数日後。
クラウドが自宅を訪れる機会が出来たので、ザックスはカンセルに言われた質問を投げかけてみた。
「えっと…クラウドってさ、好きな子とかいないのか?」
「え?」
ゲームをしている途中で何の脈絡もなく話しかけられ、クラウドは思わず間の抜けた声を上げた。
ザックスはカンセルの言っていたことを思い出し、質問を言い直した。
「あ、好きな女の子とか?」
クラウドはテレビ画面に向けていた視線をザックスの方へ僅かに動かすが、すぐにまた戻してボソっと言った。
「…別にいないよ」
それを聞いてザックスはホッと胸をなで下ろした。
クラウドも年頃の少年だ。意中の異性がいてもおかしくはない。
加えてクラウドは同年代の少年たちと比べて見ても整った顔立ちをしている。ザックス自身がそうであるように、本人が積極的に動かずとも相手から交際を申し込まれることも十分あり得る。が、今のところその心配はないとわかった。
「そっか、そうなのか」
とりあえずは第一関門突破。これなら大丈夫だとザックスは安堵した。
「…何?それがどうかしたの?」
ザックスのどこかうれしそうな声にクラウドは不思議そうな様子で訊ねた。
「え?いや、いないなら紹介してやろうかなーとか!」
咄嗟にそんなことを口にしてしまい、ザックスはしまったと青ざめた。
これでもしクラウドが紹介して欲しいと言ってきたらどうするのか。異性に興味の向く年頃だ。自分から動く気はなくても信頼出来る友人からそう言われれば話に乗って来ることは考えられることだ。せっかくフリーだとわかったのに何を口走っているのだとザックスは胸の内で己の軽率さを嘆いた。
しかしそれは杞憂に終わった。ザックスの持ちかけに対するクラウドの反応はドライだった。むしろどこか怒っているようにも見えた。
「いいよ。今そういうの興味ない」
「なに!?そうなのか?」
普段のクラウドを知っていれば十分想定出来る反応だったが、不安と安心の混在した複雑な心境から、ザックスもつい大げさなリアクションをしてしまった。そのわざとらしいとさえ思える驚き方に、クラウドはザックスを一瞥すると不機嫌そうにぷいと顔を背けた。
「みんながみんなザックスみたいに女好きだと思わないで欲しいね」
* * *
「…というわけで何だか怒らせちまったんだが」
「日頃の行いって大事だよなあ…」
ザックスからの報告を受け、カンセルはうんうん頷きながらつぶやいた。
要はお前のような女と見ればすぐ付き合うような俗物的考えを持ってる人間と一緒にするなと呆れられたのだろうとクラウドの心中を察した。
同調するカンセルに対し、ザックスは気落ちした様子でちいさくつぶやいた。
「オレってクラウドにそういう風に思われてたのか…」
そらあれだけ女の子をとっかえひっかえしてれば普通そう思うだろ。
とはさすがにカンセルも口には出さなかった。
実際ザックスの女癖は傍目にもいいとは言えない。元からそういう傾向はあったが、クラウドへの好意をごまかすということもあって更に拍車がかかっていった。
だがそんなことを周りが知る由もなく。ザックスの交際遍歴はクラウドも当然見てきている。女癖が悪いという印象を抱くのは至極当たり前のことだ。
「…まあ好きな子がいないってわかっただけよかったじゃん」
ザックスもそれを聞いた時はそう思ったが、その後で思い直してまた不安になったと吐露した。
「でもさ、今そういうのに興味ないって言ってたんだ。オレが気持ち伝えても興味ないで済まされちまったりしねえかな?」
ある前提を一つ飛び越えて話を進めているが、カンセルは今はあえてそれを突っ込まないことにした。
それはそれとして、そう言われる可能性は十二分に考えられる。カンセルもクラウドのことは噂に聞いたり実際見たことがあるが、その印象からすると生真面目ではあるが、時としてドライな考えを持っていることをうかがわせる。ザックスの話を聞いてもそれは同じだ。
じゃあ諦めるかとカンセルが訊ねるとザックスは勢いよく首を横に振った。
これで諦めてくれればとカンセルも少し期待したが、やはりそうは問屋が卸さない。
「そろそろ告白か?」
「アホか!なんですぐそうなるんだよ。次はそうだな…好みを探れ」
まだあるのかと肩をすくめるが、何かを思い出したのか、ザックスは顎をしゃくった。
「…そういえばさ。初恋の子のこと、もうちょっと聞いてたんだ」
「ほう?」
「黒髪で、腰くらいまである長髪の…」
「…で?オレも長いからオレのことじゃないかなーって?」
「いや、参考になるかなーって?」
ここまで来ると思考パターンも簡単に読めてくる。どこまでもポジティブシンキングなザックスを一度でいいからネガティブな思考に陥らせたいという欲求がカンセルの中に湧いてきた。が、そんなことは無理だとすぐに考えを改めた。
「それならタークスのツォンだってまあまあ長いだろ」
「え!?じゃああいつ、オレのライバル!?」
「バカかお前は」
そして皮肉も通用しない友人にカンセルは大きなため息をついた。
「…とりあえず好みのタイプを聞いてみろ。どういうタイプが好きか、これは重要だ。今度は怒らせんなよ」
「お、おう」
本当はさして重要ではない。恋は盲目と言うように一度恋に落ちれば好みなど関係なくなってしまうものだ。しかし今はとりあえずこれでお茶を濁すことにした。
一方その頃、総務部調査課では。
「っくし!」
タークス副主任のツォンが大きなくしゃみをしていた。
「ツォンさん風邪か?この間もくしゃみしてたな」
すぐ側にいた部下のレノが横目で鼻をこするツォンを見やる。
「いや、体調は特に問題ないが」
レノは心配しているのか笑っているのかよくわからない表情を浮かべながらツォンの肩を叩いた。
「誰かがあんたのこと噂してるのかもしれないぞ、と」
「…何か急に悪寒がしてきた」