カンセルは悩んでいた。
トレーニングルームで告白をしてから、ザックスが今までに見たことがないほど落ち込んでいるからだ。
結果だけ見れば、二人が互いに想い合っていたことがわかったわけで、そこまではよかったのになぜこんなことになってしまったのか。翌日ザックスがクラウドに会いに行った時の話を聞き、他人事ながらカンセルはため息を吐いた。
しかし完全に他人事とは言えない。なぜならクラウドの誤解を生むことになったのは…自分がザックスにけしかけたことに一因があるのだから。
まさかあの二人が両想いだったとは思わなかった。本当にそうだとわかっていたならあんなことをはさせなかったが、今となっては後の祭り。
(だって…普通あいつの一人相撲だと思うだろ!?)
カンセルが心の中で誰にしているのかわからない弁明をしても、事実は事実。クラウドはザックスをの事を友人としてではなく、恋愛対象として見ていたのだ。
そして結果論ではあるが、二人は両想いだった。無理に告白するのを引きとめず、ザックスの好きなようにさせていれば今頃上手く行っていたかもしれない。それがカンセルの一番の悩みどころだった。
カンセルとしては二人にとって良かれと思ってやったことだが、二人が仲違いしてしまった遠因は自分にあると責任を感じていた。
しかし今更どうすればいいのか。橋渡しが出来るほどクラウドのことを知っているわけでもないし、そもそもあまり話したこともない。かといってこのまま放っておくのはあまりにも後味が悪すぎる。
下手に策を講じれば二人の関係が今以上に修復不可能なところまで行ってしまうかもしれない。
であれば、基本に返るしかない。最後に物を言うのは正攻法だ。
カンセルはザックスの元へ向かった。
「もう一度告白し直せって?」
「オレが何とか場を取り持ってみるから」
「…どうやって?お前クラウドとあんま話したことないだろ」
さすがのザックスももううんざりだと言わんばかりに顔を顰める。これ以上クラウドとの関係に亀裂を入れたくない。その気持ちがこれ以上冒険することを押しとどめた。
「そこは上手く口説いてみせる。…もう一回やってみようぜ」
カンセルの持ちかけにザックスは否とも応とも答えなかった。
泣きながら自分に向かって叫ぶクラウドの顔が脳裏に焼きついて離れなかった。
「…オレ、あいつの顔見れねえよ」
経緯はどうあれ、クラウドにあんな顔をさせてしまったのは他ならぬ自分だ。何をどう言い繕おうと、クラウドが自分に笑いかけてくれることなどもうないかもしれない。
竹を割ったような性格のザックスらしからぬ煮え切らない態度にカンセルはもう一押しした。
「そこでだ。もう一度あそこで練習」
「は?」
* * *
「元気ないね」
「……」
エアリスが訊ねてもザックスは何の返事もしなかった。
ふらりと廃教会に来たザックスの様子がいつもと違うことにエアリスはすぐ気付いた。明るさの塊とも言えるザックスが、表情は暗くイスに座ってからずっと無言で地面とにらめっこしているのだから気付かない方がおかしい。
しばらくザックスのことを見つめていたがエアリスはイスから離れ、陽の当たる場所へ移動して花の世話を始めた。
どれくらい経っただろうか、ザックスはぽつりと言葉を吐いた。
「オレって最低だな」
「なにが?」
「自分のことしか考えてなかった。すぐ隣にいたやつの気持ちに全然気付いてなかった。好きだって思ってたくせにずっと傷つけてた…」
ザックスが何かの拍子に自分の気持ちに気付いた。女にしか興味のないザックスからしてみれば信じ難い感情なのだろう。本当に自分のことが好きなのか、ヴァーチャルシステムを使って反応を見てやろう。そして色々探りを入れてからからかい半分でトレーニングルームで遊んでいた。
クラウドはこの間のことをそう思い込んでいる。
少し考えればそんな手間のかかることをわざわざするわけがないとわかるが、そもそもこんな誤解が生まれる土壌を作ったのは自分ではないか。
クラウドを好きだという気持ちをはぐらかす為、気持ちを自覚した後もこれまでと同じように女遊びをしていた。その時点でクラウドと付き合っていたわけではない。誰と遊ぼうがそれは勝手だ。
だがすぐ隣でそれを見ていたクラウドが何を思っていたのか。ザックスは自己嫌悪に陥った。
いつからクラウドが自分のことを思い始めていたのかはわからない。
出会ってすぐ?それともつい最近?
どれほどの間気持ちを押し殺していたのだろう。友達という関係を崩したくなくてずっと耐えてきたのだ。
もしクラウドと同じようにストイックになって耐えていたなら…今とは違う結果になっていたかもしれない。
いつかエアリスから言われた言葉がザックスの頭に浮かんで来る。
――他に好きな子がいるのに違う人と付き合うのっておかしいよ
その通りだった。わかっていたつもりで、今の今までその言葉の意味を理解していなかったのだ。
自身の取って来た行動の浅はかさを悔いても悔やみきれない。
「…オレどうしたらいいんだろ」
「ザックスはどうしたいの?」
「わかんねえよ…」
「自分の気持ちがわからないなんてことないよ。わかろうとしてないだけ」
そう言われて、ザックスは考え込んだ。
一体自分はどうしたいのか。このままでいいのか?いいわけがない。
「…オレ、好きなんだ。もう一度あいつの笑った顔見たい」
「じゃあすることは一つしかないじゃない。仲直りしてきなよ」
「許してくれねえよ。…泣かせちゃったんだ。一番…大切にしたかったのに」
怒る表情を見せることは何度でもあった。その怒った顔ですら愛しかった。
だが、この間見せたクラウドの怒りと悲しみの混じった表情はそれまでとは違う。本当に憤っていた。そしてあんな顔をさせてしまったのは他ならぬ自分なのだと痛感し、胸が痛くなった。
「何もしなかったら何も変わらないよ」
そう言って、エアリスは項垂れるザックスの前に一輪の花を差し出した。
「もう一回頑張ってみたら?何もしないで後悔するよりは、してから後悔する方がいいでしょ」
「…また泣かせちまうかも」
「でも泣かないかもしれないでしょ。本当は自分が泣いちゃいそうで怖いんじゃないの?」
その一言で目から鱗が落ちた。
傷つけたくないと思っているんじゃない。自分が傷つきたくないから逃げ腰になっているだけなのだ。本当のことを告げても、もうクラウドはこちらのことを見向きもしなくなってしまうかもしれない。好きだと思っていたくせにずっと外で遊んでいたことを咎めてくるかもしれない。それを恐れて理由を付けて逃げているだけだ。
ザックスは顔を上げて、目の前に差し出された花を受け取った。