仕事と副業の掛け持ちはクラウドの身体に着実に疲労を蓄積させていった。
こんなこといつまでも続くわけがない。
いつになれば終わるのか。クラウド自身もわからない。
まるで出口の見えない暗い迷路を彷徨っているようだった。
すぐ横を振り向けば明かりを灯す手立てがある。
明かりを点けさえすれば、すぐ出口が見えるようになるのに。
しかしクラウドはそこへ目を向けることなくがむしゃらに歩き続ける。
ザックスに頼らなくても自分一人で何とか出来る。
それを証明したかった。
* * *
その日、一日の業務を終えてクラウドはロッカールームへと向かった。
今日は目ぼしい仕事が紹介所で見つからなかったのでこのまま寮へ帰宅出来る。
帰ったらすぐベッドに横になりたい。
会社のシャワールームで身体を流そうか、それともこのまま帰って寝て、朝起きてから寮のシャワーを使うか。
どちらにするか考えた結果、寮に帰って寝ることにした。
まっすぐ帰宅できる安堵の気持ちからクラウドの身体の緊張がほぐれる。
しかしロッカールームを出てすぐ、再び全身に緊張が走った。
「…よ。久しぶり」
母の入院の報せから一ヶ月。
顔を合わせることのなかったザックスが目の前に現れたからだ。
会いたくなかったのに、向こうからやって来てしまった。
どうしていつもこうなんだ。
あのミッションに参加してからずっとこうだ。構って欲しくない時に限って目の前に現れる。
ザックスの視線が痛いほど突き刺さるが、それでもクラウドは沈黙を守った。
クラウドの言葉を待っていたザックスは諦めたように自ら口を開いた。
「最近疲れ気味なんだってな。何かあったか?」
「別に…」
「言えよ。友達だろ?」
ザックスの発した言葉がクラウドの脳裏にぐわんぐわんと鐘で突かれたように響く。
友達…友達って何だろう。
オレみたいに利用するのも友達?
都合のいい時だけ友達面して金を借りるのが友達?
…そんなの友達じゃない。
そうだ。ザックスは友達じゃない。何を迷うことがある。
クラウドが一人自問自答しているとザックスが沈黙を破るように口を開いた。
「…母親の仕送りがきついんだろ?」
「何で、それを…っ」
クラウドは反射的に俯いていた顔を上げた。
母親が入院したことは隊の人間はおろか上官にも話していない。当然ザックスの耳に入るはずがない。
それなのにザックスは知っている。
一番知られたくなかった相手に筒抜けになっている。
人のことを探るような真似をして、どういうつもりだ。
そう文句を言おうと口を開きかけてクラウドは黙り込んだ。
どこか不穏な感情を湛えたザックスの顔がクラウドの目に飛び込んできた。
悲しみと、そして静かな怒りを感じる。その表情を前に臆してしまった。
「向こうで倒れて入院したんだって?いつからだよ」
「……」
「どうして早く言わねえんだよ。いくら必要なんだ」
言いたくなかった。
でも言うまでザックスは決して引かない。
少し間を空けてからクラウドは消え入りそうな声でそれを口にした。
「…ちょっと待ってろ」
そう言ってザックスは小さな冊子を取り出した。
それにサラサラとペンで走り書きをして切り取ると、クラウドに手渡す。
「これで送れ」
渡されたのは小切手だった。書かれていた金額にクラウドは目を剥いた。
「え!?こんな…」
「まだ入院してるんだろ?退院が長引いたらそれだけ金かかるんだから、全部送れ」
「……ちゃんと、返すから」
「ああ。出世払いでいいからな。早く送金しとけ」
「あの…ありがとう」
やっとの思いで礼の言葉を告げると、キリキリ痛む胃を押さえながらクラウドは総務部の送金窓口へ向かった。
本当は口にした金額ほど大それた額など必要ではなかった。
それでもクラウドにとって要求されている金額は高額だ。だからつい見栄を張って高い値で言ってしまった。
なのにザックスにとってはポンと差し出せる程度の額だった。
そしてザックスにとって額の問題ではなく、それだけの金を渡しても構わないと思われている。
その二つの事実がクラウドに重く圧し掛かった。
ザックスの気遣いが、クラウドをますますみじめにさせていった。
母親の入院費用すら自分で賄えない現実が情けなかった。
いっそ、この小切手を破り捨ててしまいたい。
そんな思いに駆られる。
総務部へ向かう廊下をクラウドがとぼとぼと歩いていると、眼の端にゴミ箱が映った。
渡された小切手を握り締めながらクラウドはそれを穴が開くほどじっと見つめた。