――それは仕事休みの日のことだった。
何をするでもなくクラウドは街中をブラブラと歩いていた。その時偶然にも人混みの中でザックスの姿を見つけたので駆け寄って声を掛けようとしたが、途中でピタリと動きを止めた。ザックスの横に美しい女性が寄り添っていたから。
駆け寄ろうとした足を逆方向に向けて、クラウドは何かから逃げるように無我夢中で走った。
また、違う女の人と歩いてる。この間はブロンドの女性で、今日は赤毛の女性。どちらもスラリとしていて、プロポーションも申し分ない、ザックスが横に据えるのにふさわしい女性だった。
当たり前だ。あれだけ見た目がよければ、寄って来る女性だって後を絶たない。あんなキレイな女性とお付き合い出来るザックスをうらやましいと思うのが普通だ。
それなのに、何で女の人に嫉妬している?
考え事をしながら走っていたせいで足元への注意がおろそかになり、クラウドは小石につまずいて盛大に転んでしまった。
手と足が痛い。だからだ。涙が流れてくるのは。
…ちがう。涙が流れてくるのは…。
* * *
ザックスが女性と付き合うのはザックスの自由だ。誰と付き合おうが咎められるものではない。
しかしザックスが女性をとっかえひっかえしている姿を見るたびにクラウドの胸はズキズキと痛んだ。
ザックスがうらやましいんじゃない。うらやましいのは…女性の方だ。
なぜ友達を好きになってしまったんだろう。
なぜザックスを好きになってしまったんだろう。
ザックスのことが気になるようになったのはいつからだろうか。
そう、ザックスの自宅に招かれた時だ。何かについて話しているとザックスがぷっと噴き出した。クラウドの言ったことが頓狂だったのだろう。その頭を軽く撫でながらこう言った。
「…お前って本当にかわいいなあ」
そう言われた瞬間、クラウドの心臓が大きく脈を打った。落ち着けと命じても言うことを利かない鼓動。顔は熱くなり、頭がクラクラしてくる。
黙ってしまったクラウドを不審に思い、ザックスはひょいとクラウドの顔を覗き込んだ。
「え?何?どうした?」
「…か…かわいいとか言うな!オレは男なんだぞ!」
訳も分からず、クラウドはザックスを怒鳴りつけた。
今思えば、あれは取り乱す自分をザックスに気付かれまいと当たり散らしていたのだ。ザックスはそんなことに気付くこともなく、機嫌を損ねてしまったと思い込み、ただひたすら謝った。
それからというもの、ザックスの一挙手一投足が気になるようになってしまった。気がつけば会社でもどこでもザックスの姿を追うようになった。
こんな場所にいるわけない。そうわかっていても目はザックスを追い求める。
ザックスが遠征へ駆り出されて、会うことが出来ない日は四六時中ザックスのことが頭を離れなくなった。
ザックスのことを考えると胸が苦しくなる。なぜだかわからず、一人泣いたこともあった。
これが世間でいうところの恋だと自覚するまでにしばらくの時間を要した。しかしそこから更にクラウドの苦悩は続いた。
なぜ。どうして。相手は友達で、そして男だ。
こんなの普通じゃない。
男が男に好かれたってうれしいはずがない。ましてや女好きのザックスが、男に好意を寄せられているとわかったら気持ち悪がるに決まってる。
これは一時の気の迷いだ。クラウドはそう思い込もうとした。
単身田舎から出て来て神羅に入れたはいいものの、都会のことなど何もわからず困り果てていたクラウドに親切にしてくれたのがザックスだった。他人に対して疑心暗鬼になっていたところを何かにつけて世話を焼いてくれるザックスにクラウドも次第に心を開いていった。
その信頼の情を別の物と勘違いしているだけだ。だってそうでなければおかしい。自分は男でザックスも男なのだ。
どうにかして己の気持ちから目を背けようとするが、思いは日に日に募っていく。
ザックスの自分に対する接し方が他と違う気がする。他の人にはこんな接し方はしないし、自宅に招かれる頻度も多い。
もしかしてザックスも自分に対して特別な感情を抱いているのでは…。
そんなことを考えて、クラウドは自戒した。
どうしてそんな都合のいい考えが浮かんでくるんだ。ザックスがどれだけの女性と付き合ってきていると思っている?今日だってどこかで女性と会っているに違いない。
ザックスにとって自分はただの友達で、当然のことながら恋愛対象になどなりえないのだ。
その事実にクラウドはまた涙を流した。