相変わらずクラウドは日雇いの仕事を続けていた。
これで楽になれる。
ザックスから援助を申し出られた瞬間はそう思えた。
しかし差し伸べられた手を素直に握り返すことは出来なかった。
あれほど自分の肉体を酷使して得た賃金。それを上回る金をザックスは事も無げに差し出した。
胸に沸き起こる劣等感と罪悪感が雲のようにもやもやとクラウドの心を覆っていく。
――コンナノ トモダチジャナイ
最初から友達として付き合いを持ったわけじゃない。
向こうが勝手にそう思っているだけだ。
そう思い込もうとしてもザックスから施される無償の善意は凍りついたクラウドの心に少しずつ、しかし確実に孔を空けていった。
人としてザックスに惹かれつつあることを、クラウドには認めることが出来ない。
反発する心は更なる泥沼へと進み、足を飲み込んで行く。
クラウドの思考は明るみとは逆に深い底へ沈んでいった。
* * *
スラムでの仕事を終え、クラウドはフラフラになりながら寮へ向かった。
まるでクラウドの現況を表すかのごとく、寮への道のりは薄暗く、先がよく見えない。
そして寮まであと少しというところで、長身の人影が目に入り込んできた。
「……!?」
街灯に照らし出されたザックスは今までに見せたことのない怒りを秘めた表情でクラウドを見据えていた。
クラウドは蛇に睨まれた蛙のように一瞬立ち竦んだ。ミッションの時に幾度か危険な目に遭ったことがあるが、これほど戦慄したことはなかった。
このままここに居てはいけない。
無意識のうちにその場から逃げようと踵を返すクラウドをザックスは腕を掴んで阻む。
「足らなかったのか」
「え…」
「足りない分渡すからすぐ送金しろ」
怒気を孕んだ声に萎縮するが、クラウドは反射的に手を振り払った。
これ以上みじめな気持ちになりたくない。
「もう放っておいてくれよ!ザックスに頼らなくたって、オレ一人で何とか出来るんだ!」
全身から振り絞るようにクラウドは叫んだ。
もう黙ってて欲しい。構われれば構われるだけみじめになる。
偽りであろうと、どうしてザックスと友人関係を持とうなどと思った。自分の浅慮をクラウドは今更ながら嘆いた。
クラウドの言葉をザックスが素直に受け入れるはずもなく、間髪入れずクラウドに向かって怒鳴り声を上げた。
「バカなこと言ってんじゃねえよ!母親とプライド、どっちが大切なんだよ!?」
「っ…」
何も言えなかった。
金銭面でまでザックスに借りを作って情けなかった。そして病身の母親をも己の下らない意地に巻き込んでしまった自分が許せなかった。
だが、今は何よりザックスを遠ざけたかった。
このまま一緒にいれば沸き起こってくる感情に心を壊されそうで。
「…もう、もうオレに構わないでくれ」
そう言おうとクラウドは口を開いたが、それが言葉として発せられることはなかった。
視界がぐるぐると回る。
遠くでザックスの叫ぶ声が聞こえた。
クラウドはザックスに寄りかかりながら意識を手放した。