ザックスは倒れたクラウドを抱えて自宅へ連れ帰った。
通常の仕事に加えて副業で身体を酷使したために無理を来たしたのは明らかだった。
本社ビルにある医務室へ連れて行こうか迷ったが、発熱しているものの肺炎などを起こしている様子はない。それに今いる場所から本社に向かうよりは自宅の方が近い。
一日家で様子を見て、回復の兆しが見られなかったら医務室へ連れて行くことにした。
それは無理やり付けた理由だった。
本当ならすぐに医者に診てもらうべきだ。だが連れて行けば仮に症状が軽かったとしても、そこでしばらく様子を見ることになるだろう。
だから連れて行きたくなかった。自分の元に置いておきたかったから。
自分の目の届く場所にいないと、またどこかへ行ってしまうのではないだろうか。その不安から自宅に連れ帰ることを選択した。
子供じみた、実に自分勝手な理由だとザックスも重々自覚しているが、止めることは出来なかった。
* * *
自宅に連れて帰り、ベッドに寝かしつけてもクラウドは目を覚まさなかった。
時折聞こえてくる苦しげな声にザックスは顔をしかめる。
「…はぁ…っ」
「大丈夫か?」
ザックスはクラウドの額に手を当てる。額から掌に熱さがじんわり伝わってくる。かなりの高熱だ。
布団を一枚剥いでやろうとしてザックスはぴたりと止めた。
「熱がある時は汗かいた方がいいっていうよな」
要領を得ない様子でザックスはクラウドを見やった。
健康なことだけが取り柄と親に言われたこともあるくらいザックスは健康優良児だった。怪我をするのはしょっちゅうだったが、幼少の頃に風邪を引いて以来、病気らしい病気に罹ったことがない。必然的に部屋に常備薬も置いてない。
急いで風邪薬を買ってこなければとザックスが部屋を出ていこうとしたその時。
「かあ…さん…」
「ん?」
ザックスは自分が呼ばれたのかと思い、後ろを振り返った。すると普段気丈なクラウドの口から想像出来ない言葉が発せられた。
「かあさん…」
熱に浮かされながらクラウドはすがるような声で母を呼んでいた。
クラウドが突然倒れてしまったのですっかり失念していたが、後で不足しているであろう入院費を送るために送金窓口にも行かねばならない。
ザックスはクラウドの元に戻ると額に張り付いた前髪を払ってやる。
「か、…さん…ごめん…」
苦しそうに呻きながらクラウドは母へ向かって謝罪の言葉を述べた。
――色々切り崩してるのか知らないけど真面目な子ね。今までも毎月欠かさず仕送りに来てたし
ネリーの言葉がザックスの頭によみがえる。
母親を助けたい。
ただその一心で半ば無謀な手段で金銭を得ようと一人悪戦苦闘していたのだろう。
誰にも頼らず自分の力で何とかしようと思ったその気持ちは否定しない。しかしどんなに努力しても及ばないこともある。こんなことになる前に自分を頼って欲しかった。
だが今はそれを嘆いていてもどうにもならない。クラウドの選択は否だったのだから。
ザックスがクラウドに背を向け、リビングへ向かおうとした時、再びクラウドの口が開いた。
「ザ…クス」
「え!?」
振り返って見てもクラウドは苦しそうに呼吸を繰り返しているだけだった。
空耳かと後ろ髪を引かれながらザックスがドアノブに手を掛けた時―――。
「…う、あっ…ザックス…」
今度は聞き間違えではない。助けを求めるかのようにクラウドが自分の名を呼んでる。
いつもはまるで弱みを見せないが、心の底では自分を求めてくれているのだろうか。そんな妄念に駆られる。
すぐさま駆け寄ってクラウドの手を握ってやりながら、ザックスは顔を伝う汗をタオルで丁寧に拭ってやった。
「ここにいるからな」
汗を大分掻いているので着替えさせてやった方がいいだろうと立ち上がりかけたが、クラウドが握った手を離さない。
どうしようかザックスがその場に座り込んでいると、クラウドが名前を呼びながら涙を流し始めた。
「ザックス…ザックス……」
「クラウド…」
ザックスは自分の名前を呼ぶ唇を無意識のうちに自分のそれで塞いでいた。大丈夫、側にいると安心させてやるように。