粉雪
  




第二十一話 悩めるソルジャー     side:Zack



 クラウドは友達らしい友達がいない。
 交流関係が豊かになれば内面から変わっていくかもしれない。
 自分以外の人間と付き合いを持つことで視野も広がるし、いい刺激になる。何より
 そこでザックスは再び友人との飲み会にクラウドを誘うことにした。
 ソルジャーの知り合いを作ることはクラウドにとってプラスになるだろうと思ってのことだ。

 仕事上がりの時間を見計らってザックスはクラウドに声を掛けた。
「あのさ、今度ソルジャーの連中と飲みに行くんだ。クラウドも来いよ」
「…ソルジャーの?」
「ああ。同じメンバーで時々飲みに行ってるんだ。気遣うこともないし。それにソルジャー目指すなら顔見知り作っておいた方が何かと役に立つだろ」
 ザックスの言葉を聞いた瞬間、クラウドは目の色を変えて激昂した。
「オレは、そんな手を使ってソルジャーになんかなりたくない!」
 無表情に近かったクラウドの表情は歪み、顔を真っ赤にしてザックスに食いかかっていった。
「そんな…卑怯なやり方したって…っ」
「お、落ち着けよ。どうしたんだよ?」
 何が癇に障ったのかわからず、ザックスはクラウドを宥めた。
 初めて飲みに行った帰りに怒らせてしまったから、以前より言葉のチョイスには気を使うようにしていた。また怒りを買うようなことを口にしてしまっただろうかとザックスは頭を巡らせる。
 すると平静を取り戻したクラウドは顔を左に向けながら謝罪した。
「…ごめん。訓練中に嫌なことがあって、ちょっと気が立ってたんだ」
「何か言われたか?」
「別に、大したことじゃない…」
 クラウドはザックスから視線を逸らすと大人数で飲みに行くのはやはり気が進まないと誘いを断った。ザックスもそれ以上無理強いせず、二人はどちらが言い出すでもなく、その場で別れた。


 クラウドが何であそこまで声を荒げたのか。気が立っていたというのはウソだ。
 一緒に過ごす時間が多くなってからわかったことがある。触れられたくない話題やごまかそうとしてる時、クラウドは自分から顔を逸らして左の方を向く癖があるのだ。
 ソルジャーという言葉。そこに反応したとしか思えなかった。
 クラウドにとってソルジャーがどういうものなのか。まだわかっていない自分自身にザックスは苛立ちを隠せなかった。
「…卑怯って…どういうことだ?」
 口に出してから、コネを作っておけと解釈されたのかもしれないと思い至った。そんなつもりで言ったのではなかったが、そう受け取られても仕方ない言い回しだったかもしれない。

 どうしてクラウドの癪に触るような言い方をしてしまうのだろう。気を付けているつもりなのに。
 不意にトレーニングルームでカンセルに言われた言葉を思い出した。
「…他のやつにも気付いてないだけで嫌なこと言っちまってんのかな、オレ」



 * * *



 それから数日後。
 クラウドを誘う予定だった同僚との飲み会でザックスはアルコールの勢いに任せて愚痴を始めた。
「オレって無神経かな」
 ビールジョッキから手を離し、ザックスは枝豆をモソモソ食べながらつぶやいた。
「なんだなんだ。急にしおらしいこと言い出してよ」
「らしくねーなあ。いいから飲め飲め」
「茶化すなよ。オレは真剣なんだよ!」
 半分酔いが入ってるものの、いきり立つザックスに同僚たちは一瞬ぽかんとした。
「フラれたからって自棄になってんのか?」
「そうじゃねえよ…」
 この場にカンセルが居たらそのものズバリと言っていたかもしれない。しかし今日の飲み会にカンセルは参加していなかった。
 するとカンセルに次いで付き合いの長い同僚が遠慮がちに口を開いた。
「そうだな…あんまり深く考えて物言わないところはあるかな」
「じゃあやっぱ無神経ってことか…」
「まあまあ、そうとは言ってないって。何ていうか、正直すぎるっつーかな。でもそれっていいところだと思うぜ」
「そうそう。ザックス君の真っ直ぐなところは長所だと思うぞ?」
「でもそれで相手怒らせちまったら意味ねえだろ」
 肩や背中を強かに叩かれながらザックスは居心地の悪そうな表情を浮かべた。
「結局そういう話かよ。お前って案外女の扱い下手なのか?」
「だから違うって言ってんだろ!」

 どうしても異性の話に持って行かれてしまうので、ザックスは已む無くクラウドの名前は隠して一連のことを話した。
 最初はからかい半分だった場の雰囲気も、思いの外ザックスが真剣な表情で語り出した為、静かにそれに聞き入った。
「なるほどなあ。人生初の挫折みたいなもんか?」
「挫折ってなんだよ」
「お前って人間関係で苦労したことなさそうだもんな」
「ある意味恵まれてるよな。お前の性格からしてそういうネガティブなやつって周りに寄って来ないんだろうけど」
 確かにクラウドが自分と対照的な気質だと出会ってすぐザックスも思ったことだ。
 交友は広い方だが特に親しくなる人間はどうしても自分と似たような気質になってしまう。だから却って気になったのかもしれない。
「いるんだよな、何でも悪い方に受け取っちまうやつ」
「たまにはそういうやつと付き合うのもいい経験になるもんだ」
「そそ。1stに昇進するにはそういう経験も必要だ」
「マジかよ。面倒くせえな、1stって」
「お前のバカ正直な性格でそいつのこと変えてやれよ」
 変えられるものなら変えてやりたい。
 だがどうすれば変えることが出来るだろう。
 クラウドの不可解な行動の意味もいまだによくわかっていない。
「そいつと上手く打ち解けられたら飲み会に呼べよ。祝福してやっから」
 一体それはいつになるのか。
 ザックスは残り少ないジョッキを傾けて乾いた喉を潤した。



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