その日、クラウドは少し機嫌が悪かった。
仕事上がりに起こったあるトラブルが原因だったが、今日はパンを食べる日だ。会社でのことを家にまで持ち帰りたくないと家につく間にきっちり気持ちを入れ替えて帰宅したつもり…だった。
先に帰っていたザックスはクラウドが帰ってくるなり、待っていたとばかりに今日の分のパンを切り分けた。
大きかったと思っていたそれはもう半分くらいの大きさになっていた。残りはあと二週分。
夕飯を食べながらパンをつついていると、ザックスが何かに気付いたようにパンを手に取ってクラウドを見つめた。
「…何かこの間食べた時とちょっと味変わってないか?」
「中に入ってるドライフルーツが熟成されて風味が増すんだ」
「へー。じゃあ来週はまたちがった味が楽しめるんだな」
「うん。何週も分けて食べて、味のちがいを楽しむものなんだって」
「奥が深いなあ」
「子供の頃はわからなかったけどね」
感心した様子でパンを見ながら、二人は今週の分を食べ終えた。
* * *
入浴を終えてリビングに戻るとクラウドがソファに座りながら雑誌を読んでいたので、ザックスはその隣に座った。
いつものように身体を抱き寄せながら、スキンシップを楽しもうとしたところ、クラウドが顔を逸らして少し拒む様な仕草をした。
しかしザックスはそれを照れているだけだと受け取り、行為を続けた。
身体を擦り寄せながら頬にキスを落とす。そこから耳へ顔をスライドさせ、口で食んだ。
「んっ…」
堪えるような声に煽られ、段々とエスカレートするそれにしばらくされるがままになっていたクラウドだったが、ザックスが事を始めようとしたところで、反射的に手を跳ねのけた。
「やだ!」
クラウドはソファから立ち上がってザックスの手から逃げた。
明らかな拒絶の意思を向けられ、ザックスは何か気に障ることをしてしまっただろうかとクラウドを見つめた。
「どうしたんだよ」
「…ザックス、オレのことそういう対象にしか見てないのか!?」
「え?何だよ突然…」
「だって…すぐそういうことしようとするじゃないか」
何を怒っているのかわからず、ザックスは黙り込んだ。
クラウドがこんな態度を示したのはこれが初めてだ。どうしたのだろうとザックスは目を丸くする。
「嫌だったのか?」
しばらく間を空けて息を整えながらクラウドは床を見つめる。
何度か口を開きかけつつ、どう言っていいのか悩んでいるようだった。そしてやっと言いたいことが頭の中でまとまったのか、横目でザックスを見やりながらつぶやいた。
「そうじゃなくて……何ですぐ…やろうとするんだよ」
予想していなかったクラウドの言葉にザックスは一瞬固まった。
恋人として付き合っている以上、そういう雰囲気になれば当然する。それを咎められるとは思ってもいなかった。
確かにすぐ行為に及ぼうとする傾向はあると自覚しているが、お互い合意の上でしていることだし、これまで強引に事に及んだことなどない。クラウドがそういう気分ではなさそうな時は自制するようにしていた。
が、こうして面と向かって言われると、ザックスも何か悪いことをしていたかのような気持ちが湧いてくる。それを振り払うように喚き立てた。
「しょ、しょうがねえだろ!?オレだって健全な男の子なんだぜ?好きな子が側にいたらそういう気になるもんだろ」
「お…オレはそんなことないもん」
クラウドは身体ごとザックスから顔を背けた。
元々あまりケンカをする二人ではないが、クラウドにこうして拗ねられてしまうとザックスはお手挙げ状態になってしまう。このままではどちらかが折れない限り平行線だ。
いきなりこんな態度を取られて納得がいかないというのが本音だが、長引かせたくないという気持ちの方が勝った為、ザックスは自ら折れることにした。
「わかったよ。悪かった。控えるから機嫌直せよ。な?」
クラウドは後ろを向いたまま、ぽそっとつぶやいた。
「…当分禁止」
「え」
「…それくらい我慢出来ないの?」
「……わかりました」
親に叱られた子供のようにザックスは小さくなった。こうなるともう逆らえない。
しばらくして、ザックスは少しでも機嫌が直ればとクラウドの好物のココアを入れた。
そしてお互い気持ちが落ち着いたところで切り出した。
「なあ…クリスマスはいいだろ?」
静かにココアを飲んでいたクラウドの身体がピクリと揺れる。どこか怒った様子でザックスをジロリと睨んだ。
「…クリスマスはそういうことするイベントじゃないんだけど」
ミッドガルではクリスマスは恋人や友達と過ごす娯楽イベント的な要素が強いが、クラウドの故郷ではそうではない。特に地方では一年を締めくくる祭事としての意味合いが色濃く残っている。
クラウドの年代くらいになるとそれほど思い入れのない人間の方が多いが、神聖な行事であることに変わりはない。
これ以上余計なことは言うまいと、普段のザックスであればここでグッと堪えただろう。しかし先ほど拒まれたことと冬の一大イベントに恋人と一緒にいながら寂しい夜を過ごすことになるかもしれないという焦りから、ついがっついて反論してしまった。
「だってこんなお預け食らってクリスマスまで何もなしって…あんまりだろ!?」
いつになく必死な様子のザックスに気圧され、クラウドも言葉に詰まる。しかしそこで簡単に折れることは出来なかった。
「じゃ、じゃあクリスマスまで禁止!」
無情な言葉を放つと、クラウドはココアの入ったカップを持って寝室に引っ込んでしまった。
クリスマスまでまだ二週間ある。
やぶ蛇だったとザックスは肩を落とした。