半日ほどクラウドは寝たきりの状態だった。
クラウドが寝ているうちにザックスは近場の店で風邪薬や氷枕などを看病に必要なものを買い求めた。
キッチンで氷を砕き、氷枕に入れて、寝室で眠るクラウドの頭の下に敷いてやる。
するとずっと閉じられたままだったクラウドのまぶたがわずかに開き始めた。
状況が飲み込めていないようで、クラウドは目を動かしてザックスや部屋を見回す。
「よう。気分はどうだ?」
「ここ…どこ」
「オレのうち。お前急に倒れるからびっくりしたよ」
ザックスの言葉を受けてクラウドは顔をしかめた。そして少し間を開けてから再び口を開いた。
「…ごめん。寮に帰る」
よろよろと身体を起こそうとするクラウドの肩を押さえ、ザックスは慌ててベッドに戻した。
「バカ。こんな状態で帰せるわけないだろ。ここにいろよ。オレしかいないし」
「でも」
「今日一日様子見て、よくならなかったら会社の医務室に行こう。な?」
「……わかった」
熱で思考する力が落ちているのか、クラウドは存外大人しく言うことに従った。
ここで出て行かれては元も子もない。ザックスはふうと息を吐くと部屋に置いておいたパジャマをクラウドの元に持って来た。
「え?なに…」
「汗かいた服着てたらまたぶり返すだろ」
手伝ってやろうかとも思ったが、クラウドの性格を考えると着替えを見られることを嫌がるだろうと思い直し、ザックスは寝室を出てキッチンに向かった。
片手鍋を火に掛けながらザックスは寝室の方を見やる。やはりいつものクラウドだ。
寝ながらうなされていた時のクラウドの姿がザックスの頭を過る。
子供のように自分に縋りついてきたクラウドの姿が。
あれが本心だったとしたら…?
本当は誰かを、自分を頼りたいと思ってくれているのだろうか…。
* * *
しばらくキッチンにこもっていたザックスはトレイを持って寝室に戻ってきた。それをサイドテーブルに乗せると湯気の立っている器を取り、クラウドの前へ持って来た。
「これなに…」
「ミルク粥。何か食わないと薬飲めないだろ。少しでもいいから食っとけ」
「あ…ありがとう」
起き上がって返事をしたものの、器を見つめたまま手に取ろうとしないクラウドをザックスは不思議そうに覗き込む。
「なに?あーんってしてもらいたいのか?」
ふざけながらザックスはスプーンで粥を掬い、フーフーと息を吹きかけて冷ますとクラウドの口の前へ持って来た。
「ほれ、あーん」
それでもクラウドの反応はない。
ふざけすぎたかとザックスも少し気まずそうな表情を浮かべる。するとクラウドの口がわずかに動き始めた。
「…母さんが…昔風邪引いた時に作ってくれた」
「え?ミルク粥を?」
その問いかけにクラウドはこくんと頷く。
ザックスに問われて答えることはあったが、クラウドが自分から故郷のことや家族のことを話したのはこれが初めてだった。
「それなら大丈夫だよな。苦手なのかと思って心配しちまったぜ。まあ母ちゃんお手製とまではいかないだろうけど」
じゃあほらとザックスはスプーンを揺らす。
「じ、自分で食べるっ」
クラウドは更に顔を赤くしながらザックスの手からスプーンと器を奪い取る。
「別に遠慮しなくてもいいのに」
「…遠慮なんかしてない」
先ほど見せた弱弱しさなどどこか行ってしまったようで、クラウドは粥を少しずつ掬って食べた。
フーフーと息をかけて冷ましてからスプーンを口に運ぶ。その単調な動作を繰り返しながらクラウドは徐に口を開いた。
「ごめん。ベッド占拠した上に食事まで」
「んなの気にすんなよ。ゆっくり休め。会社にはオレが連絡入れといたから」
「…すぐ、仕事に戻るよ」
クラウドは目を伏せてザックスの言葉を否定するかのようにつぶやいた。
ザックスはクラウドを自宅へ運んですぐ、クラウドの直属の上司に体調不良で倒れたので仕事を休むと代理で伝えた。
その時にクラウドの勤務態度は真面目そのもので、有休も未消化のものがまだ何日か残っていることを教えられた。近頃顔色がよくないことは上司も気付いていたようで、しっかり回復するまで休めるよう手配すると了解をもらっていた。
所属する隊で孤立無援になっていると思っていたザックスは電話口から聞こえる暖かい言葉に目から鱗が出る思いだった。
頼ろうと思えば頼れる人間はいる。それにクラウドは気付いていない。
気付いていても頼ろうとしていないだけかもしれない。
それはプライド故か、それとも……。