翌日、ザックスはクラウドの仕事上がりを廊下で待っていた。
昨日の予行演習でクラウドも自分のことを好きでいてくれたことはわかった。自分たちは相思相愛だったのだ。気持ちが先走り過ぎて怒らせてしまうというポカをやらかしてしまったが、そんなことはもう気にならなかった。
勢い余って押し倒してしまったことを謝ればきっと許してくれる。気持ちは通じ合えたのだから。
ザックスは腕時計と廊下の向こうを交互にチラチラと見やった。今日はクラウドは早番だ。もうすぐここを通るはず。クラウドが来るのを今か今かと待っていると、廊下の曲がり角を見慣れた人物が曲がって来た。
矢も盾もたまらず、ザックスはクラウドに向かって全速力で走って行った。
「クラウド!」
走りながら声を掛けるとクラウドは足をピタリと止めた。
照れて顔を真っ赤に染め、プイと視線を逸らしてしまうだろう。
そんな姿を想像していたが、実際は違った。クラウドは何かに嫌悪するように眉根を寄せると横を向いてしまった。
「……オレに何の用」
それは驚くほど冷めた声だった。主を待つ飼い犬のごとく自分に向かってくるザックスにクラウドが呆れたような物言いをするのはいつものことだが、これまでとは明らかに声色が違う。
予想外の反応ではあったが、襲いかかってしまったことを怒っているのだろうとザックスは気を取り直して謝罪の言葉を告げた。
「あのさ…昨日はその…ごめん!ついやっちゃったっていうか、ノリっていうか…」
照れながら頭を掻くザックスの方を見ることなく、クラウドは静かな怒りを湛えながら口を開いた。
「…ノリでああいうことするんだ。最低だな」
「いや、ちが!本当はあんなことするつもりじゃ」
必死に言い繕うザックスにクラウドの怒りは更に増幅していく。
クラウドは両手で自分の耳を塞ぐと、
「言い訳なんか聞きたくない!」
と叫んだ。
この時になってザックスは事態の深刻さに気付き始めた。クラウドは怒っている。謝れば許してくれるなどという軽いものではない。
「ク、クラウド…?」
「…もういいよ。オレの気持ちわかってて遊んでたんだろ?そうだよね。ザックスには考えられないよね。男が男を好きなんて気持ち悪いだけだよね。…それでからかおうと思ったんだろ?」
からかおうなどとは微塵も思っていない。真剣だからこそあんな行動に出てしまったのに。どうしてこんな行き違いが生まれてしまっているのだろう。クラウドは大きな誤解をしている。早く解かなければとザックスはクラウドの肩を掴んだ。
「何言ってるんだ?オレの話を聞いてくれよ」
ザックスが反論しようにも意見を差し挟むことを許さず、クラウドは忌々しげにザックスの手を跳ねのける。
「この間から変だと思ってたんだ。オレがどういうタイプが好きかとか聞いて来たりして。オレに探り入れて…あのトレーニングルーム使って『オレ』を造って遊ぶつもりだったんだろ?…予想通りの答えが返ってきて楽しかっただろ!?」
クラウドは叫びながら睨みつけた。ぽろぽろと涙を零すその姿を前にザックスは氷の魔法をかけられたように固まった。口を開こうにも言葉が浮かんでこなかった。
「クラウド、ちがう。オレは本当に…」
「聞きたくない!オレに構わないでいつもみたいに女の人とどこへでも行けばいいだろ!」
「……!」
「ザックスなんか大きらいだ!」
その一言はザックスを地獄の底へと叩き落とした。
呆然とするザックスの横をすり抜け、クラウドは零れる涙もそのままに廊下を走り去っていった。ザックスはその後を追い掛けることも、それ以上何か告げることも出来なかった。
泣かせた。
クラウドを泣かせた。
一番大切にしたかった存在を自分の手で壊した。
ザックスは頭を抱えてその場に頽れた。
クラウドもまたずっと気持ちを押し殺して耐えてきたことがやっとわかった。
気持ちを悟られないよう必死だったはずだ。その隣で女遊びをする自分の姿を見て、何を思っていただろう。まるで走馬灯のように記憶が頭の中を巡って行く。
絡まれて怒る素振りを見せていたあの時、胸の内では何を思っていたのか。
気付いていない間にクラウドの心に傷を負わせていたのだ。そして遂に取り返しのつかないことをしてしまった。
「クラウド…ちがうんだ…」
その悲痛な声はクラウドの耳に届くことはなかった。
ザックスの視界から遠く離れた廊下の片隅でクラウドは一人すすり泣いた。
好きだと思っていた人に気持ちを弄ばれた。もう何も信じられない。何も信じたくない。
行き違いによって深く抉られたクラウドの心はボロボロに傷ついていた。