ザックスは再びトレーニングルームの中に立っていた。
すぐにでもクラウドに事実を伝えに行きたいところだが、冷静に言葉にすることが出来るか不安になり、渋っていたカンセルの提案を飲むことにした。
カンセルが再びヴァーチャルシステムにクラウドのデータを取り込む作業が終わるのを待っていると、突然目の前にクラウドが現れた。きょとんとした顔でザックスを見ている。
「ザックス、何か用?」
ザックスが目の前のクラウドの肩に手を置こうとしたがスカっと手が通り抜けてしまった。今度こそ本当にヴァーチャルシステムで造られたクラウドだとわかった。本当ならあの日現れるのはこの『クラウド』だったのだ。
『クラウド』から真っ直ぐ見つめられ、ザックスは所在無げに視線を動かした。
「えっと…お前に言いたいことがあってさ」
「オレに?何を言いたいの?」
「あ……」
今更何を言うの?
人の気持ちをあれだけ踏みにじっておいて言い訳でもするつもり?
まるでクラウドから咎められているような錯覚に陥り、ザックスは言葉を失った。すると『クラウド』はむすっとした顔でザックスに迫った。
「なんだよ。言いたいことがあるなら早く言ってよ」
それはいつもクラウドが見せていた表情だった。少し心の平静を取り戻したザックスは深呼吸をして口を開いた。
「この間は、ごめん。いや、ごめんってのは襲っちまったことで…この間ここで言ったことは全部オレの本当の気持ちだ。ウソじゃない。遊ぼうとかいたずらしようとか思ってやったことじゃないんだ」
「………」
「お前に好きだって言う前に…その、練習しようと思ってさ。オレ、今まで誰かに告白なんてしたことなかったから何て言ったらいいのかよくわかんねえし」
「………」
無言のまま見つめる『クラウド』をザックスも見つめ返す。そしてエアリスからもらった花を差し出した。
「…システムだろうと何だろうと、お前目の前にして遊べるほど器用じゃねえよ…」
ザックスが言い終わった瞬間、システムトラブルが起きたのか、突然『クラウド』が電子音を立てて消えてしまった。
自分以外誰もいなくなってしまった空間でザックスは肩を落とした。
「…システムにまで嫌われちまったか」
いよいよ空しくなってきた。今更こんな練習したところで何の意味があるだろう。クラウドに気持ちに伝えても、もうそれに応えてくれることはないのかもしれない。それでも意思に反して言葉が口から出てきた。
「…お前のことが好きだ」
「…本当に?」
背中に体温を感じたと同時に一番聞きたかった声が耳に響いた。夢か幻か、ザックスは一瞬固まると震える声でその名を呼んだ。
「…ク…クラウド?」
「本当に…好き?」
「…ほ、本当の本当に本当!」
「ウソくさい言い方するな」
刺すような口調で言われ、また誤解されてしまうとザックスは慌てて言い繕った。
「いやあの、マジで好きなんだよ。この間なんてさ、夢の中でお前のこと襲っちまったし」
「そ――そんなことまでバカ正直に言うやつがあるか!変態!」
何を言うのかとクラウドはザックスから身体を離し、顔を真っ赤にして叱責した。
「あ、うん、ごめん…オレまた余計なこと言っちまって…」
しゅんとしながら素直に謝るザックスに小さく声を上げて笑った。そして再び自身の身体をザックスの背に預けた。
「ここでザックスに好きだって言われて、すごくうれしくて、夢じゃないかって思った。…でもザックスがオレが『本物』だってわかったら気まずそうな顔したから…ああ、ここのシステム使って遊んでたんだなって思って」
クラウドはその広い背中に顔を預けると、ザックスの腹に手を回して抱きついた。
「一人で喜んで、その気になってたんだって思ったら恥ずかしくて……何か引っこみつかなくなっちゃんだ。ひどいこと言ってごめん」
