携帯のアドレス交換をしてからというもの、ザックスは何度もクラウドに連絡を入れて来た。
なぜ自分に構う?放っておいて欲しい。
他の一般兵にとっては願ってもやまない相手からの誘いかもしれないが、クラウドにとってザックスは一番接したくない相手だ。
自分の欲しい物を全て持っているザックスの存在がクラウドの嫉妬を増大させる。
ミッションで介抱してもらったこともあって多少警戒は解けていたが、ザックスとて今まで自分を犯してきた連中と同じく何を狙っているのかわかったものではない。隙を見て襲いかかろうとしているかもしれない。
クラウドのザックスへの猜疑心は治まることはなかった。
そして、どうにか理由を付けてザックスからの誘いを断り続けていたが、ついに決定的に約束を取り付けられてしまった。
「今度さ、ダチと飲みに行くんだ。クラウドも来いよ」
そう言われ、クラウドは全身が粟立つのを感じた。
ソルジャーと複数で…。それがクラウドの思い出したくない記憶を呼び覚ました。
誰も来ない暗闇の中で押さえつけられ、犯された時の記憶が生々しく蘇る。
「オレは行かない…っ」
気が付けば、クラウドは怒鳴るのと近いくらいの声を上げていた。
断りの言葉を告げても今度は二人で行こうとまた誘いかける。
やはりザックスも『あいつら』と同じなんだ。きっとそうだ。ミッションで介抱して警戒心を緩めさせ、油断させておいて後から豹変するんだ。
クラウドの胸に渦巻くのは疑念しかなかった。
それに気付く様子もなく、ザックスは明るい口調で再び話しかけた。
「たまには息抜きもいいだろ?」
体のいい誘い文句だ。いかにも人の心配をする振りをして本当はザックスも『あいつら』と同じなんだ。
ならば、その化けの皮を剥いでやる。
「…わかりました。行きます」
こんなやつ善人じゃない。自分を騙そうとしている悪だ。それを肯定したいが為にクラウドは誘いに乗ることにした。
* * *
翌日の仕事が終わってからほどなくして、クラウドの携帯にメールが届いた。着替えを済ませ、メールに書かれていた待ち合わせ場所へ向かうと、私服姿のザックスがそこにいた。
クラウドは基本的に繁華街に出掛けることはほとんどない。暇があればソルジャーになる為の勉強やトレーニングに時間を費やしていたので生活必需品など止むにやまれず必要な物を購入する目的以外で街へ出たことがなかった。
一緒に遊びに行く友人もいないし飲みに出歩いたこともない。だから今日ザックスと一緒に出掛けるのがこちらに来て初めてまともに遊びに出たことになる。
人付き合いの苦手なクラウドとは対照的にザックスは同僚のソルジャーと頻繁に出歩いている。ザックスは知り尽くした繁華街を自分の庭のようにスイスイと歩いて行った。
「普段はどういう店に行くんだ?」
「店なんてよく知らないです」
「あんまり出掛けないのか?」
「…薄給だし、そんな遊びに出られるほどお金ないので」
「そっか。まあ今日はオレがおごるから遠慮なくたくさん食えよ」
嫌味っぽく言ったつもりが、ザックスにすっかり流されてしまった。どこまでも自分と正反対なやつだとクラウドは心の内で毒づく。
「じゃあ今日はオレがよく行く店に案内するな」
ザックスが案内した店は繁華街から少し外れた場所に存在する個人経営の定食屋だった。ミッドガル市街での任務の際などよくここで食事を取るらしく、店主とは顔なじみで常連となっていた。
料理はどれもおいしいと評判で値段もそれほど張らない為、気兼ねなく食事の出来る場所として若者にも人気の店だった。
席に着くと、ザックスは飲み物と料理をいくつか頼んだ。10分もしないうちに次々とテーブルに料理が運ばれてくる。
「じゃんじゃん食えよ」
「…こんなに食べられない」
「やっぱり小食なんだ?たくさん食わないと力つかないぜ」
たくさん食べればあんたみたいなソルジャーになれるのか?
それならいくらだって食べてやるよ。
言葉に出せない屈折した気持ちがクラウドの中でどんどん増幅していく。アルコールの入ったジョッキを片手にクラウドはテーブルに並べられた皿を憎々しげに見やった。
クラウドがそこをじっと見ていると、テーブルに大きな影が映った。何だろうと横を振り向くと、体格のいい中年の男がニコニコと笑いながら立っていた。
「今日は見慣れないのを連れてるな」
「おう。初めて連れてきたから」
「そうか。じゃあこれはサービス」
中年の男は揚げ物の盛られた皿をテーブルに置いた。
「サンキュー。大将気前いいな〜」
店の主は人好きのする笑顔を浮かべながらクラウドの頭をポンポンと叩いた。
「坊主もたくさん食ってこいつみたいにバカでかくなれよ」
「はあ…」
「バカは余計だ」
食事をしながらザックスはクラウドを質問攻めにした。会話が弾むようクラウドも知っていそうな話題を選んであれこれと話をした。
クラウドも適当に相槌を打つがどうにも話に乗りきれず、それを誤魔化す為にジョッキを何度も煽った。そんなことをしているうちにアルコールを普段飲み慣れていないこともあり、あっという間に酔いが回ってしまった。
更にジョッキを煽りながらクラウドはぼやけた目でザックスを見やった。
店の主人や店内にいる初対面らしき客とも気軽に会話を交わしている。人見知りのクラウドには到底真似することの出来ない芸当だ。
誰とでも親しくなれるザックス。人を嫌ったり妬んだりすることもないのだろう。
なぜこんな人がいるんだ。自分のように才能に恵まれず、腐っている人間もいるのに。ずるい。不公平だ。
際限なく浮かんでくる黒い感情に素直に食事を楽しむことが出来なかった。