この日、ザックスはミッドガルから離れた地へ赴いていた。
後輩のソルジャー数人を率いて資源調査をするだけの簡単な任務だった。
その合間、ザックスが木陰で一人休憩を取っていると、同行していたクラス3rdのソルジャーが声をかけてきた。
「ザックスさんと任務一緒になるの久しぶりですね」
「そうだなあ。お前遠征行ったきり、全然ミッドガルに戻って来なかったもんな」
二人は過去に共にした任務のことや思い出話を始めた。
「そういえば最近治安維持のストライフってやつとつるんでるそうですね」
「ん?まあな…」
傍からどう見えるかわからないが、実態は仲が良いと言えるような関係とは程遠い。
先日剣術の練習に誘った時も会話が弾むわけでもなく、ぎごちない態度だった。
もっと言えば警戒されているようにさえ見える。
とても打ち解けるような雰囲気ではなかった。
折を見て再度トレーニングに誘おうと思ってはいるが、この状態のままだとさすがのザックスも気力が切れかけてくる。
だがザックスの中で頭をもたげ始めたものがあった。
練習中、互いに身体を密着させた時にふと抱き締めたい衝動に駆られた。
無意識のうちにクラウドの身体に手を這わせ始めてしまい、とっさに筋肉の付き具合を調べている体を装った。
一瞬の気の迷いとはいえ、何をしているのだろう。
自分の取った行動を思い出し、ザックスは息を吐いた。
すると後輩がタイミングを合わせたように再び話しかけたきた。
「…あんまり言いたくないですけど…あいつとは関わらない方がいいと思いますよ」
「は?何でだよ」
「ああ、でも…言っていいのかなあ」
もったいぶる後輩をザックスが問い詰めると、まるで聞いて欲しかったと言わんばかりにあっさり口を割った。
「オレが言ったって他では言わないで下さいよ?」
「いいから早く言えよ」
「…あいつ、『売り』をしてるんです」
後輩の発した言葉にザックスの思考は一瞬停止した。
『売り』とはつまり身体を売ることだ。
それをクラウドが?
有り得ない。堅物のクラウドにそんな芸当が出来るわけない。
むしろそういったことを嫌悪するタイプのはずだ。
「ただの噂だろ。オレ聞いたことねえし」
「まあ裏じゃ結構有名な話ですけど、知らない人は知らないでしょうね。オレはあいつと治安維持で一緒だった時期があったんで色々耳に入ってくるんですよ」
含みを持った言い回しにザックスの心が僅かに揺れ始める。
環境上、そういうことをする人間が絶対にいないとは言い切れない。
会社近くに色街はあるが、遠征の時などは性欲の発散場所を求めて同僚や部下を手に掛ける者もいる。だがクラウドには関係のない話だ。
こんな不快な話をいつまでも続けたくなかったが、後輩は更に続けた。
「今までもあいつのことでゴタゴタがあったんですよ。事情が事情なだけに表沙汰にはならなかったみたいですけどね」
「…ゴタゴタってなんだよ」
「上官と寝て上等兵へ推薦するように頼んだとか、そういう類のやつです。あいつがザックスさんのことも利用しようとしてるんじゃないかって心配で」
ザックスの脳裏に扇情的な表情で誘いかけるクラウドの姿が過った。
そしてすぐに疑いを抱いた自分を責め立てた。
クラウドの今の階級は上等兵ではない。つまり噂であって事実ではないのだとザックスは自己完結させた。
「バカなこと言ってんじゃねえって。二ール、あんまり変な噂広めるなよ」
そこで話を切り上げると、ザックスは休憩を終いにし、その場を後にした。
否定したものの、ザックスは内心動揺していた。
クラウドの容姿は男の自分から見てもきれいだと思えるものだ。他にもそう思う人間は当然いるだろう。
だからといってクラウドが金銭や昇進の為に身体を売るように見えるか?
知り合ってまだ短いが人となりはある程度わかる。
クラウドにそんな器用な真似が出来るわけがない。自分に対する態度一つ取ってもそうだ。
…でも本当だったら?
抑えようのない疑惑がザックスの中に次々と生まれてくる。
なぜならクラウドを心のどこかで疑っているから。
クラウドが自分に対して懐疑的だから。クラウドが自分に何か隠し事をしているから。
「くそ…やめろっ」
ザックスは目の前の巨木に拳を強かに打ちつけた。
肩息をつくザックスの周りを木の葉がチラチラと舞い落ちる。
己の心の弱さを相手のせいにするな。自分が信じてやらねば誰が信じるのだ。
そもそもクラウドは自分と関わることを避けていた。
利用しようと思っていたのならこれ幸いに最初から親密になろうとするはずだ。
だが初めて飲みに行った夜からクラウドが不可解な行動を取るようになったのも事実。
ザックスの中で湧き起こった疑念。
まるでこびりついた汚れのように簡単に拭い去ることは出来なかった。