『 願い 』 王子の右手を取る ハサンが下賜されたメンフィスの指輪は、雑事に煩わせる事無く難なく一行をエジプト入りさせた。 郊外に家を借り、ルカ、ムーラ、将軍…側近のみを傍に置いてのエジプトでの日々。 「さぁ姫、今日はどこに参ろう?」 キャロルはベールを付け、商人姿の王子と共に自由にテーベの都をあちこちと散策に出かけていた。 テーベの西にある王家の谷やカルナック神殿を見に行ったりと… 「えっと…ルクソール宮殿に行ってみたい…」(メンフィスとの婚儀を挙げた場所…知っているの?) 王子の反応を伺う様に答える----- 「仰せのままに」キャロルに向ける笑顔には、含む心など見当たらない…澱む事なく答える王子。 …砂漠でメンフィスの声を聞いた時、自分の心と体が別物のように暴走してしまった… あの時、王子が呟いた言葉「心とは…厄介なものだな」その言葉を思い出す。 (王子は、どうして何も言わないの?)自分で答えを見つけると誓ったけれど… …霧の中を手探りで歩いているような状態のまま---誰かに強く背中を押されたいと思う脆い自分も感じていた。 やがて、ルクソール宮殿に着くと、今は立ち入る事も出来ない。 旅の者が見物している…その者達と何ら変わる事のない… 王妃として、祭儀をメンフィスと一緒に執り行った--- --あの日の、民の歓声、熱気…今も忘れずに胸の中にある… テーベの都は、余りにもメンフィスとの思い出が多すぎる… 乾いた風の匂い…同じ空の下にメンフィスが、同じ暑さを感じ、同じ空気を吸っている… 懐かしいナイルの匂い…(私の幸せは…全てここにあった) ここに、引きずり込まれ、求められ、拒絶し…いつのまにか心の中に芽生えていた感情--- もう…会うこともない…命よりも愛しかったメンフィス… そんなキャロルに、追い討ちをかけるように、民の声がじかに、耳に入ってくる----- --「王妃様は、まだお戻りにならないのかしら?」 --「まさか、ナイルにお帰りになったのかしら?」 --「いやいや、そんな事はあるわけないじゃないか、王妃様はエジプトの守り神、必ずお戻りになるさ」 --「神殿に届け物をして、王妃様のご無事をお祈りしてきたわ」 --「王宮の兵士に聞いたのよ、メンフィス様はひどく憔悴してて夜も余りお休みにならないようだって」 --「私も、見たわ、毎日あちこちと馬を駆られて…王妃様を探しているのを」 --「お可愛そうに、どんなにかご心痛だろう」 --「王妃様の無事を祈ろう、王の元に戻っていただけるように…」 --「なぁに、私の息子も先の戦で戦死したが…きっと姫様をあの世から守っているはずさ、私は息子を信じているからね」 テーベ中が自分の身を案じ、帰国を待っている… 自分に寄せる信頼と願望がキャロルに王妃としての身分が、今は重い鎖となって自分を縛り付ける。 (…一日も早く…答えを見つけなければ…) 夕方から激しい雨と風が、屋敷を叩きつけていた。 ムーラが何度も戸を閉め、入り込んだ雨を拭いている。 「将軍…これではキリがないですよ」何とかしてくれと困ったように目で訴える--- 「そうですなぁ、では戸を打ち付けてきますか」腰をあげる将軍に 「そのままで良い…」やや激しい口調で王子が止める。 「あ…そうですな、ではこのままで」将軍がムーラにとまどいの視線を送り腰をおろした。 「ムーラには面倒を掛けるが…城では感じる事もできまい…嵐を楽しむのもまた一興…姫は怖いか?」 「私は、平気です」ムーラに申し訳なさそうに答えるキャロル--- 夜になっても、雨は止むことなく降り続いていた。 ---寝所へ王子と共に入り、寝台に横になる、背中を向けていた王子が 「このような激しい雨では、多少の物音にも気付かぬな…」それきり…黙り込んでいる。 「…王子?」