粉雪
  




第二十二話 現れた男       side:Cloud



 ザックスがクラウドと付き合いを持つようになると環境は一変した。周りが自然とクラウドに接触することを避けるようになったからだ。
 一度、仕事の交代を頼まれた際にザックスの名を利用して断ったが、効果は絶大だった。
 同僚から一方的に仕事を強要されたかけたが、ザックスの名を出しただけで相手は顔色を変えた。そして話をなかったことにしてくれと向こうから言ってきたのだ。
 少しでも渋れば殴りかかってくるような厄介な輩がだ。

 ソルジャーが、ザックスという人間が周りからどういう目で見られているのかは一目瞭然だった。
 そして自分はその威を借るだけの小賢しいだけの人間。
 その現実にクラウドの中に黒い感情がざわざわと湧いてくる。

 自分だってソルジャーになりさえすれば、ザックスと同じような評価を得られたんだ。
 適性試験さえ通れば、魔晄耐性さえあれば…。



 * * *



 以前に比べてクラウドの周辺が静かになり、平穏に日常を過ごせるようになった。
 そんなクラウドの身に事が起こったのは上官から頼まれた仕事を終えて、執務室に向かう途中の時のこと。

 一人廊下を歩いているところを誰かが肩を掴んできた。ここ最近、そんな馴れ馴れしいことをしてくるのはザックスくらいのものだった。
 また食事の誘いか…と思いながら振り向いた先にいたのは全く別の人物だった。
「よう、クラウド。久しぶりだな」
「……」
 ソルジャー・クラス3rdの制服に身を包んだその男――ニールの出現にクラウドは身を固める。
 同時にクラウドの脳裏に暴行された時の忌まわしい記憶が蘇る。


 ――軍隊に来ておいて何言ってんだ?お前みたいなのはこうなるのがお決まりなんだよ


 それは犯された時にニールの口から吐かれた耳を塞ぎたくなるような言葉。
 クラウドが入隊した当時は同じ一般兵だったが、その後受けた適性試験で合格し、ソルジャーになった。
 治安維持を離れた後もしつこく暴行を加えられていたこともあり、この男だけはクラウドも意識的に避けるようにしていた。
 ここしばらくは遠征でミッドガルを離れていたので、すっかり油断しきっていた。

 内心穏やかではなかったが、クラウドは極力表に出さないようにした。
 ニールは沈黙するクラウドの身体を壁際に押しやった。
 下手に抵抗すれば余計な負担を強いられる。
 それが身体に染み付いているせいか、クラウドも抵抗らしい抵抗はしなかった。

「上手いことザックスさんに取り入ったんだって?なあ?」
 ザックスと付き合いを持つようになったのが気に食わないのだとすぐにわかった。
「あの人に股開いたのか?…あれだけ嫌がってたくせに本当は好きなんだな、お前」
「…何だと…」
「頑張ってベッドでかわいがってもらってんだ。ま、お前なんてそれくらいの価値しかねえもんな」
 下卑たその物言いがクラウドの胸に突き刺さる。
 自分とザックスはそんな関係ではない。
 思わず口走りそうになり、言葉を引っ込めた。

(…そうさ。ザックスだってそういう目でオレを見ているんだ。だから利用してやるって決めたんだ)

 その為に付き合いを持とうと思ったのはクラウド自身だ。

 …なのに胸が痛い。


 クラウドが黙しているとニールはその顎をひょいと掴んだ。
 汚らわしい感触にゾクリとクラウドの全身に悪寒が走る。
「また相手しろよ」
「何……言ってるんだお前…」
 それが何を意味するのか。クラウドにはよくわかっていた。だがそうつぶやくのが精一杯だった。
 頭の中には思い出したくもない、犯された時の生々しい記憶が蘇る。それを促すようにニールはクラウドの股間に触れて来た。
「……っ!?」
「久しぶりにクラウドちゃんに会ったら身体疼いちまってよ」
「ふざけるな!」
 怒声を上げながらクラウドはその手を思いきり払った。
 期待通りの反応にニールはほくそ笑む。
「いいのかよ、そんな態度取って。ザックスさんにお前がどういうやつか色々吹き込んじゃうぜ」
「…どういうやつ?」
「そうだなあ…男に犯られてアンアン言ってる淫乱野郎だって言ってやろうか?あの人そういうの嫌いそうだからなー」
 強請りだった。
 ソルジャーであるニールがクラウドの知らないところでザックスと親しくしていたとしても不思議ではない。例えそれが根も葉もない話でも後輩の言葉ならば信じる可能性はある。

 クラウドが黙っていると、それを了と受け取ったのか、ニールはその肩を軽く叩いた。
「せっかく見つけたいい相手に嫌われたくないもんな?ま、またよろしく頼むわ」
 そう笑いながら言うとニールはその場を後にした。

 ザックスがニールの話を聞いたら…どう思うか?そんなことどうでもいい。
 例えザックスがニールの言うことを信じ、ザックスへの『復讐』が失敗に終わることになったとしても、あの男の言いなりになることはクラウドのプライドが許さなかった。
 あんな脅しに屈して自ら身体を開くくらいなら死んだ方がマシだ。
 だが何も言い返せなかった。



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