それはクラウドの心を歪める決定的な出来事だった。
店を出た後、ザックスは酩酊するクラウドの顔を覗き込んだ。
「顔赤いけど大丈夫か?」
「…少し飲み過ぎた」
「大分な」
そう言いながらザックスはふらつくクラウドを支えてやった。
素面だったならその手を跳ねのけたかもしれないが、クラウドは身体に回されたザックスの手をそのままに歩き始めた。
酔いの為だけではない。クラウドの自覚もないうちにザックスに対する警戒心がこの数時間で緩やかに解けていた。
ソルジャー、一般兵問わず人望のあるザックスの人たらしたる性格にクラウドも引き込まれていった。それを素直に認めることは出来なかったが、こうしてその身を委ねられるくらいに心を許しつつあった。
ほんの数時間過ごしただけだが、ザックスの人となりを知るには十分な時間だった。
将来を嘱望されたソルジャーなのに奢ることなく、嫌味のない気質。非の打ちどころがなかった。あえて挙げるなら少々馴れ馴れしすぎるきらいがあるが、それすらも許せてしまえる。
人嫌いの自分もソルジャーになれたら、こんな風に振舞えたんだろうか。
隣で取り留めない話をするザックスの言葉を聞き流しながらクラウドはそんなことを考えた。酔いが回ったせいだろう。無自覚のうちにぽそっとつぶやいた。
「…ソルジャーってどんな感じなんだ」
「え?どんな感じって言われても」
自分でもなぜこんなことを聞いているのだろうとクラウドは困惑した。
こんなことザックスに聞いたところでソルジャーになれるわけじゃないのに。もう夢は叶わないのに。
「ソルジャーになるのは簡単だったけどなあ」
軽い口調でザックスの口から発せられたその言葉が、クラウドの頭の中をぐるぐると回った。煮えたぎる湯のごとく、ふつふつと恨みにも似た感情が湧いてくる。内に渦巻く感情とは対照的にクラウドはひどく冷めた声でつぶやいた。
「…それはあんたが優秀だからだろ」
「…クラウド?」
突然様子がおかしくなったクラウドにザックスは驚く。
「門限があるから先に帰る」
「あ、おい」
クラウドはザックスの手を振りほどくとその場から足早に立ち去った。
後ろから何度も呼びかけられたがクラウドはそれを無視して走った。顔も見たくなかった。
簡単?よくそんなことが言える。どれだけ努力しても決してなることの出来ない人間がここにいるというのに。
それまで築き上げてきたものが一瞬にして壊された気がした。
もう適性はないと判断されたのに、いまだにソルジャーになることを諦めきれていない自分に気付く。
みじめだった。
ザックスのような人間には、自分のような人間の苦悩などわからないんだ。
挫折を知らないザックスの心を挫きたい。自分と同じように絶望させてやりたい。
劣等感を煽られ、浮揚し始めていたクラウドの心は深い底なし沼へと沈んでいった。