キャロルが声を掛けると「ああ…姫、すまぬ今日は、何だかひどく眠いのだ…」 「…あ…ごめんなさい」(これが、王子流の優しさ…眠ってなんかないのに…) 王子の苦しみは自分にある事を知ってしまったキャロルは、自分の事よりもキャロルの苦しみを知り優先させてくれる… 自分の事よりも、相手に手を差し伸べる---相手に気付かない様な優しさで--- 王子の気持ちが泣きたいくらい嬉しい…「アリガトウ」背中に向って小さな声で囁くキャロル。 そして、静かに寝所から出て行き-----パタンと扉が閉まる音が聞こえる。 引き止めたい衝動に体中の血が燃えるように熱くたぎる---そんな身の内に湧き上がるものを必死に押し殺し--- さっきまでキャロルが寝ていた場所に、わずかに残った温もりを探すように、その身を沈める--- キャロルが屋敷を抜け出すと、「姫様…」そこには馬に乗った、ずぶ濡れのルカが立っていた… 聞かなくてもわかった、王子が手配していてくれたことなのだと--- 「ルカ…ありがとう…私、メンフィスに会わなければ…答えが見つからないの…」泣きそうな呟くキャロルに、 マントを被らせ、馬上と引き上げる。 「わかってますよ…私はどんな事があろうとも姫様だけの従者ですから、どこへなりとお供します」 王宮を目指して、駆けてゆく--- (メンフィスに会って、何て言おう?何を話していいの?でも…どうしても会わなければ…会いたいの…) やがて王宮に付き、門の前でルカが門番に話かける「重大な事なのだ…内密に王妃様がお戻りなのだ…門を開けろ」 「王妃様の従者であるルカ様はお通り下さい…でも、今は不確かに人を入れる事は出来ないのです…お顔を見せて頂けば」 マントを被ったキャロルへと困った顔を向ける門番達----- 「どうしたのだ?」キャロルを再び抱こうとするメンフィスの無神経さが、信じられなかった。 「…今…一緒に居たのは誰なの?」(責める資格なんか無いのはわかっている…)目の前での裏切り---それを気にする事も ないメンフィスが、理解出来なかった----- 「あっ!今のか?名も知らぬ…ただの侍女だ、それよりキャロル随分と探したのだ。どうしていたのだ?」 「その汚い髪はなんだ?そうだ、共に湯殿に入ろうぞ…そしてその後ゆっくりと話を聞かせてくれ」喜ぶメンフィス… 「すぐに、ナフテラに用意させる…それにしてもキャロル…会いたかった!ずっと心配してたぞ…」 「呼ばないで!」キャロルの激しい口調に…「なんだ、妬いておるのか?私はキャロルしか愛してはいないのだ」 「…愛がなくても抱けるの?」「それが男というものなのだ、キャロルにはわからぬかも知れぬが、キャロルが居たら 他の女など抱くものか」機嫌をとるように頬へと口づける。 「…でも、さっきの女の人に赤ちゃんが出来てたら…」「何だ、そんな事か…間違いなく私の子ならば、 それなりの面倒をみる、和子は、王子が王女になるだけの事ではないか、姉上の事も知っているではないか」 そうだった…王家の血筋を絶やさぬように側室を持ち、沢山の子供を持っていた---その中で起こる権力争いも 自分は誰よりも知っていたのに……愛しすぎて、考えたくも無かった--特別だと思い上がっていたの… 育ってきた価値観の違いは、埋まらないの? 「メンフィス…私も…私もあなた以外の人に抱かれました…」頬を思い切り平手で打たれた。 「嘘でも、そのような事は申すな」苛立たしげに「妬いてくれるのは可愛いが、そのような嫌味を言うな」 「…嘘じゃないわ…」キャロルの目から涙が溢れている…「…まさか?嘘だろう?」激しく肩を揺さぶられる 「嘘をついていいのなら、言うわ『今のは嘘よ』」------「まことなのか?」何も答えないキャロルを見据える メンフィスの目----まるで価値の無いもの…置物などを見るのと変わらない冷たい目--- その目を見た時に、先程まで一緒にいた王子の事が頭を掠めた---何があってもあの人は私を許し、慈しんでくれた でも、大人すぎて私には気付けなかったの……戻っても優しく受け入れてくれる王子を…利用したくはなかった。 