その日はミッションの調査結果をまとめる必要があったので、ザックスは執務室のデスクに座ってパソコンに向かっていた。
しかしどうにも捗らなくて、座ったままパソコンの画面とじっとにらめっこを始めていた。
するといつの間にやって来たのか同僚のソルジャーから声を掛けられた。
「お前さあ、最近一般兵とつるんでるんだって?」
「んー、まあ」
「結構綺麗な顔してるらしいけど…フラれたからって男に走ったんじゃないだろうな」
「うっせえ。ほっとけよ」
否定しないザックスに同僚は大げさに騒ぎ立てた。相手をするのが面倒になったのでザックスは喫煙所へ逃げ込んで一服することにした。
今までがウソのようにクラウドはザックスへの態度を軟化させた。
それどころか以前のようにあからさまに避けることはなくなったし、機会あれば一緒に食事をとることも厭わなくなった。
とは言っても相変わらず表情も硬く、どこか緊張しているのは見て取れる。
この急激な変化に自分のことが好意的に受け入れられたと安直に考えるのは、単純だと自負しているザックスにも出来なかった。
クラウドは自分を許していない。それなのにどうしてだろう…。
以前以上に避けられるようになるだろうと思っていたザックスは戸惑いを隠しきれなかった。
ソルジャーを目指すにあたって仲を深めておけば何かと有利だと思われたのだろうか。それとも…厄介な連中を追っ払うのに便利だと思われたか。
先日、クラウドを探して社内をうろついている時に同じ治安維持の人間に絡まれているのを目撃した。どうにもこうにも絡まれやすい性質らしい。
助けに出るのは簡単だが、それが元でまた難癖を付けられては意味がない。しばらく様子を見ていると、ザックスの予想とは異なる展開になった。
「ストライフ、今週の当番代われよ。どうせ暇なんだろ」
「…断る。違うやつに頼んでくれ」
「あ?てめえ、そんな口利けた立場かよ」
「予定が入ってるから無理だ」
クラウドは相手に背を向けてその場から立ち去ろうとした。
そう言ったところで看過されるはずもなく、相手の一般兵はクラウドの肩を壁に強かに押し付けると、怒号を上げた。
「てめえの予定なんか知ったことかよ!」
怒り心頭の相手と対照的にクラウドの声は氷のように冷め切っていた。
「じゃああんたからザックスに言っておいてくれるか?」
その名が出された途端、一般兵が目を見開いた。
「え、ザックスって…ソルジャーの……」
「そのザックスだよ。『オレの当番代わることになったから遊びに行けなくなった』って伝えておいてくれよ」
「や、待てよ。冗談だよ。ザックスさんにそんなこと言えるわけないだろ?」
「…そうかよ」
クラウドは吐き捨てるように言うと、一般兵の身体を手で押し退けて去っていった。
自分の名を出すことでクラウドの身が守れるならそれでいい。根本的な解決にはならないだろうが、そのきっかけになるなら利用されても構わない。
だが違和感を覚えた。
いつだったかの合同訓練の後、廊下で同僚に絡まれていた時は頑なに押し黙っていたのに。
だから他人の威光を振りかざすような真似を嫌うのだろうと思っていた。
以前のクラウドならあんな風に自分の名を利用しなかったのではないか…。
何にせよ、クラウドがここで平穏に生活していくには解決すべき問題が色々あるようだ。
本人の性格も起因しているのだろう。少しずつ変えて行ければ、きっと状況は良くなる。
生真面目な性格をしているからこっちで遊んだこともほとんどないのだろう。事実、ザックスと初めて飲みに行った時に繁華街に来たこともないと言っていた。堅物すぎるのも何かとトラブルを生む原因になる。
ただ純粋にクラウドの笑う顔が見たかった。
謝った時に見せた不自然なものではなく、素の顔を見せて欲しい。
何でも言い合える友達になれれば見せてくれるだろうか。
クラウドは自分のことを友達だと思っていない。
表面的には否定しないだろうが、心の底ではまだ認められていないだろう。
ほんの少しずつでもクラウドの心に近付いていければいい。
その為だったら周りに纏わりつく面倒な連中など自分の手で追い払ってやる。頼ってくれるならいくらでも。
でも…クラウドを守ってやりたいと思うこの感情は、友達へ抱く感情と言えるのだろうか。
この感情は……。
そこでザックスは考えることをやめた。
友達だと思ってるから、守ってやりたいだけだ。それ以外、他に何がある?
ザックスはタバコを吸い殻入れに突っ込むと執務室へ戻って行った。