…真面目にゲームについて考えるコーナーです。つまらないかはともかく、 長くて堅っ苦しいので、暇な人だけ読んでください(>_<)。
RPGには大きく分けて二つのタイプがあると思う。 一つはゲームで楽しませるもの。そしてもう一つがストーリーで楽しませるものだ。 解りやすくドラクエで言えば、転職システムが斬新だったⅢは前者、 各章の勇者たちが最後に集うという、壮大なロマンを見せてくれたⅣは後者といえよう。 歴史的見地からすれば、前者は特に草創期、初期に多く見られ、 近年のような大容量時代になってからは、ぱったりと姿を見せなくなった。
しかし、前者がつまらないか、小容量時代の苦肉の策だったかといえば、 決してそうではない。「ハマる」ゲームを正義とするならば、 むしろ最近になってRPGはつまらなくなった、とさえ言えると僕は思う。
RPGの方向転換は、ハードの処理能力が向上し、ソフトが大容量化した こと、何より、企業の保身から(異説もあると思うが、少なくとも 一元的には正しいはずだ)メディアミックスが増加したことが、大きな要因となっている。 すると、今までのような「のっぺらぼう」ではとても勝負できない。 OVA版のFFのようなものより、ゲームと密接な関連性があった方が望ましい。 そうなってくると、やはり頼るのは「萌え」なのである。
このように、最近はRPGも「萌え」を前面に押し出すことが少なくない。 かつてのFFの個性のない主人公たちが、今や同人誌のネタとされるまで (決して悪い意味ではない)、生き生きと個性を持っているのである。 僕としても、「萌え」の文化を全否定するつもりは全くないし、 「のっぺらぼう」のキャラクターよりも、可愛いキャラがたくさん出ていた方が 楽しいに決まっている。 だが、ここにRPGがつまらなくなった原因があると僕は思う。
かつてのゲーマーは素材を調理して楽しむことができたが、 今のゲーマーにはそれができない。と、僕は思う。 原因にはゲーマーの一般化など諸説あるが、それはこの際置いておこう。 漫画家の堂高しげる氏も作品中で指摘しているが(「全日本妹選手権」6巻120頁)、 かつてのゲーマーは、まさに「のっぺらぼう」のキャラクターにそれぞれ 個性を見出し、サイドストーリーを創り上げ、 ゲームを楽しんでいたのではないだろうか。 ドラクエをネタに柴田亜美氏が描いた「邪悪な勇者」は、そのゲーマーによって 見出された個性の、最たる例だといえよう。 もちろん、一般的な勇者のイメージと彼はかけ離れているのであるが、 もとが「のっぺらぼう」で、確かに好き勝手にパーティを解散できるので、 まったく有り得ない想像と切って捨てることもできない。 そして、それだけの自由度を許容する骨太さがドラクエ(少なくともⅠ~Ⅳ)にはあった。
つまり、ゲームとして楽しいRPGのキャラクターは「素材」であり、 ゲームという「台所」のなかで、ゲーマーの自由な発想によって 「調理」することができたのだ。
ところが、今のRPGはどうだろう。キャラクターの細部にまで設定があるのは 当然で、サイドストーリーも綿密にあり、それを評価・賛美する声が一般的だ。 挙句の果てには、ゲーマー同士で製作者の「調理例」をどこまで知っているか 語り合ったりする始末である。 この様子は、自分の部屋に閉じこもり、ファッションから食事まですべて親に 依存している「引きこもり」の人間を見ているようである。 彼らはきっと、自分で食べる食事の「調理」さえ満足にできないのではないだろうか。
昔、僕たちが楽しんだRPGは、どんなだったろう。 ひたすら単純なレベル上げとダンジョン、そして戦闘の積み重ねだったはずだ。 「のっぺらぼう」のキャラを見ながら、不満を覚えながらやっていたはずだ。 そして、その不満を解消するために、サイドストーリーの「調理」に 没頭したはずだ。RPGはそのかっこうの「台所」だったはずだ。 今こそ、情報社会の波に飲まれて消えかけた、僕らのサイドストーリーを 探すべきときではないだろうか。
PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル