「ザックスさんってお前のことお気に入りだよな」
「べ…別にそんなことないよ。普通だよ」
「いや、どう見てもそうだろ…」
同僚の何気ない言葉にクラウドの心は揺れる。
――ザックスが一番気に掛けているのは自分。もしかしてザックスも……。
そんなわけない。クラウドは頭を振った。
似たような言葉を掛けられる度にクラウドは期待に胸を躍らせ、すぐに思い直す。それの繰り返しだった。
ある時、本社ビル・エントランスホールの警備を終え、受付を通りかかった時にもこんなことを言われた。
「警備お疲れ様でした」
受付嬢から声を掛けられ、クラウドはマスクを外して会釈をした。
「あら、あなただったんですね」
「え?」
「ザックスさんといつも仲良くしてる人でしょう?うらやましいわ」
「そんなこと、ないです…」
女性から何を言われも空しいだけだった。
だってどんなに仲良くしているように映っても、それは友人としてでしかないのだから。
ザックスと過ごす時間は楽しい。一緒にいるだけで心が弾む。
でもどれだけ長く一緒の時間を過ごしてもザックスの一番になることは出来ない。なぜなら友達として過ごしているだけなのだから。
ザックスの一番は他にいるのだから…。
そうだとわかっていても一緒にいたい。その度にどれだけ心が傷ついても。
* * *
「なあクラウド〜、せっかく来たんだからゲームばっかじゃなくてさ」
「…うっとうしいな!ベタベタするなよ!」
「つ、冷たい…」
クラウドの胸に渦巻く感情など知りもしないザックスは、クラウドにいつものようにスキンシップを繰り返す。
うれしいけど、苦しい。
ザックスにとってそれは友達にする行為で、特別な感情を持ってやっていることではない。
そうだとわかっているのに、クラウドの心にはガラスのようにピシピシとヒビが入っていく。友達だと思おうとすればするほど、感情が溢れそうになる。
好きだなんて悟られたらザックスに嫌われる。
その思いからクラウドは必要以上にドライな態度を貫いた。
それなのに。
「えっと…クラウドってさ、好きな子とかいないのか?」
ザックスから突然投げかけられたその質問は、クラウドの心に大きな亀裂を走らせた。
好きな人?いるに決まっている。目の前にいると告げたらザックスはどんな顔をするだろう。
だが、次に言われた言葉がそれを遮った。
「あ、好きな女の子とか?」
…当たり前だ。男の好きな人なんて女の人に決まってる。
落胆したことを勘づかれまいと、クラウドは気のない素振りを見せながらそんな人はいないと返事をした。なぜか安心した様子のザックスを不思議に思いながら、クラウドが遊んでいるゲームに集中しようとしたところで、ザックスはまたクラウドの心を揺さぶる一言を加えた。
「え?いや、いないなら紹介してやろうかなーとか!」
女の人なんて紹介して欲しいわけがない。
何でそんなこと言うの。こっちの気持ちも知らないで。
その後もザックスは話しかけていたが、クラウドの頭にはほとんど入って来なかった。
翌日もザックスは似たような質問をしてきた。
「クラウドってさあ、どういうのが好みのタイプ?」
何の意図があってこんなことを聞いているのかわからなかった。
ザックスみたいな人が好みのタイプだよ。…そう言ったら気持ちに応えてくれるの?
そんなこと言えるわけない。
「タイプなんて突然言われてもよくわからないよ。…昔、母さんから『お前には年上でお前のことぐいぐい引っ張ってくれるような人がいい』って言われたことあるけど」
答えに困ったクラウドは以前母親から言われたセリフをそのまま告げた。
ああ、これってザックスにも当てはまるかもしれない。目の前にぴったりの人がいるのに。
そんなことを考えながら、クラウドの胸の内はどんどん空しくなっていった。
更にその後、ザックスは電話でクラウドに男に興味があるかと問いただしてきた。
…もしかして自分の気持ちに感付いたのだろうか。だからこんな探りを入れているのではないか。
素知らぬふりをしてやり過ごしたが、内心穏やかではなかった。
それでもクラウドの心に植えられた不審という名の種は、この時まだ芽を出していなかった。