ザックスは後ろを振り返り、クラウドを抱き寄せた。そして腕の中で硬くなるクラウドに小さく囁いた。
「大丈夫だよ。もう襲ったりしねえから」
「!」
「この間はクラウドから好きって言われて…うれしくなってついやっちまった。嫌がってたのにごめんな…」
するとクラウドはもじもじしながら言葉を返した。
「…あの時は…カンセルさんが外で見てたから…」
嫌がる素振りを見せていたのは行為自体が嫌だったからではない。クラウド的にはあの時点でOKだったということだ。もし携帯が鳴ることがなかったらあのまま事を済ませることが出来て、すんなり付き合うことになっていたかもしれない。無性にくやしくなり、ザックスは地団駄を踏んだ。
「くそ、カンセルが邪魔しなかったらあの時ヤれてたのか…!?」
「な、何言ってんだよ!大体ここどこだと思ってんだよ。トレーニングルームだぞ」
「そうでした」
「それに…カンセルさんが全部教えてくれたんだ」
「え?カンセルが?」
クラウドはコクリと頷いた。
先日、カンセルはクラウドの元を訪れ、事の次第を伝えようとした。当初聞く耳を持たなかったクラウドもカンセルの訴えに折れ、耳を傾けることにしたという。
「この間ここ使って告白の予行演習するようにザックスに言ったのは自分だからあいつを責めないでくれって。それと…今日ここにザックスが来てるって教えてもらって…」
「あいつ…」
何だかんだ言いつつもやはり気を揉んでくれていたのだ。友人の気遣いにザックスは胸が熱くなるのを感じた。
「『ザックスがあそこのシステム使って遊ぶなんて知恵が働くように見えるか?』ってカンセルさんに言われて。ああ、そうだなって思ったんだ」
「あんにゃろー!!」
ザックスが叫びながらモニタールームを睨んでいると先ほど消えたヴァーチャルシステムの『クラウド』が再び姿を現した。
「あれがヴァーチャルシステムのオレなんだね」
二人がそちらに視線を向けると、『クラウド』はニコリと笑い、音もなく消え去って行った。
「ありがとな…」
* * *
トレーニングルームを出た二人はカンセルを探したが、すでに退散していたのか姿を見つけることは叶わなかった。
「お礼に今度カンセルに女の子紹介してやっかなあ」
「…ふーん。随分顔が広いんだね。特に女の子に」
「え!?いや、そういうわけじゃ…」
ザックスが言い繕うが、クラウドはつんと顔を横に背けた。まさかこんな一言で嫉妬を買うことになるとは予想していなかった。
今までは表に出さないよう抑えていただけで、胸の中では嫉妬の炎が渦巻いていたのかもしれない。女性の話題を出した時、クラウドが急に不機嫌になったことをザックスは思い出す。これまでの自分の行動を思い返し、空恐ろしくなった。
「あの、ほら、受付の子とかさ、どうしても顔見知りになるだろ?」
「別に。オレはそんなことないけど」
依然拗ねたままのクラウドを前にザックスは立ち尽くした。この間怒った時に比べれば本気で怒っていないことくらいわかるが、どうにも焦ってしまう。
困り果てたザックスは何を思ったかクラウドに突然抱き付いた。
「機嫌直せって!な?」
「こっ…こんなところでやめてよ…」
怒りを買って殴られるかもと危惧したが、思いの外効果があったようで、クラウドは顔を赤らめて大人しくなった。
機嫌を損ねてしまった時はこうすればいいのだとザックスは一つ学習した。
そんな二人を遠巻きから見つめていたカンセルは作戦が成功したのだと安堵しつつも、ちょっとした苛立ちを感じていた。
やはりあいつは一度こっぴどくフラれる経験をした方がいい。今回だって何だかんだで結局両想いだったのだから。
「あー、くそ。オレだっていつかめちゃくちゃカワイイ彼女見つけてやる…」
小さくつぶやくと、カンセルは二人に背を向けて廊下を歩いて行った。
END