作りだせばいい---- 「私は、近い将来必ずやエジプトを手に入れるぞ」兵士達から一斉に歓声があがった。 (必ず、もう一度私を愛させるぞ、その時は決して忘れさせはしない!!) その後、ヒッタイトに戻った王子の元へ…白い使いの鳩が飛んできた----- キャロルの為に延期していた、アイシスの婚儀に出席したキャロルが…嫉妬に狂ったアイシスに死の海に突き落とされ流産したと、ルカからの知らせ--- 「…和子は……私の和子だったかも…」(…私と姫との和子…そう思いたい…)その存在にも気付かず、逝かせてしまった 「…父を…守ってやれなかった父を許してくれ…」神に召された和子に侘びる--- 腕に抱いてやることすら出来なかった…不憫な和子を思い…涙が後から後から流れていく。 「---涙を流す事しか出来ない無力な父を…許してくれ」天に向って両手を伸ばし--- 「イシュタル…どうか和子に安らぎを……そして…再び…我が元に戻らせたまへ…」心を込めて願い懸命に祈りを捧げた--- 「アイシス、決して決して許しはしない!」アイシスへの復讐を心に固く誓う王子----- ---その頃、エジプトでは失意の中…泣きつかれて眠ってしまったキャロルは、不思議な夢をみていた。 思い出しそうで思い出せない…だが、流産の悲しみと連動している感覚…深い哀しみと同時に、深い慈愛に満ちた雨のように心に癒しをもたらしてもいた---その夢はシャラシャラという音を伴いキャロルを深い眠りへと誘っていくのだった--- ---それ以来キャロルは幾重にも巻かれた腕輪を、好んで身に付けるようになっていた。 時折、自分の腕輪を揺すりながら……ぼんやりと物思いに耽っていた。 「何か、とても大事なことを忘れている気がする……」心の刻印が疼いていた… おしまい |