枕元で目覚まし時計がジリジリとけたたましい音を立てる。
ザックスはそこへ手を伸ばすとアラームを止めた。
いつもは寝覚めのいいザックスだが、時計を止めたまま布団の中でもぞもぞと身体を動かすだけで出てくる気配がない。
昨晩はなかなか寝付けず、眠りも浅かったので夜中に何度か目が覚めてしまった。
不眠の原因は言うまでもなくクラウドだった。
社内のトラブルを解決したかと思えば、今度は社外で不可解な場所へ出入りをしている。
まさかあんなところに勤めているのか?
噂は…本当だったのか?
どうして…上等兵に昇進したのに、一体何をやっているんだ?
「上等兵…昇進……」
うわ言のようにつぶやきながらザックスはニールが口にしていた噂のことを思い出した。
――上官と寝て上等兵へ推薦するように頼んだとか、そういう類のやつです
あれは本当にウソだったのか?
…クラウドと連絡が取りにくくなったのは上等兵に昇進してからだ。
おそらくその頃から繁華街に出るようになっていたのだろう。
これはただの偶然なのか?
ベッドの上で一人悶々としたところで結論が出るはずもなかった。
我に返ったザックスは今の時刻を確認すると、慌てて身体を起こして出社の支度を始めた。
* * *
身体を動かそう。
じっとしているから悪いことばかり考えてしまうのだ。
午前中は完全にフリーだからトレーニングルームへ行って腑抜けた身体に喝を入れよう。
頭の中を切り替え、ソルジャー専用フロアのフラッパーゲートを抜けようとしたところでザックスの身体がそこに引っかかった。
「お?」
「なにやってんだよ。社員証忘れたのか?」
出勤に居合わせた同僚にからかわれ、ザックスは慌ててポケットや懐を探る。
しかし認証用の社員証が見当たらない。
「…あれ?社員証が消えた」
「消えるわけねーだろ。失くした、だろ」
昨日スラムへ行く時に社員証をポケットに入れたままだったかもしれない。
あの時に落としたか…とザックスは頭を掻き毟った。
それと同時にスラムで目撃したクラウドの姿がザックスの頭を過ぎる。
忘れようとしていた様々な疑念が再びよみがえってくる。
「くそ……」
「何回目だよ。だらしねえなあ」
「うっせ!ここ最近は失くしてねえよ」
「普通は失くさねえよ!あんな重要なモン」
同僚に呆れられながらザックスは社員証紛失届と再発行手続きの為に総務部へと向かった。
担当窓口を訪ね、事の次第を伝えると、オペレーターが慣れた手つきで端末を操作し始めた。
調べてもらったところ、幸いなことにザックスが紛失した社員証が不正使用された形跡がないことがわかった。
再びオペレーターが端末で作業を始めると、しばらくしてピーと電子音が鳴った。
「…では以前のものは使えないように設定しましたので、こちらで新しく作成したものをお使いください」
「あ、どうも」
「ザックス=フェアさん……今回で5回目ですか」
「あー…ここ最近は失くさなかったんだけどさ」
「もう失くさないでくださいね?」
オペレーターににこりと笑いながら釘を刺され、ザックスも乾いた笑いで返すしかなかった。
* * *
「カードなんてまどろっこしいもん使ってないで全部生体認証にしてくれりゃ楽なのによ…」
ぶつぶつと悪態をつきながらザックスは真新しい社員証を懐にしまい込んだ。
これでやっと普段どおり社内を闊歩出来る。
さてどうするかとザックスは伸びをした。
午前中のオフの時間はトレーニングに当てようと思っていたが、出鼻をくじかれたせいかやる気が逸れてしまった。
かと言って執務室に行く気にもならない。カフェテリアで一服しながら時間を潰すか。
そんなことを考えながらザックスはエントランスへ続く通路へ足を向けた。
その瞬間、壁の影から特徴のある金色の髪がザックスの目の端に映った。
反射的に身を隠し、通り過ぎたのを確認すると、ザックスはクラウドが来た方へ目を向ける。
その先にあったのは総務部の送金窓口だった。