「んんっ!む……んむ゛ぅっ!」
さくらは腰のあたりを縛られているだけで、手足は拘束されていない。
なので両手で雛子の肩のあたりを押しているのだが、突き放すことができない。
雛子はさくらの顔を両手で挟みこむように押さえ、思うがままに唇を吸い続けている。
(なんで?どうして!?)
先ほどの二人に軽々と押さえ込まれたことといい、明らかにあり得ない。
混乱したままに十数秒が過ぎ、雛子はようやく顔を離した。
「ごちそうさま…何で抵抗できないのか、不思議みたいですねぇ」
「えっ!?」
それを聞き、さくらはテーブルに置かれたままの水筒に目をやった。
「あの紅茶にちょっとしたお薬を。凄いでしょう?
飲んだ本人はいつも通りのつもりなのに、実際には全然力が入っていないだなんて」
「な……!」
「今のさくらさんには、その辺りの小学生ほどの力しか出せないんですよ。
私は前もって中和剤を飲んできたので、何ともありませんが」
それで…と、雛子は再び問いかける。
「もう一度訊かせていただきます。私のモノに―」
「なりませんっ!」
さくらは雛子の言葉を遮った。
「いい加減にして下さい!あなたも格闘家としてこの大会に参加したんでしょう?それなのに、こんな…」
「私だって、最初はそのつもりだったのですが」
今度は雛子が割り込む。
「あなたがあまりに好みだったもので。
この機会を逃したら、同じようなチャンスはそうそうないでしょうから」
雛子は椅子とともに運ばれた紙袋から何かを取り出す。
「水…?」
そう。それはいっぱいに水の入った数本のペットボトルだった。
「はい、お水です」
きゅぽっと蓋を開け、一口飲んでみせる。
「何に使うのか、というお顔ですね。
まぁ早い話が、これを全部さくらさんに飲んでもらおうと思いまして」
「ぜっ――」
全部!?一リットルのボトルがざっと五・六本。とても一人で飲める量ではない。
「何で?というお顔ですね。あぁ、もう…本当に、純粋というか何というか。
そんなあなたが私のモノになるかと思うと……ふふっ」
雛子はうっとりと瞳を細め、含み笑いをする。
「さくらさんがおもらしをする瞬間、しっかりと記録させていただきますからね」
彼女は続けて紙袋からカメラを取り出し、テーブルの上にセットする。
「うーん。もうちょっと右ですかねぇ…」
そんな呟きはさくらの耳に入らない。
(水……おもらし…)
そしてカメラ。それらの言葉を頭の中で反芻し、彼女はやっと雛子の意図を理解した。
「さぁ、さくらさん。まずは一本目から」
「嫌です!」
冗談ではない。
何を企んでいるのか把握したうえで、その水を口にすることなどできる筈がなかった。
「そう言わずに。それなりに由緒ある名水ですよ」
さくらの口にペットボトルの先端が迫るが、彼女は首を振ってそれを拒んだ。
僅かにこぼれた水が制服を濡らす。


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