クラウドはどこか陰を持っている。
それは性格的なものによるところが大きいのだと思っていた。
人見知りをしたり、他人に対してどこか攻撃的だったり、何かと目立つことが災いしているのだと。
それが誤った認識だとザックスはやっと気付いた。
クラウドは入隊してから性的な暴行を受け、ずっと苦しんでいた。誰に相談することも出来ず、ただじっと耐えていたのだ。
他人を拒絶していたのはまた同じ目に遭わされるかもしれないと本能が拒否していたからだろう。
そうして他者との間に壁を作ることで自分を守って来た。
そんな目に遭ってまでクラウドをここに留まらせていたものは何だったのか。
一つしかない。
ソルジャーだ。
それがクラウドの心を人として保たせていた唯一の物。
悪気があって言ったわけではないにしても、その大切な物に泥を塗るようなことを言ってしまった。
クラウドの心をひどく傷つけた。何てことを言ってしまったんだろう。
ザックスの胸に悔恨の気持ちが再び湧いてくる。
おそらくずっと一人で抱え込んでいたのだろう。
プライドの高いクラウドは他人に助けなど求めない。
それもこんな人に話すことが憚れるようなことを相談したくはなかっただろう。
苦しんでいるなら助けてやりたい。
どうしたら救ってやれる?オレに出来ることは何もないのか?
* * *
本社のソルジャー専用フロア。その通路で見慣れた後姿が目に入った。
ザックスは無言でその人物の元へ迫っていく。
「…おい。ニール」
「は?何ですか」
何食わぬ顔でこちらを見やるニールがザックスの怒りを増幅させた。
自分を慕ってくるかわいい後輩が今は憎悪の対象でしかない。
クラウドを集団で手に掛け、犯した首謀者。悪質な噂を振り撒いて自分をも騙そうとした。
許せなかった。
「お前、クラウドに何した?」
「何って…オレは別に…」
言い繕おうとするニールを遮り、ザックスは静かな口調で言い寄った。
「仲間がゲロった。お前がやったことは全部わかってんだ」
「なっ…?」
少しずつ距離を縮めて詰め寄ると獲物を見据える獣のような目つきでニールを睨みつける。
その瞳に殺意に似たものを感じ、ニールは身体を竦めた。
自分から視線を逸らすニールをじっと見つめると、ザックスは避ける暇を与えぬ速さで殴り飛ばした。
ソルジャー同士といえど、階級が一つ変わるだけでその差は大きく開く。ニールは思い切りよく床に尻餅をついた。殴られた側の顔が赤く腫れ上がる。
呆然とする後輩を一瞥すると、ザックスは感情のこもっていない冷え切った声色で一言告げた。
「二度とあいつの前に現れるな」
反論することなど出来る訳もなく、ザックスが去って行くのを見届けることしか出来なかった。
* * *
トレーニングルームで黙々とメニューを消化するザックスの元に男が近付いてきた。
目を向けることなく、そのままマシンを動かすザックスに痺れを切らしたように男――カンセルは話しかけた。
「おい。さっき3rdのやつ相手にケンカしたんだってな」
「別に大したことじゃねえよ」
あからさまに不機嫌そうなザックスをカンセルは訝しげな目で見やる。
「お前…最近おかしいぞ。この間、治安維持のデータベース調べてただろ。あれ何やってたんだよ」
「クラウドにちょっかい出してたやつ調べたんだよ。そいつを軽くシメただけだ」
予想通りの答えであったが、予想に反してあっさり白状したザックスにカンセルは驚きを見せる。
「…クラウドに言われてやったのか?」
「ちげえよ。クラウドはンなこと頼まねえよ」
ザックスはマシンを止めてそこから降りると、カンセルの横を通り抜けてベンチに腰を下ろした。
タオルで汗を拭きながら先日クラウドとここに来た時のことを思い出す。
なぜオレに何も言わない?いつだって相談出来る機会はあったはずだ。
なんでオレを頼ろうとしないんだ?
それがザックスの正直な気持ちだった。
ソルジャーである自分を利用しようと思ったのなら、それこそいくらでも利用すればいい。
困ったことがあったら何でも言えと言ったが、結局クラウド自身の口から相談事をされたことはただの一度もなかった。
頼って欲しい。
しかしそれは押し付けでしかない。
結局のところクラウドは心から信頼していないのだろう。それがザックスには寂しかった。
「お前が聞いた噂は眉唾もんだ。同僚相手に売りしてた話なんだろ。ウソだってわかった」
「…オレが聞いたのは上官に身体売った話だよ」
治まりかけていたザックスの中の感情に再び火が点く。
それを見越してか、カンセルは手で制すような動作をした。
「犯人探しとかするなよ?昇進目的で身体売ったことが噂されてたみたいでさ。その後問題起こして結局昇進はなくなったって。…まあ本当のところはわからないけど」
偶然かもしれないがニールが以前に言ってた話と似ている。
であれば、それも嘘に決まっている。ザックスはそう結論付けた。
「オレだって噂だけで疑うつもりはないけどよ…火のないところに…っていうこともあるんだ」
「お前勘違いしてるよ。お前が思ってるほど…あいつ器用じゃねえよ」
「…お前の前で演技してるだけかもしれないだろ」
実際にザックスの名前をいいように利用している場面に遭遇したカンセルはクラウドに対して懐疑的だった。
それはザックス自身もそうだ。だが、それでもザックスはクラウドを信じたかった。
例えそうであっても側にいたかった。
ザックスは自分の気持ちを偽ることを止めた。
クラウドのことが好きだ。
初めて出会った時からきっとそうだったのだ。
輸送車の中で自分を見つめて来たあの瞳に全てを狂わされた。
今になって思う。
あれは自分に『助けて』と訴えかけていたのではないか?
ともかくこれでクラウドに纏わりつく輩も完全にとまで行かなくとも少なくはなるだろう。
少しはクラウドの心に近付くことが出来ただろうか。
いつか、凍り切ったあの顔を笑顔にさせてやりたい。
自分の手で。