まだ切羽詰まった状態ではないが、あまり長く我慢していたいものではない。
ラルフそんなまりんの様子に目敏く気づいた。
(何だ…焦ってんのか?)
何故かは分からないが、まりんの攻撃に先ほどまでのキレがなくなっている。
彼女自身は自覚していないが、早く試合を終わらせたいという気持ちが
まりんの動きに影響を及ぼしているのだ。
ナイフの狙いは雑になり、ラルフに接近される頻度も上がってきた。
「わっ!」
ラルフの拳がまりんの頬を掠める。
(今のは危なかった…ちゃんと落ち着かないと)
そう自分に言い聞かせるが、一度意識してしまった尿意はどうしても気になってしまう。
そのもどかしさがまりんの集中力を乱し、冷静さを失わせていた。

――ドンッ!

「えっ!?」
背中に衝撃が走り、まりんは戸惑いの声をあげた。
見ると、背後に壁がある。気づかない内に廃屋の裏手へと追い込まれていたらしい。
(あたしとしたことが、こんな手に…)
正面に視線を戻すと、ラルフが自分から数メートル程のところまで迫っていた。
「しまった!」
これでは距離をとるのは不可能だ。
戦闘中に敵から目を逸らすというのは自殺行為に等しい。
普段の彼女ならば絶対に犯すことのない愚行であった。
「いくぜ!ギャラクティカ―」
こうなったら迎え撃つしかない。まりんは覚悟を決め、前に出た。
と、その時。
「うぉっ!?」
ずるり、とラルフの足が滑った。
今まで押されていたこともあり、彼も決着を急いで焦っていたのだろう。
前につんのめる形となり、姿勢が極端に低くなる。
玉砕覚悟で飛び出したまりんはそれに反応できず、ラルフの体を真正面から受け止める形になった。
勢いを失った拳がまりんの下腹に当たり、「ぽすん」と情けない音をたてた。
(せっかくのチャンスがっ!)
ラルフは自らの失態に舌打ちした。が、一瞬後には我が目を疑うことになった。
まりんが腹を押さえて地面に膝をついていたのだ。
「は?」
追撃も忘れ、ラルフは立ちつくした。
呻きつつも自分を睨みつけているまりんを観察し、事態の理解に努める。
「まさか…お前、トイレ我慢してたのか?」
「ぇ……あ、ちがっ…!」
まりんは否定したが、その反応はあからさまであった。
「やっぱりな。もしかして、少し漏れちまったか?」
「ふ…ふざけないでっ!」
まりんはばっと立ち上がり、ナイフを抜いてラルフへと向けた。
「無理すんなよ。膝が笑ってるぞ」
まりんは身構えてはいるものの、少々内股気味になり、額には汗が浮いている。
ラルフでなくとも、彼女が必死に尿を我慢しているのが手に取るように分かっただろう。
「うるさいっ!」
まりんはナイフで突きかかるが、あっさりと手首を掴まれてしまう。
「さんざん付き合わされたし…ちょっと遊ばせてもらうか」
ラルフは空いている右手で、まりんの腹を軽く叩いた。
「はぁんっ!」
まりんはあっさりと地面に崩れ落ち、手からナイフが滑り落ちた。


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