翌日の昼。ザックスはクラウドを誘って社員食堂へやって来た。
食後のコーヒーを飲みながら、カンセルの指示通り好みのタイプについて問うてみた。
「クラウドってさあ、どういうのが好みのタイプ?」
「…またその話?」
昨日に続いてまた恋愛関係の話を持ち出され、クラウドはうんざりした顔をする。
奥手なだけなのか本当に興味がないのかはわからないが、元々クラウドはこの手の話が好きな方ではなかった。ザックスも友達付き合いを始めた当初は話題にしていたが、それがわかってからはなるべく話に出さないようにしていた。更にクラウドへの好意を意識するようになってからは一切こういう話をすることはなくなった。
そういうわけで、昨日に続いて再び恋愛話をし出したザックスをクラウドは不審そうに見やる。
「何となく聞いただけで別に変な意味はないって」
クラウドから刺すような疑いの眼差しを向けられ、ザックスは両手を振って取り繕った。
「タイプなんて突然言われてもよくわからないよ。…昔、母さんから『お前には年上でお前のことぐいぐい引っ張ってくれるような人がいい』って言われたことあるけど」
「な、なるほどなー。そっかー」
昨日と同じく嬉しそうな声を上げながらニヤけるザックスに首を傾げると、クラウドは飲みかけのカップを口に運びながらぽつりと告げた。
「ザックスは胸の大きい人が好きなんだろ」
そんなこと言っただろうか。クラウドがいつ話したことを元に言っているのかわからなかったが、ザックスは慌てて否定した。
「いやいや!全然ぺったんこでもOKだぜ?」
クラウドへの好意をアピールをしたつもりが、当の本人から送られてくる視線はそれはもう冷ややかだった。
そしてクラウドは飲み終わったカップをテーブルに戻すとザックスに一言食らわせた。
「…節操なし」
* * *
「…というわけで何だか呆れられちまったんだが」
「やっぱり日頃の行いって大事だよなあ…」
ザックスの報告を受けて、カンセルはしみじみつぶやいた。
「オレなりにクラウドにアピールしたつもりだったんだけどなあ」
「…ぺったんこ胸が好きだって言われてオレのことがタイプなんだって思う男がいるか?あ?」
相変わらず能天気なことを抜かすザックスに詰め寄りながらカンセルは強い口調で問い質した。
「う…いやさ、オレ的には収穫あったと思うんだ。クラウドのお袋さんの言ってたタイプってもろにオレじゃねえか?」
「そのポジティブさを見習いたいもんだな。クラウドのお袋さんが言ってるのはお姉さんタイプが合ってるってことで、間違ってもお前のことじゃない」
きっぱりと否定するカンセルにザックスは食い下がる。
「お前、オレのことヘコませたいのか?」
その通りだ。という言葉をどうにか飲み込み、カンセルは再度ザックスに問うた。
「じゃあお前みたいなのがクラウドに合うとしてだ。どうするよ」
「そりゃもう今すぐ告白するしかねえだろ」
どこまでも平行線を辿るザックスの思考回路にいよいよカンセルも付き合いきれなくなってきた。一番重要なところを無視して事を進めようとするザックスにカンセルは声を荒げる。
「お前なあ!肝心なこと忘れてんじゃないのか?」
何か忘れているだろうかとザックスは左右に目を泳がせる。まるでわかっていないその様子にカンセルは頭を抱える。
「…あのな、クラウドは男だぞ。世間一般の常識で考えたら男が男を恋愛対象に見るなんて普通じゃねえんだよ」
「まあ…そうだろうな」
「わかってんじゃねえか。男が男から告られたところで『じゃあ付き合おうか』なんてすんなりいくわけないだろうが」
「え…いやでもよ」
懲りずに反論しようとするザックスを遮り、カンセルが続ける。
「クラウドにそっちの素養があるってなら話は別だけどな、大抵は…」
「わかったよ。クラウドにそれを確かめればいいんだろ」
「あ?…うんまあ、聞いてみろよ」
答えはわかりきっている。これでザックスも自分の前に立ちはだかる大きな壁の存在に気付くことだろう。
本当は応援してやりたい気持ちもある。だがどう考えても上手くいくと思えない。こうして茶番に付き合ったのは泥沼にならないうちに諦めさせようという思惑からだ。おせっかいかもしれないが、それがお互いの為だと思ってのこと。
カンセルがそんなことを考えていると、ザックスが目の前で携帯で電話を掛け始めた。
「え!?電話で!?」
慌てふためくカンセルを無視し、ザックスはその場で通話を始めた。
「あ、クラウド?」
『どうしたの』
「クラウドってさ。男に興味あるか?」
『…はあ?何言ってんの?』
「やっぱない?」
『あ…当たり前だろ…いきなり何言い出すんだよ』
「そっか。そうだよな」
それだけ聞きたかったんだと言いながらザックスは電話を切った。
「うん、男に興味はないらしい」
芳しい返答でなかったにも関わらず、ザックスはあっけらかんとしていた。
「…それならもう告白するまでもないだろ。諦めろ」
「何でだよ」
まだわからないのかとカンセルの苛立ちは最高潮に達し、ザックスの胸倉を掴んだ。
「何でもくそもねえよ。クラウドにはそっちの気はないってことだ。それでお前があいつに好きだって言ったところでどうなるかわかるだろうが」
「待てよ。何か勘違いしてねえか?」
「は?」
「オレだって別に男に興味はねえよ。興味があるのはクラウドだけだ」
「…じゃあ何か?クラウドも男に興味はなくても自分にはあるって?」
うんうんと大きく頷くザックスにカンセルは言葉を失った。
何を根拠にそこまでの自信を持てるのか、心底理解出来ない。今回話を聞いた限りではクラウドがザックスにその手の好意を見せているようには思えない。むしろ冷淡な態度を見せている。第三者にはわからない何かがあるとでも言うのか。カンセルの思考は深みに落ちて行った。
「他の野郎を好きになる心配はないってわかったけどさ、クラウドってやっぱかわいいじゃん?誰かに取られないか心配なんだよ。もうとっとと気持ちぶちまけてえんだ」
告白すればそれで上手く行くと思い込んでいるザックスを止めることは最早出来ないとカンセルは悟った。
そしてこの時になってカンセルはやっと気付いた。ここ数日ザックスに諦めさせるつもりでやらせていたことが却って自信を持たせる結果になってしまったことに。
二人が築いてきた友人関係を考えて諦めさせるつもりだったが、ザックスの金剛石より固い意志の前に、その目論見はボロボロと崩れていった。