居酒屋から帰る道すがら、ザックスはクラウドに幾度となく話しかけてみたが、酔いが回っているせいか聞き流されているようだ。
手ごたえはあったと思う。店でもほぼ一方的にザックスが話していたが、クラウドを纏う空気が和らいだように思える。
が、多少は緩んだものの猫のように鋭い警戒心と厚い心の壁を一気に崩すのは難しいようだ。
まだまだ時間はかかるだろうが少しずつ距離を縮めていきたい。ザックスが喋りながら次の策を練っていると、クラウドが小声で訊ねて来た。
「…ソルジャーってどんな感じなんだ」
「え?どんな感じって言われても」
思いがけない質問にザックスは首を捻る。
仕事のことか、それとも肉体的なことなのか。クラウドがどういうことが聞きたいのかわからず、ザックスはぽろりと言ってしまった。
「ソルジャーになるのは簡単だったけどなあ」
なった後の方が大変だと続けようとしたところでザックスは言葉を止めた。冬でもないのに辺りに冷たい空気が流れた気がした。
ふと気付くと隣に立つクラウドが電信柱のように棒立ちになっていた。岩のように押し黙ったまま固まるクラウドを覗き込んだ。唇を噛み締め、わなわなと身体を震わせていた。
「…それはあんたが優秀だからだろ」
ゾクリとするような、冷め切った声にザックスは一瞬固まった。
「…クラウド?」
「寮の門限があるから先に帰る」
「あ、おい」
クラウドはザックスの方を振り返ることなく、走り去って行った。
残されたザックスは路地道で一人立ち尽くした。何が起こったのか理解出来なかった。
親密とはいかなくとも良好な関係が築けそうだと期待していた矢先のこの展開にわけのわからない怒りが込み上げてくる。
灯りに照らし出された陽気な雰囲気の壁画に怒りを煽られ、ザックスはそこを思いきり殴った。
「っくしょー…何でだよ」
* * *
翌日、トレーニングルームへやって来たザックスは昨日クラウドを怒らせてしまった原因をずっと考え続けた。しかし何が気に障ったのかわからない。アルコールが入っていたので多少記憶が覚束ないところはある。酔っていた勢いで変なことでも口走ってしまっただろうか。
ザックスが一人悶々としていると、覇気のない様子でマシンをモソモソ動かす姿を不審に思ったカンセルが声を掛けてきた。
「よう。昨日やっとご執心のクラウド君と遊びに行ったんだろ?」
ザックスはマシンを動かす手を止めて不機嫌そうに口を尖らせた。
「…クラウドのこと怒らせちまった」
「あ?ならとっとと謝ってこいよ」
「それがよ…何で怒っちまったのかよくわかんねえんだ」
理由もわからず謝罪したのでは余計に怒らせるだけだとザックスは柳のように力なく頭を垂れた。そこでカンセルはザックスから昨日クラウドと交わした会話を聞き出した。
「…そら怒るわ。オレだってそんなこと言われたらムカつく」
「え?そ、そうか?」
「お前ってそういうところデリカシーないよな。クラウドってソルジャー志望なんだろ?」
「まあ、そうだろうな」
直接聞いたわけではないが、それまで無言に近かったクラウドがソルジャーのことを訊ねてきたということはそういうことなのだろう。
ザックスがまだクラウドの機嫌を損ねた理由をわかっていないようなので、カンセルは呆れながら言った。
「わかってんのか?ソルジャーになりたがってるやつがすでにソルジャーになってるやつから『なるのが簡単だった』なんて言われてみろよ」
そこまで言われてやっと理解したらしく、ザックスはぐしゃぐしゃと髪を掻き毟った。
「あー…そうか。うわ、まずったなあ」
「実際お前にとっちゃ簡単だったんだろうけどよ」
悪気がないから性質が悪いとカンセルはここぞとばかりに続ける。
「お前が一般兵の連中から慕われるのが時々わからなくなるぜ。ちっとは考えて物を喋れよな」
「そこまで言うことないだろ!…いや、そういうつもりで言ったんじゃなかったんだけどなあ…」
「言い訳なんかしたら、そいつもっと怒るぜ」
「後で謝る…」
「仲直りしたいなら余計なこと言うなよ」
カンセルから釘を刺され、ザックスはため息を吐きながらトレーニングを再開した。