メンフィスとの恋は熱病だったの…気がつくのが遅かった…最後に心を伝えられない事が心残りだった。 「バカね…私は…メンフィスさようなら」そうして、ルカから貰った小瓶を一息に飲み干した---- 次の日、エジプト中が深い悲しみの中にいた--- --「王妃様が…亡くなったなんて…信じられない」 --「宮殿に仕えている兵士たちも…信じたくないって話していたぞ」 --「姫様が死んじゃったなんて嘘だろ?」 --「いや、王妃様はナイルに還すそうだ、再び戻ってくるかも知れないからって王家の谷には入らないって話だよ」 --「私も聞いたわ…そのままの姿でナイルに戻すって」 --「婚儀をあげたばかりなのに…王はどれ程に哀しんでいるだろう」 その日の夕方、テーベに布令が出た。 それには、王妃キャロルが亡くなった事と、女神の御許に明日還すという内容だった。 そして、次の日キャロルが小さな船に乗せられナイルへと還された。民が王妃にたむけた花でナイルは花畑のようだった メンフィスは…何故キャロルが死を選ばなければならなかったのか?キャロルの告げた話は本当なのか確かめる事も出来ず、キャロルを永遠に失ってしまった悲しみに打ちひしがれていた。 キャロルを乗せた小船が、ナイルの中へと沈んでいく--- 川の中で、ルカが皮袋を使ってエジプト側のナイル河岸からキャロルの亡骸を抱き進む--- そうして、小さな船へと泳いでいくと、力強い手がキャロルを船へと引き上げる。 ----「まもなくか…」「ええ…そろそろだと」ルカも心配そうにキャロルの傍へと張り付いている。 「…ぅっ…」激しく咳き込み、目覚めたキャロルの背中をさすり水を飲ませてくれる人の顔を見て驚くキャロル--- 「王子?私…どうして?」「姫…私の腕の中へ…よく戻ってくれた」心からの笑顔を向け、喜ぶ王子の顔を見ると 「…ただいま…」幸せな涙がこぼれて落ちた。 「一刻も早く、戻りたい…ヒッタイトへ」抱き合う二人を見て、ムーラと将軍が目を潤ませて立ち去るとどちらからともなく…自然に唇を合わせる。 「もうっ!ルカったら嘘つきなんだから」すっかり元気になったキャロルがルカに文句を言っていた。 船内には笑い声が、絶える事はなかった…その声に「もう、その位にしておやり」後ろからふんわりと抱きしめる優しい腕に「だって…毒薬って言ったのよ」「ルカのおかげで私の腕の中に戻ってこれたではないか…」 「それは…そうだけど…でも、悔しいんだもん」「また、子供のように頬を膨らませて」笑いながらキャロルの頬を突付く ヒッタイトで、ルカに話しかけて来た女から買った小瓶--- それは、三日間の間仮死状態になるものだった。 キャロルが、小瓶を飲み干した後…メンフィスにキャロルは、ナイルの女神の元へ還すと戻ってくるかも知れないと今まで何度も、死ぬようなケガを負いながらも戻ってきた事を織り交ぜて、説得したのだった。 「王にも、民にも納得させる為に、姫の死体が必要だったのです」オロオロと説明するルカが可笑しくて、吹き出してしまったキャロルに、ヤレヤレと目を細める王子---- 「そう言えば、これからヒッタイトの城へ戻るの?」 「いや、城には還らぬ…私はこれから放蕩の限りを尽くすのだ」「ええ??」王子は笑いながら「全て私に任せておけ」 はぐらかす王子に「もうっまた子供扱いばかりするんだから…意地悪なんだから」ふくれるキャロルに… 「そんな事をするから、子供扱いしたくなるのだ」---王子の顔は以前の翳りは全く見られない--- それが、とても嬉しくて突然涙を流すキャロルに…慌てて「どうしたのだ?どこか痛むのか?」 「…幸せだと…涙が出る時もあるの…」王子の胸の中で、幸せな涙を流すキャロルをしっかりと抱きしめる王子--- そうして、一行は王子が幼少の頃、ラバルナ師に匿われていたヒッタイト内の山中に落ち着いた。 -Ψ(`▼´)Ψ- その夜--- 「…姫…疲れているだろうな…」寝所で二人きりになった時に、唐突に聞いてくる王子に--- 「え?…いいえ…」その言葉の持つ意味に…鼓動が早くなる…ヒッタイトを出てから一度も肌を合わせていなかった…後ろから優しく抱きしめられる--- 「姫…鼓動が早い……姫…抱きたい…もう我慢出来ない…」抱きしめられる腕に力がこもる。 「…聞かないで…」まるで初めて抱かれる時みたいで、恥かしくてたまらない--- 「私を…私を見てくれ」ゆっくりと振り向くキャロル--顔をあげられないキャロルの顎を軽く掴みあげる---視線が絡みつく---「姫…心から愛している」真剣な目で訴えかけている その目を見つめて、偽りのない心を見せるように「私も…王子を愛しています…心から」その言葉を吸い取るように唇を合わせる--「…姫…目を閉じないでくれ…本気を…私に見せてくれ…」閉じかけた青い瞳を開ける… キャロルの瞳に、欲望が見える---唇を吸い上げ、歯列に舌でなぞり舌を入れる…キャロルも舌を出してくる-- 唇を少し放すと、キャロルの舌が自分の舌を追いかけてくる-- 舌先と舌先でつつき合う、焦れたキャロルの舌が、深く王子の口の中へと差し入れられる--- 求め求め合う---心が通いあって初めての行為は…互いを貪りつくしたいと---深さをましていく もどかしく、キャロルの衣装を脱がし、寝台へ倒れ込むように組み敷く---一糸纏わぬ姿になった二人--- キャロルの耳から胸まで舌を這わせ「…姫は…ここが好きだな」「ぁっ…」「感じるままを口に…口にしてくれ」 「そなたの全てを…今日は味わいたい」乳房を揉みしだいて…小さなしこりを軽く噛む「ッ…」キャロルの手が王子の背中へ回り、その小さな手が王子の背中を撫で回しているキャロルによって、自分もまた酔わされていく---- 舌で小さなしこりを転がしながら、胸から手を滑らせていく、内腿をさすりあげるとピクンとキャロルの体が反応する そのまま片足をあげ、太股の付け根を爪でやんわりと何度もなぞっていく 「ぁ…王子…いや…もぅっ…」「姫っどうして欲しいのだ…言ってくれ」「っ…触れて…欲しいの…」 花弁へと指を這わせ、蜜を小さな核へのせ円をえがき、小さな律動を与える---- 「くっ---」蜜壷へと指を挿し入れを繰り返すと、キャロルの腰がそれを追って動いていく--- 「…今宵は…私こそが…酔わされる」自身を掴み小さな核にのせ、捏ね回す---キャロルの腰が更に激しく追いかけてくる 「姫…愛している」そのまま下へ自身をずらし、蜜壷へと滑り込み…ゆっくりと動き、キャロルの変化を見ながら段々と激しくなってゆく----キャロルの瞳が見開く個所を突き上げる…「…ぁっぁっ…」キャロルの息遣いが早くなり「姫…一緒に…」激しく突きあげて----自身を解放し…そのままキャロルの体の上で荒い息をつく… -- 「王子…まだ書くのですか?」将軍がもう嫌だとばかりに王子に尋ねた。 「本当に…そろそろ三月になりますよ」怒ったようにムーラも非難の目を王子に向ける。 ヒッタイト王へ向けた書簡---ナイルの姫が亡くなった事を悲しみ、王子は腑抜けてしまったと--- 王からの叱責も全て、この二人にかかってきていた--- 「そうだな…そろそろ戻るとするか…では最後にこう書いてくれ…旅と途中で美しい乙女と出会い立ち直りつつあると…」 やがて、ヒッタイトの王子は赤い髪の王妃を迎えた。 王と王妃に紹介した姫を見て、王は(何と…ナイルの姫に生き写しではないか…)それで立ち直ってくれたのだと--- 王妃は、王に聞こえぬ小さな声で…「いつかは無粋な事は…忘れて下さいね…姫や」楽しそうに笑っていた。 その後、ヒッタイトの王が亡くなり、イズミル王子が即位した後に赤い髪の王妃の神は、輝く金髪になったと不思議な事もあるものだと…諸国の噂になっていた。 --おしまい-- |