ニールが帰還してしばらく経った。
仕事が終わったタイミングを見計らったかのようにニールはクラウドの前に現れた。
「よお。この後暇だろ?付き合えよ」
何をしようとしているかはわかりきっていた。
黙ってついていけばあの悪夢と同じ目に遭う。
あんなことはもうごめんだ。
クラウドは下唇を噛み締めたまま冷たい床を睨んだ。
自分について来ようとしないクラウドをニールは顎でしゃくった。
「おい。何してんだよ」
「…断る」
「あ?」
「この後予定がある。あんたには付き合えない」
「誰に向かってそんな口利いてるんだ、てめえ」
クラウドの胸倉を乱暴に掴むとニールは一転して威圧的な態度に出た。もう後戻りは出来ない。
「ザックスと会うんだ。…手どけろよ」
他の連中と違ってザックスの名前を出したところであっさり引くような相手ではないことはクラウドも承知の上だ。案の定、怯みはしなかった。
「何の用で会うんだよ。言ってみろ」
「あんたには関係ないだろ」
「なんだと!?」
クラウドは更にニールを煽るように言葉を吐いた。
「自分が取り入れられなかったからって僻むなよ」
ピクリとニールの身体が揺れる。そして顔を激しく歪ませた。
それに臆することなくクラウドは続けた。
「思い出したよ。あんた、よくザックスのこと話してたっけ」
思えばザックスの名をクラウドが初めて知ったのはニールの口からだった。
「…おい。あんまり調子に乗るなよ。てめえの腕へし折るくらいわけねえんだよ。ソルジャー舐めんじゃねえ…」
凄みながらニールはクラウドの右腕を掴んだ。みしみしと骨が軋むような痛みが腕を走る。
顔を顰めたものの、クラウドは声一つ上げずにそれに耐えた。
「…っ好きにすれば。あんたの言うことと、オレの言うこと。ザックスがどっちを信じると思う?」
「なに…?」
「ザックスに全部話しておくよ。あんたに無理やり犯られたことがあるんだって。オレが頼んだらあんたのこと殴り飛ばしに行ってくれるよ」
「あの人がてめえの言うことなんか信じるかよ」
鼻で笑うニールを物ともせず、クラウドは更に続ける。
「今日のこともザックスに告げ口してやるよ。『何かあったらすぐオレに言え』って言われてるんだ」
クラウドの自信ありげな物言いにニールは苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込んだ。
「…金輪際オレの前に現れないって約束したら言わないでおいてやるよ」
「このクソ野郎が…そう上手くいくと思うなよ…」
吐き捨てるように言うとクラウドを解放し、そそくさと退散して行った。
(虎の威を借る何とやらか……)
一人残されたクラウドは自分の取った行動の浅ましさに反吐が出そうになった。
ザックスにニールとのことを言うつもりは毛頭なかった。
レイプされたと告げるのはクラウドのプライドを根幹から揺るがすものだ。
ザックスに弱味など知られたくない。
ニールに犯されたこと、そして今日のこと。
こんな突拍子もないことを話したところでザックスが信じるかどうかもわからない。むしろ後輩であるニールの肩を持つことも考えられる。
ザックスの性格を考えれば何らかの行動を起こす可能性はある。上手く行けばあの厄介な男から解放されるかもしれない。でも話したくない。
――あんな汚らわしい男に犯されたことを知られたくない。
それは無意識のうちにクラウドの胸に湧いてきた。
ふと視線を感じ、クラウドは横を向いた。廊下に立つ一人の人影。カンセルだった。
いつからそこにいたのか、カンセルは険しい目つきでクラウドを見やった。
こいつもニールと同類なのだろうか。
ザックスとカンセルの仲を知らないクラウドは見知らぬソルジャーを警戒心剥き出しで睨みつける。しかし、カンセルはそのまま踵を返すとクラウドの視界から消えて行った。