先日ザックスを諦めさせるのは無理だと白旗を上げたものの、どうにかして踏み留められないかとカンセルは最後にもう一つの案を持ちかけた。
「告白の予行演習?どうやってだ?」
「実際に本人にするんだよ」
それでは予行演習ではなく本番じゃないかとザックスに反論されると、カンセルは人差し指を立てて舌を鳴らす。
「正確には本人を模して造ったヴァーチャルシステムでだ」
「え?何だそれ」
カンセルの案とは、トレーニングルームに備えられているヴァーチャルシステムを用いて仮想のクラウドを造り出し、それを相手に告白の練習を行うというものだ。
神羅では不測の事態に備えて全社員のパーソナルデータを記録している。身長・体重・身体能力・容姿などの他に性格や行動パターンなどもデータベースで管理されていた。
ソルジャーも例外ではなく、ザックスやカンセルのデータも記録されている。管理されている側としては気持ちのいい話ではないが、今回はそのデータを大いに利用させてもらうことにした。
「つまりそこからデータをコピーしてトレーニングルームのヴァーチャルシステムに取り込むのか」
仮想のクラウドを造り出し、本番さながらに告白を行わせる。性格や行動パターンも本人のデータが記録されているのだから、上手くいけば実際にどういう反応をするかそこでわかるという寸法だ。
ヴァーチャルシステムとはいえ、そこで『クラウド本人』からはっきり拒否されればザックスも目が覚めるだろう。
「外部から無理やり突っ込むデータだからちゃんと取り込めるかわからないけどな」
「随分回りくどいことするのな。さくっと行っちまった方が楽なのに」
面倒くさそうにこぼすザックスをカンセルはジロリと睨みつけた。
「…お前はいつもされる側だからわからんだろうがな、告白ってのは本来一大決心の元に行うもんなんだぞ!?」
「お、おう…?」
「モテ男のお前には告る側の人間の心情なんて理解出来ないかもしれないけどな。周到に周到を重ねて、『よし、今だ!』って頃合い見計らって告白するもんなんだよ。事前のリサーチをしようとも思ってなかったくせに軽々しく告るとか言ってんじゃねえ!」
場つなぎとして持ちかけた案だが、こちらの苦労も知らず、まるで緊張感のないザックスにカンセルもついつい熱くなってしまった。
「うん…そうか、そういうもんなのか」
カンセルの妙な気迫に圧され、ザックスは素直にその案に従うことにした。
データベースへのアクセスは比較的楽に行えた。対象が一般兵のデータを保存しているサーバーであった為、容易にデータを入手することが出来たが、これがセフィロスを始めとするソルジャーのパーソナルデータともなるとそう簡単にはいかなくなる。
特にセフィロスのデータなど機密中の機密である。まずデータベースに侵入すら出来ないだろう。
何はともあれ、データは無事手に入れることが出来た。後は予行演習の日を待つばかりとなった。
* * *
予行演習を明日に控え、何日かぶりにスラムの廃教会へやってきたザックスはイスに座り込んで何やらぶつぶつと呟いていた。
「クラウドはオレのこと…好き…嫌い…す」
「何やってるの?」
ちょうど花の世話にやって来たエアリスに後ろから話しかけられ、ザックスは屈めていた背中をピンと伸ばした。
「あ、いや…花占い?」
ザックスは指で一輪の花をくるくる回しながら答えた。
エアリスはその横に座ると掌を目の前に差し出した。
「お花代、100ギルね」
「なに!?たっけーな…」
「冗談よ。でも、何だか似合わないよね。花占いなんて」
「え?どうして」
エアリスはザックスの手から花を奪うと残っている花びらを指で弾いた。
「だって占いとかに頼るように見えないんだもの」
「やっぱそう思う?」
ザックスはイスの背もたれに身体を預けて頭上を遠い目で見つめた。珍しく物憂げな様子を見せるザックスにエアリスは目を丸くする。やはり本当に好きな人のことを思うと極楽トンボなザックスでもこんな表情をするものなのかと感心した。
「ねえ。悩むくらいだったら男らしくガツン!ってぶつかっていったら?」
そう言いながらエアリスはザックスの肩を握り拳で軽く小突く。
「…うん。オレもそうしたいんだよね」
「じゃあなんで?」
ここ数日なんだかんだとカンセルに助言してもらったが、どうにも性に合わない。元々細かいことを考えるのは苦手だ。早く気持ちを伝えてすっきりしてしまいたい。こうして燻っているうちにクラウドがどこの誰を突然好きになるともわからないのだから。
クラウドの交流関係はそれほど広くない。むしろ自分以外に友人らしい友人はいない。今なら自分に分がある。根拠はないが戦場で培った動物的勘がザックスにそう確信させていた。
「んー、それじゃダメだって言われてさ。告白ってのは事前のリサーチが重要らしいんだよ」
「ふーん。リサーチって花占いでするものなの」
「いや、そうじゃなくってよー」
のんびりとした会話を楽しんだところで、そろそろ仕事に戻る時間かとザックスが腕時計を見やった時、エアリスがぼそっとつぶやいた。
「慣れないことすると、失敗しちゃうかもよ?」
「え!そういうこと言うなよ!」
「ふふ…まあでも本当の意味でフラれるのもいい経験になるものよ、ザックス」
不吉な言葉を放ちながらエアリスは日課である花の世話に向かった。